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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
現在
8/30

⑦水を掴む方法

 

 ◎


「よっ、水瀬さん」

「……何?」


 翌日、彼女が教室に登校するのと同時に声をかけた。

 いつかと同じように悪辣たっぷりの視線に射ぬかれる。俺が何も言わないでいると無視して自分の座席に向かった。


 無視されたまま突っ立ってる訳にもいかないので俺も自分の席に戻った。すると前の座席にいる圭介が挨拶をしてくる。


「おはようさん」

「おはよう」

「どうしたんだ朝から水瀬に声なんかかけて?」

「仲良くしたいと思ってさ」

「すげぇな京都は。こういうのを勇者って言うんだな」


 何を思っているのか圭介は俺のことをそう評した。

 水瀬さんに話しかけるだけで勇者になるとは。ここはさながら勇者学校か? 異世界みたいだな。


 冗談はともかく。

 完全な気まぐれではあるが、俺は水瀬さんと夏祭りに行くと確定してしまったのだ。どうにかその日だけでも連れ出さないと。そういい予定で日付を開けてしまっている。

 ダメだったら1人で縁日を楽しまなければならなくなる。それもいいんだけどね。


「おっはよー」

「おはよう」


 いつも女子2人も現れたところで、一旦水瀬さんについての思考を止めた。




 挨拶したからって仲良くなれると思ったのがおかしかった。ちゃんと話してみないことにはわからないこともある。

 そんな風に水瀬さんの座席を見ていた。

 違和感があるというか。ただ座ってるだけなのに、何か足りないような気がした。

 外を見ている姿なんて都会にいれば埋没してしまいそうな儚さだ。そこには校庭しかないのに。

 女心は秋の何とかは変わりやすい、って感じか。


「女心と秋茄子だっけな? おーい、環奈さん」

「どうしたの桜橋君」

「女心と何は変わりやすいんだっけ? 秋茄子じゃないよね?」

「何それ? そんなの知らないよ」

「えぇぇ……田舎だからことわざとか詳しそうだと思ったのに」

「偏見がすごいね。都会の人はそんなんだね」

「いや、ごめん。悪気はなかったよ」

「何があったの?」

「浅からぬ憐憫とか」

「は? 酷い酷い酷い酷いっ! そんなこと思ってたんだっ」

「……環奈さんも鏡子さんみたいに怒ることがあるんだな」


 ただ同じ言葉を連呼するっていうね。馬鹿みたいというか、子供みたいな怒り方だ。

 でも、ことわざを知らないってのは田舎、都会関係ないみたいだ。若者が知らない、ってだけで。


 こうなったらグーグレと呼ばれている先生に調べてもらおう。よくグーグレカス、って言われているくらい便利だからな。

 ポケットからスマホを取り出して認証を解除すると。


「うわっ、スマホだ……」


 環奈さんが細やかにだが驚いている。

 普及してないとはいえ、存在くらいは知っているようだ。これも偏見が過ぎるか。

 この学校はスマホ持っている人が少ないからって、関連の校則がない。いくら使っても、悪くはない。


『女心と秋は変わりやすい』と入力して検索をかける。

 答えは1番上に出ていた。変わりやすい、というのは意味の話で『女心は秋の空』だけだった。


「あー、これですっきりした。秋の空ね」

「な、何調べたのっ?」

「ことわざだけど……環奈さんは調べて欲しいことあるの?」

「え! じゃ、じゃあ……レインボーブリッジなるものを……」


 きっとどこかの刑事ドラマを見たに違いない。

 一瞬で調べて、画面を見せてやった。画像検索ってやつだ。

 空から撮った写真と、夜ライトアップされた写真がまず載っている。


「う、海に浮いている! 何でこんな綺麗に光ってるの!?」

「ライトだな」

「この橋の近くにあるこの島っぽいのは!?」

「浮島だな」


 それからしばらくの間、環奈さんは俺のスマホを食い入るように見つめていた。

 こんなテンションあげてるところなんて初めてみた。

 あ、そうだ。

 おかしいのはこれだ。

 都会から来た女子高生というのなら、今だって使ってなくてはおかしいしゃないか。見るからなJKの水瀬さんが持ってない訳がない。

 それにここは田舎過ぎてスマホに関する校則がない。


「そろそろ返して欲しいんだけど」

「あとちょっとだけ……」

「ダメだ」

「あ、あー」


 でも、こうなるなら確かに学校では持ち出さないかも。自分のスマホを誰かに使われるってのは嫌なものだ。それはスマホに限らないだろうけど、個人情報を扱うだけあってデリケートだろう。

