⑫
◎
二学期定期テスト二つを終えて、待ちに待ったという訳でもない冬休みがやって来た。
夏休みもそうだったが、無趣味な人間にとって長期休みというのは退屈そのものだ。勉強をやらされる分には仕方なくやるが、休みとなると言われたってやりたくない。
今日は日付にして一二月二四日。
俗に言うクリスマスイブ。どうしてか世間では恋人と過ごす日として扱われていたりする。とまあ、サンタクロースもバレンチヌス様もどうでもいい。
「私クリスマスパーティー参加するから空いてないよ」
「な、なして!?」
「穢らわしいじゃないっ」
「約束したのに……」
付き合っているはずの少女はクラスメイトと一緒に遊ぶようで俺は寸分よ狂いもない日常を過ごすこととなった。俺が誰かに誘われるようなことも寸分も存在しない。
「アニバーサリーとか別にいいしー」
終業式、ホームルームの後誰より早く自宅に帰る。引き留められないからずんずん学校が離れていった。
淀んだ瞳で景色を見ていた時、ポケットスマホが揺れる。電話を着信した。
「はい」
『どうもこんにちは三日月君』
「こんにちは。こんな時間にどうしたんですか」
『今日暇でしょ? 内に来ない? クリスマスだしバーベキューするの』
「は?」
冬にバーベキューとな。
面白い試みではあるがやりたいとは思えない。あの住宅街でやるにも迷惑がかかりそうなものだ。騒音とか。
『家の中でやるのよ』
「ただの焼き肉じゃないですか。それは楽しそうではありますけど」
『じゃあ参加ってことでいいかな』
「待ってください。桜橋邸でやるんですよね、一体誰がいるんですか?」
桜橋夫人や俺以外にも参加者がいそう。向日葵さんのことだし、近所の子供達とか呼びそうだ。
楓美先輩もいないし。
『ああ……私の夫だけよ』
「だけよ、じゃないですよ。行きたくなくなりましたよ」
『ええー! 大丈夫だから、楓美ちゃんを放任主義で育てるくらいだから』
「それもそれで怖そうですけど……」
彼女の綺麗な母親くらいならいいだろう。
優しそうという勝手な偏見があるから。
だが、お父さんはダメだろ。娘をを溺愛していそうな偏見がある。そりゃ偏見だけどさあ。
「まあ、暇ですし行くだけ行きますよ……」
向日葵さんの期待を裏切るというのも恩を考えたらできることではない。折角誘ってもらったのだ。
『やった』
細やかだけど可愛げのある返事が返ってきた。ありがとうございます、心がドキドキします。
会話を終えて通話を切った。
「蛇が出るか鬼が出るか。ドラゴンとか出ないよな……ツチノコくらいがいいな……」
◎
「遠慮しないでいいわよ」
「お邪魔します」
午後四時頃、桜橋邸。
ひょんなことから自分の両親とではなく彼女のご両親とクリスマスを過ごすことになった。
リビングにて、まず声を上げたのは見覚えの男。つまりは楓美先輩の父親、向日葵さんの夫。
「えっと……誰?」
「あら、そういえば言い忘れてたわ」
うっかり俺が来ることを報告してなかったみたいで、今説明し始めた。
「彼は三日月京都君よ」
「へ、へえ……」
ムキムキと細マッチョの中間な筋肉を保有している男は気まずそうな視線を俺に向けていた。俺と大体同じような顔をしているに違いない。
「楓美ちゃんの彼氏よ」
「楓美の彼氏? そんなのいたの?」
「ひとつきくらい前から」
「そ、そうか……もうそんな年頃か……向日葵の――いやなんでもない」
不倫相手とでも言おうと思ったのか? 口にしてくれなくて良かったけど。
「ど、どうしてその彼がここに?」
「折角だしクリスマスを一緒に過ごそうと思って」
「そんなに仲が良いのか。知らなかった。あれ? 楓美は?」
「友達のクリスマスパーティーに行ってる」
「あれぇ!?」
「急に大声出さないでよ」
「楓美いないの? だけど彼氏はいるの?」
「そうよ」
「そうなんだ……」
この夫も宇宙人的発想に苦しめられていたのか。
親近感が沸いた。
それも慣れたものなのか、間もなくこちらに向き返った。
「楓美の父親の桜橋柊造です」
「えっと、一応彼氏をやってます三日月京都です。向日葵さんに招待されたんですが、お騒がせしました」
「それはいいけど、一応?」
「まあ……あまり恋人らしいこともしてないので。恋人よりも友達の方が大事みたいですし」
「それはとんだ無礼を」
「そういうのは慣れたものですよ」
「ま、まさか君もこの苦労を!?」
「ええ」
共通の苦労によりシンクロ率が上昇したような気がした。
