③喧嘩してしまった!?
◎
田舎での不自由な生活に慣れてきた今日この頃、放課後は暇過ぎて料理を勉強している俺こと桜橋京都です。
ある日の放課後のことだった。
6時間目の授業で課題が出されたので放課後に残ってやろうと教室でいそいそとペンを動かす。
以前に通っていた高校はレベルは高くないところだったが、片田舎はそんな次元じゃなかった。簡単過ぎてペンが動かなくなる。
国の基準とか絶対クリアできてないってここ。そんなとこに通う俺、とても心配だった。
「桜君! 一緒に駄菓子屋行こっ!」
地が震える威力で俺の机を叩いたのは鏡子さんだった。相変わらず頭の螺子が吹き飛んでいる。
よくも俺の課題のプリントをくしゃくしゃにしてくれたな。
「一緒に駄菓子屋行こうよ」
「……課題終わったらな」
「わかったー」
気遣いと頭は足りてない感があるけれど、変に素直だから嫌いになり切れないってのもある。鏡子さんはまだ教室に残っていた環奈さんとお喋りを始めた。
あんなことを言ったんだ、課題はすぐに終わった。だが、彼女らは楽しそうに話しているので暇潰しにペン回しをする。中学生の頃、流行ってずっとやっていた記憶がある。
ノーマルとか、ソニックとか。
指に挟んで、3回転。逆回しでさらに3回転。
今度は親指を軸にするように人差し指で弾く。これが何回できるか競ったものだ。
そして、インフィニティー!
普通に楽しかった。
「…………ん? な、何?」
いつの間にか鏡子さんと環奈さんに見られていた。遠くの席からだから気づくのが遅れた。
もしかしてペン回しか?
クラスメイトが突然インフィニティーしたら確かに視界的に邪魔だとは思う。近くでやられると結構怖かったりするし、遠くでも目がチカチカするかもしれない。
俺はそっと筆箱にペンをしまった。
「「あ、ああぁ……」」
遠くから残念そうな声が聞こえてきた。
どんな反応だよ。
課題を鞄にしまって、二人のいる席まで近づいた。
何その期待してるかのような眼差し。二人の囲む机には不自然にペンが1本置いてある。
ふと、ペンを持ってみた。
「「!」」
「軽いな」
回しにくそうなので机に置いた。
こういうのでやると手から飛んで芯を折ってしまう。自分のならともかく人のではやるべきではない。
「「え、ああぁ……」」
近くから残念そうな声が聞こえてきた。
見たいんだろうな、だがやらない。
焦らしプレイ。
最近、鏡子さんは俺に娯楽を求める傾向があるからな、ここで牽制しておく。それに俺だってそんなに上手いわけじゃないから積極的に見られたい訳じゃない。
「じゃあ気を取り直して駄菓子屋とやらに行こうか」
「さっきのもう1回!」
予想通り、鏡子さんが子供みたいに駄々をこねてきた。
勿論、歯牙にも留めず断った。
「はっはっはっ、世の中そんなに甘くないのだ田舎の少女よ!」
「ううぅ、お願いお願いお願い~!」
「しょうがない…………とでも言うと思ったか馬鹿め!」
人生で一回は言ってみたい台詞だった。こんなところで使うとは。
そのまま哄笑した。はっはっはっはっはっ、とね。
そうしていると鏡子さんの肩が震えた。俯いた姿勢で小刻みに揺れる。
何、笑ってんだ? まさか悪役がやられてと見せかけてここからが本番だ、というシーンの再現でもしているというのか!?
そんな訳あるか。
鏡子さんは泣いていた。子供のように大粒の涙を零していた。
って、そんな訳あるかっ!