 ともかく、彼女はスマホを持っている。

 なら、連絡先訊くという名目で話しかけることができる。


 テストも終えたので、授業は4時間。テスト返しで1日の授業が終わってしまう。クラスメイト達の一喜一憂に流し目を向けながら退屈な時間を過ごした。

 配布された課題に目を通すがやはり温い。中学生の頃の方が明らかに多いくらいだ。


 終礼の後、脱兎の如きスピードで教室から出ていこうとする水瀬さんの前に立ち塞がる。何となく両手も伸ばしてみた。

 水瀬さんは、立ち止まることなく屈みながら俺の脇の下を通る。

 無視も筋金入りだ。

 鏡子さんや環奈さんにけしかけられる前に俺は水瀬さんと共に学校を出た。


「着いてこないで」

「いや、連絡先を交換したくて……」

「は? 何で私がそんなことしなくちゃならないの?」


 それを言われたら……俺と仲良くなれるくらいしかメリットはない。そもそもメリットだと思われてないけど。

 しばらく食い下がってみたが、歯牙にも留めてくれなかった。なので勝手に同行してみた。

 振り返りもせずに彼女は言う。


「…………着いてこないで」

「途中まででいいから、少し話そうよ」


 返事はなかった。だが、これが暗黙の了解というやつだろう。

 早歩きのさらに早歩きで水瀬さんの横に並んだ。チラリと俺のことを見るだけですぐに前を向く。

 下手に話かけると無視されるので、俺が1人語りな喋り方をするべきだろう。


「にしてもここは綺麗な場所だよな」


 いつも通っている道なのに、改めて見てみれば新鮮な気分になれる。本当に綺麗なものは色褪せないって感じ。

 夏ということもあって木々は生い茂って、緑色ながら風にたなびく稲も、こんなに大きな空も都会では見ることはできないものだ。


「都会の夜景ってのもなかなか涼しいもんだが、この光景と見比べちゃあな。どちらが劣ってるとかじゃないんだけどね」

「何で私に絡むの?」


 勝手に染々してたら水瀬さんが質問をしてきた。少しは、気が引けたといいことかな。

 一緒に夏祭り行くことにしたから、じゃ納得してくれないだろう。


「君のお姉さんに仲良くして欲しいって言われたから」

「人に言われないと人と仲良くしないんだ」

「…………」


 随分棘のある言い方じゃないか。否定はできないけれど。

 だが、そういう風に振る舞っているのは彼女自身だ。この返しも俺を言い負かしたいだけでしかないだろう。


「あんな綺麗なお姉さんに言われたら頷いてしまうでしょ」

「……キモい」

「いやいや、あの笑顔は反則だから」


 元々年上が好みってのもなくはない。にしても、彼女の笑顔は無邪気だった。もう1度見たい、見せてくれるというのならお金を払っているだろう。


「人妻なんだけど……」

「別に人妻とか関係ないだろ……恋にルールはないのさ、恋じゃないけどさ。それに実際そういうものだろ、人間関係って」


 人に言われて仲良くするのだって、嶺南さんとの関係。

 だが、良いか悪いかで言ったら悪いように聞こえる。それだけの理由なら確かにそうだ。


「あくまでもきっかけだから。言われたからこうしてるんじゃなくて、言われたからこうしようと思ったんだ」

「何言ってんの?」

「自分でもわからんよ。俺はそんな適当なやつだから」

「暑過ぎて頭おかしくなった?」

「そりゃあ……こんなところにいたらネジの1つや2つ吹っ飛ぶだろ」


 こんなところというより、あんなやつらといたらだが。でも、良いか悪いかで言ったら良いことだろう。

 無駄な気疲れもあるけれど、無駄な気遣いはしなくなった。

 友達なんて、恥ずかしくって口に出すことも憚られていたけどそんな羞恥心も発散してしまうくらい。


「楽しいと思わないの?」


「――どこが?」


 間髪入れずに水瀬さんは言う。

 冷たい視線。仇でも見るような瞳。1度見たら忘れられそうにない形相。

 足が止まった。俺も、彼女も止まる。

 俺への恨み、憎み、疎み、もしくは――この世の不平等さに対する八つ当たりか。彼女の形相は恐ろしいものだが、俺には泣きそうな顔に見えていた。