ともかく、自己紹介も住んだのでとりあえず腰を落ち着ける。ソファーの端っこに座った。
想像以上に暖房が仕事していて暑かったので上着を脱いだ。
「半袖なのね」
向日葵さんが目を丸くしている。
寒いなら重ね着すればいいだけ。暑いのなら半袖そのままにしていればいい。ただそれだけのこと。
「変わってるわね」
「男子ならではですけどね」
「そうなの?」
「い、いや俺は知らないけど……」
申し訳なさそうにする夫こと柊造さん。全ての男子とか言って引っくるめちゃダメだな。
時間が経ち七時を回ると三人でテーブルに着いた。隣に向日葵さん、斜向かいに柊造さん。
「あ、写真撮ってもいい?」
「俺はいいですけど」
「じゃあ、三人で」
はいチーズ、という向日葵さんの掛け声でカメラから目線を外した。撮った写真はどこかに送信らしい。どうせ先輩宛だろう。
テーブルに広げられている料理に目を通す。
美味しそうな色をしていた。
「「いただきます」」
「いただきます」
遠慮なく夜ご飯を食した。腹にくるものばかりで基本的に量を食べない俺としては過剰カロリーだった。
たまにはこういうのもいいと思っていたらホールケーキが現れた。
「蝋燭が立っているんですが……どうして?」
「サンタさんの誕生日を祝って」
教祖様ではなくサンタさんか。誕生日ではないと思うが祝うのはいつだっていい。一年くらいのズレなら皆許してくれるさ。
テレビに映されているどこかのイルミネーションを眺めていると、玄関が開かれる音がした。
「――何でいるーっ!?」
息を切らしながら飛び出してきたのは桜橋楓美先輩だ。顔を真っ赤にして俺のことを睨んでいる。
謂れの知らない批判に肩身が狭くなるではないか。
「ちょっと来て!」
「首が苦しいっ!」
襟を無理矢理掴まれて廊下に引きずり込まれた。半袖じゃなかったら息が詰まっていただろう。
「何でいるーっ!?」
「落ち着いて、肩で息してますよ」
「落ち着いてられるか! もしかしたら私の人生のレールが切り替わってるかもしれないじゃん!」
「別に誘われたから来ただけですよ」
「誰だ! 誰の陰謀だ!?」
彼女の怒りはもっともだ。
彼氏が家にいて両親と仲良く写真を撮っていたのだ。自分抜きで。そりゃ友達のパーティーを飛び出したくもなる。
「廊下は寒いからリビングにいていいかな?」
「まったく気にしてないの!? 完全に適応したーっ!?」
いつもより突っ込みにキレがある。
「家に戻ってきたんだからゆっくりしなさい」
「私の家なのに……」
ソファーに並んで座るものの何とも言えない空気が流れてしまい、桜橋夫妻もテーブルに向き合って神妙にしていた。
辛うじてその声が耳に届く。
「何も喋ってないけど、本当に付き合ってるのか?」
「前聞いてみたんだけど、何々が面白いとか、学校で何があったかとか話さないんだって。全然お互いのこと知らないみたい」
「何じゃそりゃ? 詰まんなそう」
「気にしてないみたいだけどね。いつも、ああやって手繋いだりするだけで満足してるみたいだし」
「心が繋がってるみたいな?」
「どうなんだろ。一緒にいるだけで楽しいみたいな甘々さがあるけど」
「ちょっと心配になる関係性だ……」
向日葵さんの言っていることは概ね正しい。
世間話なんてしてない。二人きりの時は口説いたりしてる。反応が面白いから飽きないのだ。
小言は楓美先輩にも聞こえていたようで。
「――ですって」
「何か不満があるんですか?」
「別にぃ」
積極的に会いに行こうとは思わない、しかし、一緒にいれるなら一緒にいる。そんな関係。端からみたら心配になるわな。
「三日月君、今日は泊まるわよね?」
「何でっ!?」
「は!?」
投下された爆弾発言。
先輩や柊造さんは驚くが、俺はこの展開を読んでいたぞ。向日葵さんのことだからさも当然という風に言うと思った。
咳払い一つしてから冷静に対応。
「じゃあ先に風呂に入らせて頂きますよ」
「そう、準備してくるわね」
微笑んで夫人は風呂を沸かしにリビングを出ていった。後ろ姿が見えなくなってから一息漏らす。
「もう少し気の利いたことを言えたら良かったな」
「違うでしょ!」
「違うだろ」
二人から突っ込みを受けた。
◎
楓美先輩の部屋にて正座している。正確にはさせられている。
とにかく俺の行動から言動まで気にくわないらしい。ベッドに腰掛けてプンスカしている。
「この不満をどうやって解消しようか」
「俺に正座させても何も変わりませんよ。クリスマスなんで楽しいことしましょうよ」