「桜のばか! ばかあああああ!!!」
泣きながら鏡子さんは教室から出て行ってしまった。
展開についていけず、ただ見送ることしかできなかったよ。何だろう、女の子を泣かせたのにここまで罪悪感がないとは。
「あーあ、やっちゃったね」
「環奈さん……何かまずいことでもあるのか?」
「いや面白いと思って」
うふふ、と上品に笑っていた。
楽しんでるんじゃねぇかよ。
演技でもしてるのかな、と思ったりしたけど環奈さんの反応からしてそんなことはないようだ。
それともあれか、モニタリン的な番組か? 同級生が急に泣きだしたらどうする? みたいな。
うん、ねぇな。
「やっぱあれって泣いてたかな?」
「うん。意地悪されたと思ってるんじゃないかな。馬鹿とか言われてたし」
「小学生か……」
「でも女の子に対して気遣いに欠けるものではあったかもね」
うっ。意外とざっくりきた。流石オラオラ系おしとやか少女、言いたいことはストレートに言う。
だからってあそこまで泣くとは思わないでしょ。
まあ、悪気はなかったとはいえこういう結果になっしまったのは少々、ほんの僅か思うところがない訳でもないが。
そんないざこざはどこにでもあるのな、都会でも田舎でも関係ない。高校生になってからはご無沙汰なかったけど。
「謝んのか……」
「謝んなくても2日くらい無視されるだけでまた元気に話し掛けてくるよ」
「2日かぁ」
改めて思い返すと転校してきてからこうも充実していたのは彼女の存在があったからだろう。毎回毎回休み時間も退屈せずに過ごせいていた。
それで2日かぁ。
謝って済むのならそうしたい。
「仲良くなり過ぎたかもな」
「え、桜橋君……何言ってんの……絶交でもするの?」
「いや、変な意味はないよ」
ちょっと鏡子さんを意識し過ぎてる、ってこと。こんなことで絶交するのは、こんなことで喧嘩するくらい頭がおかしい。
早いうちに謝っておこう。時間が過ぎるほど気まずくなるって言うからな。
机に置いてあるピンク色のペンを掴んだ。コンビニで売ってるような安いものに星のシールが貼ってある。
「これ鏡子さんのだよね」
「そうだよ」
答え写させて、と何度も来たから勝手に覚えてしまった。
不本意ではあるが、ペン回しを披露してやろうではないか。こんなことで喧嘩になるなんて餓鬼臭いと思っちゃうけど、相手は子供みたいに素直だから俺だって同じ目線にならなければ。
まあ、友達だし。
「環奈さんも来てくれる?」
「私も最初から駄菓子屋に誘わてたよ。もしかして鏡子と二人っきりだと思ってたの?」
「それは説明不足が悪いな」
◎
「鏡子、多分駄菓子屋にいるんじゃないかな?」
環奈さんがそう言ったので俺は従うように着いていった。
そろそろ雨になって欲しいくらい清々しい快晴だ。青空に対して雲が1割もない。
「いつも思う、茹だるような暑さだと……結構日焼けしてきてるし」
「夏はいつもこんな感じだよ」
「……都会は日焼けしてることが恥ずかしいんだよ」
この人達は水着の日焼けとかも気にしないからわからないだろうけど。
それはともかく、鏡子さんのことだ。
「駄菓子屋にいるってそんなお菓子好きなの?」
「それもあるけど、鏡子のお婆ちゃんが店をやってるからだと思うよ」
「へぇ」
そのお婆ちゃんのやっている駄菓子屋に俺を連れていきたかったのか。お菓子好きな可笑しなやつなんだな。
お婆ちゃんっ子か。田舎ならでは、って感じ。
どれくらいかかるか訊いてみたら徒歩40分、という答えが返ってきた。確実に熱中症になってしまうじゃないか。
「1度家に寄っていいかな?」
「わかった。お邪魔させてもらうね」
「…………」
さも当然という風に言いやがったぞ。
家には入らず、庭にあるポンプで地下水を巻き上げる。実家から持ってきた水筒に溢れるくらい詰め込んだ。
ついでに顔を洗う。
「ふひぃ……やっぱいいな、冷水」
「私もちょっとだけ」
環奈さんは手を濡らして頬にぺたりと張り付けた。恍惚の表情を浮かべる。
「ふあぁ、いい気持ち」
「よし、行くか」
「もうちょっと休まないの?」
「……あんたも大概マイペースな人なのな」
いや、ここに住む人達は心の余裕があり過ぎる。
まだそのペースに俺は慣れていない。遅い、と感じてしまうのは仕方ないだろう。
向こうの学校でどれだけ急かされたことか。休み時間にだって休めないからな。
暇と感じるのも、何もしないこもに耐えられないからだ。
「ここ十数年と違うことするのは調子狂うんだよ」
「そういうものなの? 私も都会行ったらそんな風に思うのかな?」
「いやぁ。上から下ならともかく、下から上は……」
「もう、桜橋君はまたそういうこと言う」
「悪気はないんだけどね」
悪気はなくとも傷つけることはある――。