 ただ、何となくそう思えた。


「転校してきた理由だな……親の転勤ってのが1番多い理由だけど、水瀬さんは?」

「……着いてこないで」



 それだけ言って水瀬さんは早歩きで離れていく。その後ろ姿は人の夢より儚かった。

 数ヶ月前のことを回想しながら俺は思わず呟いた。


「本っ当にさぁ……世界は悲劇で溢れてる……」



 ◎


 水瀬さんと話したことで色々思い出した。

 記憶力は良いほうじゃないのでそれより昔はなかなか思い出せないが、ぽつんと覚えていることもあった。


 高校1年、秋のことだったか。

 校舎裏にて我が姉である桜橋楓美が男子生徒に言い寄られていたことがあった。腕なんか掴まれて無理矢理引っ張られていたのだ。

 今ほどしっかり者じゃなかった楓美は、冷静な対応をすることができずに目を回していたと思う。そこのシーンは見ていないので何とも言えないけれど。


 そこに俺が立ち会えたのは偶然のことだった。

 あの頃は、若干中二病だったので孤高を気取って一目につかない場所を回っていたのだ。そんなことで危機的状況に立ち会うとは予想外ではあったが、目撃者となった俺は勇気を出して飛び出した。

 その男子生徒2人組は俺が現れるとすぐに逃げたので、心配は杞憂となった訳だが冷や汗が全身を覆ったものだ。


 はて、何でこんなことを思い出したのか――。

 ああ言う風な何らかの悪意に覚えがあったか。


 自宅のリビングにて、俺は頬杖をつきながらスマホに齧りついていた。某SNSサービスだ。


「そんなスマホやらない方がいいよ」


 キッチンから顔を出しながら注意してきたのは楓美。

 無闇にやってる訳じゃなく目的はあるのだが。そんなことを思ってすぐに。


「あった…………いやね、インターネットって――というか人間って恐ろしいと思ってさ」

「人間の悪意ってやつ?」

「そういうこと。悪意と不平等さって感じかな」


『MINASE HARUKA』

 インターネット上に個人情報が載っている事象に、悪意が介在している否か。

 もしかしたら、彼女は界隈でちょっとした有名人なのかもしれない。本人からしたら大変遺憾だろうけど。



 ◎


「世の中には別に好き合ってなくても付き合ってる人もいれば、愛し合ってなくても結婚している人もいる訳だ。当然、そこにはそれなりの理由が介在している。飽きたとか、仕方なくとか」

「…………」

「だがお互いに納得していれば何の問題もない。嫌い合ってなければ成立はするからな」

「成立してるとは言い難いと思うけど」

「半分くらいはそうだろうね。でも、もう半分は成立している。四捨五入すれば100だ」

「それはどっちの半分?」

「理由に依る」


 離縁するに相当な理由があればマイナスに傾く。

 例えば、学校関連に的を絞って――虐められた、とか。勿論、例えばの話だけど。


「友達するつもりはなくても友達しているかもしれない、ってね」

「私が君と友達らしくしてるって言いたいの?」

「一緒に下校してたらそう見えるだろ」

「……あんたが勝手に着いてきてるだけでしょ……」

「第3者から見たら付き合ってると思われるかもよ」

「まさか?」

「ああ、まさかだろうな。都会ならともかくこの田舎ならまさかだ」


 有り体に言って遅れている。

 社会も、情報も、人間関係も。彼女にとっては傷を嘗め舐め合うような温い生活かもしれない。

 一緒に帰ったって一時の騒ぎだ。何回も鏡子さんと環奈さんと帰るのも日常と化している。


「――と、もうすぐ水瀬さんの家か……毎回同じこと言っているが、夏祭りの日俺と遊ぼうぜ?」

「毎回毎回同じこと言っていると自覚があるなら理解しろ。断る」

「はい……」


 ピシャリ、と閉めきられた玄関口。

 こうやって口説くのも5回目となっている今日。

 明日は終業式。

 1日飛ばして明明後日、立川夏祭りが開催される。

 当日の天気予報、快晴。


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