「おかしい、何故そんなに自然体なの?」
「夏休みとかもっとべったりしていたような?」
「そ、そんな過去は存在しないっ!」
可愛げという点では昔の方が良かった。素直だったし、騙しやすかった。
「じゃあ普通のことしますか」
「普通って?」
先輩は言いながら首を傾げる。
「テレビでやってるやつ? 夜景見るの?」
「キスとか色々ですよ。夜景もいいけど」
「何てことを言うのっ!?」
「普通ですって。嫌ならいいですけど。わざわざクリスマスイブにする必要もないですし」
何の情緒もないけど。
「別に嫌じゃないけどさ……京都が意地悪するからでしょ」
「そうなつもりはないんですがね。強いて言うなら、友達のパーティーに行っちゃうからでしょう?」
「それは……断るのが申し訳ないからさ」
俺の誘いは申し訳ないのかい、と言いたくなるが耐える。
「悪いと思うならお願い聞いてくださいよ」
「お願いって! えっちなのは良くないと思うよ!?」
「検討違いも甚だしい。遺憾極まりないです。流石の俺も良識を疑いたくなります」
「難しいことばっか言うなー!」
下らないことに憤慨する彼女はともかく。
少なからず緊張はする。冷静を装って告げた。
「お願いというのは二人きりの時は呼び捨てにしようかなーって」
「呼び捨て……そういえば敬語使ってたね」
「じゃあ、そうさせてもらうわ」
「うん……」
言質は取った。これで一安心。
もう寝るか。
「おやすみ」
「結局何もして来ないの!? 後、私のベッドを占有しないで!」
あたかも何かして欲しいかものような言い分だ。意図がいまいち読めない。
「何かしたいんですか?」
「そういう訳じゃないけど、私と……したいと思わないの?」
「あー……」
パジャマ姿だが、その肢体にまったく欲情しない訳ではない。触りたい、というさまさぐりたい欲求は確かにある。
シチュエーションの問題だ。
「先輩ってMじゃないですか」
「は、はぁ!? Mじゃないしっ!」
「いや、実のところはMですよね」
「にゃ、にゃめんなこらぁぁぁ!!!」
「Mって言うなら俺がSればいいだけなんですが、俺はMにMしたいんですよ。SにSしたいんですよ」
先輩は理解できないようで呆然ときいている。
そこまで変なことじゃないと思う。苛められっ子に苛められたい。苛めっ子を苛めたい。
ただのそういう欲求。
「だからそういうことしたいならそちらから襲ってください」
「ヤバいヤバい、想像以上にヤバい性癖!」
「犬みたいに盛るよりはマシだろ」
「気持ち悪さで言ったらどっこいどっこいだと思うけど」
「酷いこと言うな」
気持ち悪いとか言われたら誰だって悲しむだろ。
まあ、恋人だからといってそういうことはしなくたっていい。
好き合ってなくても恋人になれるように――。
結婚が好き合ってなくてもできるように――。
「怒ってたら眠くなってきた~」
「じゃあ、お休みなさってくだされ。俺も休みます」
「う、ん……」
「本当死んだように眠るよな」
横になって数秒で寝てしまうとはテレビに出られるんじゃないか。電気を消して楓美の隣に横たわった。
クリスマスとか関係なく、ずっとこうしていたかった。
◎
翌日、クリスマス。二日連続泊まるとなると親が心配しそうなので早々に桜橋邸を後にする。
例の如く途中まで先輩が送ってくれていた。
存外寒さには強いようで膝丈のスカートで素足を出している。上着も一枚羽織っているだけだった。
「ご両親何か言ってた?」
朝ごはんを四人揃って頂いたのだが、その後に向日葵さんとも柊造さんとも話をしていない。挨拶だけ。
「健全な付き合いをして欲しい、ってお父さんが」
「してるよね」
「してる?」
「健全ではあるけど、付き合ってる感はないかも」
「恋人って何なんだろうね」
「先輩は俺のもので、俺は先輩のものってことでしょう。重いこと言いますけど、俺は一生あなたの隣にいたいですし、その確信があります。もう誰にも恋はしません」
「へ、へぇ……っ!」
可愛い反応をしてくれた。その顔をいつまでも見ていたい。
先輩は暑くなった顔をパタパタと手で扇いだ。
「あ、暑いなぁ。プール行きたくなったー」
「じゃあ、行きます? リゾートホテルとか」
「ホテル!? そんなに私の水着が見たいか!?」
「見られるなら見ますけど。きっとガン見します、瞼に刻まれるまで凝視するでしょうね」
「うわあああぁぁぁ……!」
愛しの彼女を見ていたら笑みがこぼれた。