郷に入ったら郷に従え、か。
それとも住めば都、か。
聞いて極楽見て地獄、かも。
「まさに、都合の良いことばかり起きないってことだな」
「何かそういうことばっか考えるのって詰まんなそう」
「……うん、詰まんないよ。それに気づいたのは最近だったけど」
万物に理由をつけたがる。
つけなければ、精神が安定しないから。そういう性格に、脳内構造になってしまっている。
理論付けても好転等しないにも関わらず。
「そういう意味では、羨ましいとは思わないけど鏡子さんみたいになってみたいよ。感情を思ったままに表に出したり、やりたいことをやりたいって誰かに伝えたい」
「それは私もそうかも。見たるだけでも楽しいんだもん、本人はきっともっと楽しいだろうから」
環奈さんもそう思っていたのか、正直意外。
彼女は彼女で、何かを貫いているように思えたけど何かしら劣等感を抱いてるのかもしれない。
倫理的に言えば、投射というやつ。
「環奈さんからして鏡子さんってどんな風に映ってるの?」
「桜橋君と大体同じだよ」
「環奈さんの口から聞きたいな」
環奈さんは目をぱちくりさせた。俺のことを不思議なものでも見るように凝視する。
思わず、目を逸らしてしまった。これは完全に癖だ。人と目を合わせるのは意外にストレスを感じてしまう。
間もなく彼女は口を開いた。
「元気な子、いつも笑ってる子、毎日が日曜日な子、精神年齢が幼い子、馬鹿な子、ドジな子、阿呆な子、自分勝手な子、清々しいくらい自由な子、自己中心的な子、迷惑を顧みない無鉄砲な子、いいとこだけもってく目立ちたがり屋な子、無神経ですぐ物忘れする子……」
「結構序盤から悪口になってんな……」
「そんなことないよ? 一見そういう風に聞こえるだけで」
「…………」
だが、確かに俺が思っている印象とあまり変わらない。
俺もそんなに鏡子さんを褒めるような言葉は浮かばなかった。
「だって、嫌いになれないでしょ?」
「まあ……」
俺からしたら子供は可愛い、なんて思う感情と似たようなものだが—―いや、そうじゃない。
やっぱり対等かな、なんだかんだ言って。
きっと、友達なのだろう。
言葉にすると少し恥ずかしいし、陳腐に感じてしまうけど、いつの間にかそんな関係になっていたようだ。
「……つまり環奈さんは鏡子さんのことが大好きだってことか」
「都会の人はそういうこと平気で言うんだ」
「いや、俺オリジナルだ。都会のやつは『好き』なんて全然言わないよ、恥ずかしいから」
「そんな理由なの?」
「実際はそんなものなんだよ」
「ふうん……じゃあ、桜橋君は鏡子のこと好き?」
ここぞとばかりにこういうことを訊いてくるとは、意外に根に持つタイプらしい。人の揚げ足をとるようなことよりはマシだが。
単純な疑問をストレートで打ってきたから、俺は外角高めに返す。
「君が鏡子さんを好きなくらいには」
「…………」
低評価ボタンがあったら連打しているに違いない顔だ。よくよく考えたらすっごいはぐらかし方だからな。
露骨に嫌な表情を隠そうともせず言う。
ガチ注意だった。
「……桜橋君、それはない」
「……ないんですね、すみませんでした」
冷たい目というよりも、落ち込んだような表情だった。俺の答えを随分と期待していたみたいだな。
◎
長時間の徒歩の末、ようやく駄菓子屋のが見えてきた。
水分はこまめに摂ったが塩分がやや足りていないように思える。とてもなく怠い。
剥がれた看板が掲げられた古民家には、小学生くらいの男子が5人ほど屯っていて、その真ん中に鏡子さんがいた。
小学生一緒に遊んでいるというのか……悪いことじゃないけどさ。
そんな光景をみながら環奈さんが一言。
「精神年齢が低いからあんな仲良くなれるんだろうね」
「俺も全く同じことを考えていたよ」
いや、重ねて悪いことじゃないけどさ。
小学生の会話の声はいささか大きかった、離れていてもはっきりと聞こえてくる。
「駄菓子のお姉ちゃん! これ何!」
「それはね、粉ラムネだよ。こうやってストローを差して……――!?」
粉で喉を詰まらせてブフォ、っと煙が立った。
あんまり有能ではないお姉さんだ。
けれど、小学生はそんなことも気にせず大爆笑をしていた。カリスマ、なんてものじゃないが一種の才能なのだろう。それくらい人に好かれる。
元来人見知りの俺ですら自ら話し掛けてしまうくらいだ。
「気楽そうに生きてんな」
「それは悪口?」
「いいや、誉め言葉」
「そろそろ行って来たら」
「え、環奈さんも一緒じゃないの?」
「恥ずかしがってないで、ほら」
無理矢理押し出されて駄菓子屋の前まで飛び出す。鏡子さんは小学生に「はい60円ね」と硬貨を受け取っていた。
緊張してきた。音楽祭で自分のクラスの番がやって来たかのように!
