④定期テスト返上
◎
「おー、流石にこんな田舎でも定期テストはあるんだな」
「おい京都、お前はここを軽んじ過ぎじゃないか?」
「そんなつもりないんだがな……」
「学期に1回、どこの高校でもあるだろ」
「いや、1学期は2回あるはずたが?」
「え?」
「え?」
7月の半ば、期末の定期テストが迫っていたはずなのだが、こんなところで田舎トラップがあるとは。
1回しか定期テストないって、本当に大丈夫なのか心配になってくる。
1学期、2学期には普通2回定期考査があることを前の席の圭介に伝えた。
「マジかよ……じゃあ1年に5回もあるのか!?」
「俺にはそれが普通だったんだけどな」
俺はさりげなく別の席に視線を向けた。その先には俺と同じ都会から転校してきた水瀬遥がいる。
彼女も当然中高と年に5回のテストを受けていたはずだ。
でも、他人とあんまり交流しないタイプだからな。他のやつがその事情を知る機会もないか。
「だから都会の人は頭良いのか……」
「それは関係ないけどな。勉強すれば頭は良くなるよ」
「マジか! じゃあ俺も東大……」
「無理だな」
「即答するのかよ!」
1年の頃、テストの順位は平均に30位くらいだった。難易度はそれなりに高かったものの、定期テストではこのくらいはできた。
だが、外部のテストとなると一気に落ちる。上位の人は何故あんなに解けるのか疑問だった。
勉強たくさんすれば解けるようにはなるだろうけど。
「ここにいると向上心がなくなるわ……」
頭の切れ一段階劣化した気がする。
その分、ストレスはないんだがね。赤点取りたくない、みたいな観念のせいで焦ることもあった。本当なら今もあるはずなんだけど。
時は昼休み。
姉と一緒に作った料理、それを食していた。学生二人の手料理だ、大抵夜ご飯の残りとかで成り立っている。
俺も姉も料理は勉強中なのだ。
そして、最近は彼女らと一緒していた。
鏡子さんと環奈さん。たまに他の人もいるが、基本はこの三人のメンバー。平気で男女入り交じっている。
「ねぇ、ねぇ! 京君! すぐそこの湖でヌシのヒャッシーが現れたって噂知ってる?」
「ヒャッシー……ネッシーじゃないのか……」
ちょっとテンションの高そうな未確認生物みたいだ。ヒャッハー、みたいな。
そして、駄菓子屋での一件以来鏡子さんは俺のことを京君と呼んでいる。桜君だと反応できないので改善されて良かった。
それは良かったんだが、今まで以上に構ってくるようになったのだ。
最近は逃げる時もある。そこまですれば収まるのだが。
「あの立川神社のある山からユーフォーが見られたんだって! すごくない!?」
「UFO……都市伝説も数十年遅れてるな」
学校の七不思議もありそうだ。でもこの高校に音楽室も理科室もない。トイレは流石にあるけど、絶対数が足りないだろう。
そんなことを思いながら唐揚げを口にした。
上手い!
姉の楓美が作った料理。まさかこんなに上手くなるとは思わなかったな。
「あ、美味しそう頂きっ!」
鏡子さんの箸が俺の弁当箱に伸びて、唐揚げを奪取された。
パクりとすればすぐに頬を綻ばせる。
「美味しい~」
「……まあな」
「何か残念そうな顔してるね」
環奈さんが小さな声で呟いた。KY気味な鏡子さんは俺のそんな変化には気づかず唐揚げを褒め称える。
別にお裾分けするくらいどうってことない。それで喜んでくれるなら楓美も本望だろう。
と、
「はい、京君も、あ~ん」
「…………」
環奈さんを筆頭に、ほとんどのクラスメイトが瞬時に俺のことをじっと見てきた。
俺は悪くない。こんなことしたい訳じゃない。全ては鏡子さんの行動のせいだ。
心の中でそんな言い訳をしながら俺は箸に刺さっている大根の煮付けを口にした。美味しいけど……美味しいけど、不味かった。
「どう? 私のお母さんの味は?」
「相変わらずの羨ましい腕だよ……」
最近と言えばこれもだ。俺と鏡子さんを見るクラスメイトの目に若干感情が籠っている。
リア充爆発しろ、みたいな分かりやすい反応ではないが生々しい何かがのし掛かる感じ。正直居心地悪い。
鏡子さん、俺のことを好きなのかな?
