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10本目

 金曜日。多々木所長が星影アキラの調査をはじめて4日目の朝、異変は起こった。

 これまでの3日間、調査は順調だった(と所長が言っていた)。定時出勤に定時退勤、星影とはそんな男だった。まあサラリーマンなんて、そんなものかもしれない。

 所長は18時には星影が勤めている会社のまえに張り込んでいるので、私が調査結果を耳にするのは翌朝になる。

 4日目の今日も、とくに問題はないものと思っていたのに……。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 私が午前9時半に事務所に着くと、所長はもう仕事をはじめていた。ここまでは、いつもどおり。

 顔色が悪いというわけではなかったが、所長はどことなく元気がなかった。星影の調査で何か問題でもあったのだろうか。

 そのとき、違和感に気づいた。所長の首に光るものを見つけた。ネックレス? 私は所長がそんなものを身につけているのを、これまで一度も見たことがない。

 私は聞かずにはいられなかった。

「所長、ネックレスなんて、されるんですか」

「ネックレス? ……うわ、何これ」

 気づいていなかったのか、所長は、私に指摘されてはじめてそのネックレスをシャツのなかから引っぱり出した。

「いつの間に……こんなもの」

 そう言って所長は首に手を回し、ネックレスを外そうとした。


 ぱん、と乾いた音がしたと同時に血飛沫しぶきが舞った。所長の首から上が破裂し、一瞬で潰れたトマトのようになってしまった。

 鼻を衝く硝煙の臭い……爆弾? 火の手は上がっていないようだが、こみ上げる吐き気に私はフロアに座り込んだ。

 いま意識を失うわけにはいかない。携帯で警察に通報し、意図的にぎゃーぎゃーわめくことで正気を保とうとした。

 そして私は失神した。



 意識が戻ると病院のベッドの上だった。

「気がついたかい」

「吉田さん……」

 女性占い師めんそーれ吉田がそこにいた。病室にはもうひとり、佐須刑事のすがたもあった。所長が親しくしている刑事さんだ。

「りんごジュース、飲むかい」

「……ええ」

「残念だが探偵は死んだ。即死だった。芽衣、おまえには辛いだろうが状況を話しておくれ。公正を期するために佐須刑事にも立ち会ってもらう」

 私はゆっくりと頷いた。いちおう私は遺体の第一発見者だ。疑われるのは仕方ない。

 それでも警察の取調室ではなくここで、しかも聴取するのが吉田さんというところに佐須刑事の思いやりを感じる。


 私は今朝起きた出来事をすべて話した。

 所長がネックレスをしていたこと。彼がそれに気づいていなかったこと。私の指摘で彼がそれに気づいたこと。そして、彼がそれを外そうとしたときに爆発が起きたこと。

「刑事。探偵は爆弾にやられたのかい」

「その可能性が高い。いま鑑識で、現場に残された金属片やそのほかの残留物をしらべている」

「芽衣、それは今朝9時半すぎのことで、まちがいないな?」

 吉田さんが真剣な表情で私に確認した。

「はい。私が出勤してすぐのことですから、まちがいありません」

「うむ、ちょっと失礼する」

 言って吉田さんはドアに手をかけた。

「どちらへ?」佐須刑事が尋ねる。

「トイレじゃ」


 吉田さんのトイレは長かった。たっぷり10分はあったと思う。

 その間、佐須刑事との無言状態がつづき、ちょっと気まずかった。進行役の占い師が戻るまで、彼は話を進めるつもりはないようだ。

 とつぜんドアが開き、吉田さんのすがたが見えた。が、なぜか病室に入ろうとしない。

 彼女は携帯を触っていた。そして、ドア際で私に向かって言った。

「行くぞ、芽衣」

 吉田さんが携帯を操作した途端、凄まじい閃光が私の目を貫いた。

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