だが、落ち着け。こういうのは終わってみたら意外に大したことなかったわパターンだ。気負う必要はない。
「お姉さん、―駄菓子屋のお姉さーん」
「はいー駄菓子屋のお姉さんですよ――……え」
「この色の着いた異様に長いグミをください」
ヒモヒモヒモヒモ9という市販のグミ。懐かしい駄菓子だから久しぶりに食べたくなったのだ。
俺は何事もなかったかのように接したが、彼女は露骨に落ち込んでしまう。そして、接客をしてくれなかった。
「40円か。安いな……お願いします。聞いてますかお姉さん?」
「ふぅんだ」
可愛らしい無視の仕方だ。ついつい、にやけてしまった。そっぽ向いているのでバレてな。
ひとしきり悶えたところで、俺は切り出した。
こういう時の第一声とは何か、悩んだ末の答えは、
「鏡子さん、ごめんなさい」
男なら黙って頭を下げろ、ってことだ。プライドなんて丸めて食ってしまえ。
「鏡子さんと仲直りしたいんだ」
「やだ」
「…………」
この程度じゃ許してくれないのか…! 厳しいな。ここで土下座するのは流石に嫌だぞ。
次は何をしようかと思案していると、鏡子さんは唇を尖らせて呟いた。
「……ごめん、って100回言わないと許さないっ……」
そのいじらしい仕草、堪らなかった。顔が勝手に笑ってしまう。止められないくらいの衝動だった。
小学生か、思う暇なく可愛過ぎた。
反省の見えない態度に鏡子さんは憤慨した。
「もうっ、何で笑うのっ!」
「いや――仲直りできるのが嬉しくて」
「あぅ……」
恥ずかしがって手で真っ赤な顔を覆ってしまった。
タイミングを測ったように環奈さんが現れる。耳まで紅潮している鏡子さんの姿を見てにやにやした。やはりこうなってしまうよな。
「仲直りできたー?」
「まあな……くっくっくっ」
「もぉ、桜橋君は本当に鏡子のこと好きで好きで堪らないんだねぇー」
「え……環奈さん?」
ここでまさか煽り。その技能を持つものがこんな片田舎にいるだと!?
まだ根に持っていたのかよ。オラオラ系だな本当に。
「俺はそんなこと言ってないぞ!」
「言ってたよ。『私と同じくくらい』ってね」
環奈さんが鏡子さんを大好き過ぎるくらいに、俺も鏡子さん大好きということになってしまったらしい。
他人から言われるとこうも精神的に来るとは……だけど、耐性がない鏡子さんが一番あれだな。
好きで好きで仕方ない、って俺が告白してるみたいじゃないか。まったくそんなつもりないのに。
「あぅ、あぅあぅ……うぅ……」
指の隙間からこちらを見たと思えばすぐに隠れる。
環奈さんが俺の隣に来て耳元で囁いた。
「鏡子にとって桜橋君は刺激が強過ぎるみたいだね」
「何だよその言い方……いかがわしい感じに聞こえちゃうんだが?」
「まあ、性格的に真反対だから惹かれちゃうのかもね」
「先行きが不安になることは言わないでください」
投射の末に、嫌悪感とは逆の感情を抱いてしまう――なんてな、それは本当に困る。
まあ、でもフラグとかなしに鏡子さんとそういうことにはならないだろう。友達とか、親友とか、仲間とか、そういう関係。
「未来のことを今考えても仕方ないか」
彼女みたいに今だけを生きてればいい。
大きく肩をそっと下した。過去や未来の柵なんぞ香ばしく焼いて食ってしまえ。
未だに顔は赤いが、落ち着いた様子になったので改めて言った。
「鏡子お姉さん、グミ売ってください。それと粉ラムネも」
頬に溜まっていた涙を手の甲で拭って、笑顔を満開に咲かせる。いつも通りの可愛らしい笑顔。見ているこちらまで楽しくなってしまう最上の微笑みだった。
「ようこそ。前田駄菓子店へ! 京君っ!」
「はい、鏡子さん」
結果、仲良くなった。
いささか後ろでにやけ面を浮かべている人もいるけど、その人とも仲良くなったに違いない。
そういや100回謝るとか完全に忘れているな。うん、俺も忘れよう。
物忘れが激しいのも鏡子さんの良いところだから。