いやあ、困るなそれは。
でも、この娘は恋という存在自体知らなそうだから何とかなるか。
「――な、環奈さん」
「急にどうしたの?」
「これを『同意を求めて欲しい』状況と言うのだ」
実際やられると結構うざかったりするけど田舎なら大丈夫だろう。
友愛で済めばいいんだが。You and I で。
ふと、室内を見渡すがこの教室に水瀬遥はいなかった。今日も外回りしているのだろうか。
「どうしたの? 京君」
「いや、何でもない」
全然関係ないけど、物語である台詞の『何でもない』って大抵何でもあるよな。関係ないけどね。
◎
今日は授業の後、クラスメイト達と多少駄弁って教室を後にした。たまには一人で田舎風景を堪能するのもいいものだ。
鉄塔が見えない景色。
緑色と青色の境目。
目を射すほどの太陽光。
「ただいま、楓美」
「おかえりー京都君」
リビングの方から返事があった。靴はあったのでいることはわかっていた。
もしかして友達いない?
水瀬さんみたいに田舎者とは仲良くできないとか。お婆さんとはコミュニケーション取っていたはずだ。
うん、デリカシーないことは聞かないでおこう。
「何してんの?」
「もうすぐテストだから勉強」
「そっか……楓美は地味に――あれだったからな」
「今馬鹿だからな、って言おうとしたでしょ?」
「違うよ?」
「そうなの? じゃあ何?」
「地味に……記憶力ないよね」
「捻り出した答えがそれか……」
可愛い、と言おうとも思ったが地味ではないからな。
まあ、この通り俺ほど知能がある訳じゃないで勉強をしていた。流石にこの高校レベルなら楓美でも余裕だと思うが。
「ちょっと教科書見ていい?」
「いいよ」
隣を失礼させて頂く。
数学Ⅲと刻まれている教科書。
知能があっても知らないものはある。だが、教科書だ。親切設計とは言い難いが分かりやすくあった。
「なるほどね」
「え、今のでわかったの!?」
「そんな訳ないじゃん……あ、楓美さんそこ間違ってるんじゃね? 6θでしょ」
「……何でそんなに頭良いのよっ」
逆に何でわかんないの状態だ。こうなってしまったらどうしようもないっていうね。
楓美は文系だったはずだが何故数学Ⅲをやっているのか疑問だ。この学校本当に大丈夫か? 経済学部に行くのか、それとも心理学部か。
大学のことに関しては考えたくなかった。
「大学どうすんの?」
そんなことを想いながらも訊いてみた。俺のことはともかく、楓美自身はどう思っているのか。
ペンを止めて考え始める。チラッ、と俺のことを見た。
「……別に大学には行かなくてもいいと思うけど」
「そうなのか」
「勉強嫌いだし、やりたいこともないからね」
「そうなのか……」
それなら何をやるんだ、って話だがそこまでは決まってないだろう。
大学生になったって見つからない場合は見つからないものだ。俺も高校は適当に決めたし。
でも、生きていくだけなら簡単なように思える。最低限の最低限ならば、ある程度の努力で何とかなってしまう。
何も考えてなくとも行動していれば、な。
「京都君、ここ教えて?」
「いやわからんて……ほら、教科書にあるじゃん」
「分かりにくいんだもん」
「つまりはだな――」
良くも悪くも、田舎に来てから楓美は努力をするようになった。いつも寝たばかりいた姿が懐かしい。
経験は人を変える――。
ならば、俺は変わったのか。そんなに簡単に変わらないのか。
時々、ここに来てからはそんなにだが、自分は何もしてないと思う。
自分だけ、停滞してしまってるような。
成長することを忘れたように足を止めているような。
肉体ではなく、精神が。
こんなの思い込み、実際気のせいなんだろうけど。
「もう少し頑張らないとな」
ダメだと思うなら努力すればいいだけの話だ。
◎
時は進んで、午後7時半。
俺と姉は食卓を囲んでいた。晩ごはんの時間だ。しっかりと手を合わせる。
「「頂きます」」
こういうマナーは守らなければならないと思う。高校生二人暮らしなら尚更だ。
何だかんだでここに来てから3週間ほどが経っている。この暮らしにもだいぶ慣れてきた頃合い。
ボーッ、としながらお米を口に運んでいた。
楓美は茶を啜りながら切り出す。
「京都君、家の庭で新婚パーティーをする話覚えてる?」
「ん、覚えてるよ」
「テストの最終日の夕方からね」
「急いで準備しないとな」
「そうだね。私は勉強しなきゃいけないけど」
「ん~?」
「食材買い漁ってきてね」
楓美の手元から一万円札が2枚出てきて、机を滑って俺の下に。よく見たらメモが挟まっている。
何々。
「……ちょっと楓美さんや、お酒は高校生じゃ買えないよ」
「それが話してみたら何とかなりそうなの」
「話は着いてついてんのか。ならいいけどさ」
一応、交番はあるから捕まる可能性もあった。この町に悪巧みをするような輩はいないからぐうたらしているらしいけど。
俺みたいなやつが現れた時どうするんだ。
「肉に肉に、それと肉。後は野菜……そういや串もなかった。前の時は素で焼いてたな」
「人も呼ぶし準備からちゃんとやろうかなー、って」
「よし、任せとけ。十把一絡げにしてやろう」
「出た! 京都君の十把一絡げ!」
別に口癖とかにしてる訳じゃないんだが。度々口にしてて、楓美が何故か面白がっていた。
結構天然なところあるからな。
ミッション:パーティーの食材をゲットしろ、を受諾した。
◎
「皆さん、テスト前だけど暇か?」
「おう、余裕だぜ」
「何? 何するのっ?」
「私も暇だけど」
圭介、鏡子さん、環奈さんが口々に言った。そうだろうと思ってたよ、テストなんか気にも止めてないよな。簡単そうだからいいんだけどさ。
買い物に付き合わせるだけだ、合計で4人くらいが丁度いいだろう。
「ちょっと買い出ししなくちゃ、ならなくてさ手伝ってください!」
「俺とお前の仲だろ?」
「……いいやつやな」
「何言ってんだよ」
何か青春っぽい感じになった。これが男同士の友情ってやつか。
勿論、女の子との友情だってあると思う。
「鏡子さんも環奈さんもいいかな?」
「いいよー」
「私も」
「皆さん……いいやつやな」
人間ができているというのはこういうことなんだろうな。それを自然にできているのだから脱帽したくなる。
そういうわけでこのメンバーで買い物に出かけた。辺りにある粗方の売店に立ち寄ることになった。
「どこでもスイカあるんだな……」
都会ではそんな名前のICカードがたくさんあるけど、夏だけあってスイカが溢れていた。
朝ごはんとかでも食べるから飽きている。だけど、サービスとかでもらってしまうのだ。
「どこもついでだろうけどな」
「そうなのか?」
「ずっと前に流行りが来たらしいぜ」
「どっかから輸入でもされてんのかね……」
どうでもいい話だったな。
そんな会話を挟みつつ、順調にチェックが進んでいた。買えるものは今のうちに買っておく。
「どうしてそんなにたくさん買うの?」
円らな瞳で鏡子が問う。頭の上にクエスチョンマークが出ているようなイメージが脳内に浮かんだ。
「新婚パーティーをするとか」
「誰の? まさか京君の!?」
「相も変わらない阿呆だな……そういや誰だろうな、近所のお爺さんの孫なんだけど」
「そんな浅い関係でパーティーしちゃうんだ……」
環奈さんがボソッと呟いた。俺の評価が下方修正されたような気がする。
約束をしたのは俺じゃなくて、俺の姉な。
折角、話題になったんだ。訊いてみようじゃないか。
「三人も来る?」
「関係ない俺らが行ってもいいのか?」
「全然大丈夫。俺も誰か知らんから」
「パーティー楽しみにしてるね!」
「ちょっとだけなら」
不特定多数に三人が追加された。食品も三人分増やさなければならなくなったが、田舎は安いから損した気分にはならない。
そして最後に、酒店に向かった。高校生3人という仲間のおかげで堂々とその敷地に踏み込むことができる。
「あのー、すみません」
「……見ない顔だな」
定番だが、ありふれた台詞を聞いた。酒店のお爺さんは俺の同行者を見ると、態度を変える。
「おお、圭介じゃねぇか」
「よっす、たけ爺」
狭い世界だった。鏡子さんも環奈さんも顔見知りのようで、気安く挨拶を交わしていた。
連れてきて正解だったな。
「明日、桜橋家にお酒を持ってくるという話なのですが」
「酒盛りのことか!」
「酒盛り…?」
新婚パーティーなんですが。楓美はどんな説明をしたのか。
「任せとけあんちゃん、注文通り持ってくぜ。俺の分も準備しとけよ」
「は、はい……」
この人も来ることになっていたのか。我が姉ながらコミュ力強者過ぎる。
だが、確かにこれなら買い出しに2万はかかるってものだ。
一体参加人数はどれくらいになってしまうんだ。俺も増やしちゃったけどさぁ。
「とりあえず明後日の準備はこれくらいかな。今日は付き合ってくれてありがとう」
「俺も楽しみしてるわ」
「楽しみで寝れないよ~!」
「何時から?」
「午後5時を予定してるから。まあ、5時30分くらいで丁度良さそう」
3人とは解散して、自宅へ戻った。
両手いっぱいに食品を提げていたので徒歩も苦しかった。荷物を下ろしたらすぐにリビングに倒れてしまう。
知らない人と話したり、いろんなところに行くのは疲れた。
「おかえり、京都君」
「ただいま……」
「大丈夫?」
「熱中症気味で倦怠気味かも」
「大丈夫じゃないじゃん!」
立ち上がってくずにどこかへ行こうとするので、その足を掴んだ。
こうされたは止まらざる負えない。
「……こんな機会だし……膝枕とかしてくれたらいいな」
「こんな時に何を言ってんの」
至極真っ当な意見だった。いや、その通りだが俺の真っ赤っかな勇気をどうしてくれる。
調子が悪くたって、それくらいの余裕はあるのだ。
「……下心丸見え」
「こんな機会だからな」
「お姉ちゃんは弟にそんなことしないよ」
「そうかな?」
「……京都君、私のこと好き過ぎでしょ」
「――やっぱいいっす」
「そんな露骨に嫌がらないでよ!」
反撃してきたつもりだろうが、こうすればむきになることはわかっていた。ふっ、甘いな。
俺の頭は楓美の太ももに乗せられる。制服のスカート越しでも吸い付くような感覚が耳元に広がった。
枕だから、俺はそのまま目を瞑る。
「ど、どうかな?」
若干上ずった声で楓美が聞いてきた。
すごくいいです、とでも言えばいいのか。それこそ下心丸出しの答えだ。
紳士的対応が求められている。
「やっぱり俺の知っている枕で一番……」
「知ってる枕って……どれくらいあるのよ……」
「膝枕は楓美だけだよ」
「そ、そうなんだ……」
頭に優しくて、暖かい手のひら。ゆっくりと撫でられた。
あやすような手使い、本当に子供扱いだ。でも、そのおかげですぐに夢の世界に没入してしまった。
◎
「来ちまったな……赤点だけは避けたい」
「私全然勉強してないよ!」
「ついにねぇ」
鏡子さんはマジで勉強してないパターンだ。予想通りの点数を取ってくれるに違いない。
俺は先のことを考えるくらい余裕綽々だが、どうだろう。クラスメイト達は口々に「ヤベぇよ」とか口走っていた。
そんなこと言われたら、ねぇ?
そして始まるテスト初日。
区分としては明日と合わせた2日、合計8教科が分割されて行われる。
4時間で終わるのでパーティーの準備は十分間に合いそうだ。
空気感はどことなく緩いが、心臓はドクンドクンと鼓動を刻んでいる。テスト、直前になって緊張してきた。
「マジでこういうのは弱いな俺……」
アドリブ力がないというか、重要なところでヘマをしてしまうタイプというか。問題文を読み飛ばすなんてことは頻繁にあった。
深呼吸でもしようと息を吸った瞬間、背中に痛みが走る。呼吸が乱れて噎せてしまった。
「……鏡子さんかよ」
「どうしたの? 調子悪い?」
「そんな深刻そうな顔してたのか……実は緊張してた」
「京君も緊張することあるんだー!」
「何故喜ぶ……」
へへへ、と笑いながら頭を掻いている。
嬉しそうな鏡子さんを見てたら、自然肩を竦めていた。不思議と緊張感が霧散する。
リラックスしたらしい。
「鏡子さん見てたら落ち着いたわ」
「私にそんな力があるの!?」
「可愛い過ぎて俺の緊張なんて弾き飛ばされたよ」
「え……」
今度は俺が笑ってやった。
骨の髄まで純情だ。膝枕なんかした日にはどうなることやら。
ふむ。どうやら鏡子さんは逆に堅くなってしまった。
「じゃ、一緒に頑張ろうか」
そう言って彼女の背中を軽く叩いた。
「う、うん……頑張ろうね」
声がどんどん小さくなりながらも、返事してゆらゆらと自席に戻っていった。
さて、何点採れるかな。
志しは高く3桁を狙おうではないか。