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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
過去
27/30

 

 ◎


 向日葵さんの二人まとめて楓美先輩の部屋に押し込まれてしまった。ここに来るのも懐かしい。一般人化指導以来だ。

 適当に手近なベッドに腰掛ける。


「あ……って、そうだよね。君は」

「ベッドに腰掛けることに深い意味はないさ」


 というかその先入観はどこから出てきたのだろうか。原初は八〇年代の匂いがする。

 俺がどこに座っているかはどうでもいいこと。部屋の主に正座させてしまったことに罪悪感を抱きつつ。


「さて、押し込まれたけどどうする?」

「どうもしないでしょ」

「だよな、普通は……」


 今さらである。熱の醒めた俺達には女の子の部屋にいるとか、男子を連れ込むとかそういうことに神経を使うことはないのだ。

 ゲームするくらいしか思い付かなかった。

 まあ、落ち着くことはできそうにはない。


 窓際に寄って外を眺める。オレンジ色の光がここを照らしていた。

 住宅街からじゃ夕暮れを見ることはできそうにない。

 一時間も経っていない過去を思い返しながら、ベッドに寝っ転がった。


「ちょっと! 私のベッドだけど!」

「仮眠を取りたいだけっす……」


 半目で先輩を見つめれば、予想通り焦った顔が確認できた。

 男子が女の子の部屋に上がる時にドキドキするように、逆に女の子が男の子を部屋に上げるのもドキドキする。

 それがリラックスしながらベッドに寝ていたら、か。

 別に良い匂い、とか言わない。

 ただ寝るだけである。


「普通に寝ようとするなっ!」


 手を掴まれて揺さぶられる。完全に寝る態勢に入った俺はなかなか動かない。

 タイミングを見計らって彼女を引き寄せる。「あっ」と声を漏らして俺に覆い被さった。制服越しでも女の子の女の子成分を堪能することができる。

 ほんの数センチの距離に美少女の顔がある。少し背中を押すだけで唇は重なるだろうがそんな意図はない。


「こうして昼寝しましたよね」

「……消し去りたい過去……」

「先輩」

「何?」


 不思議なことに思ったよりもドキドキしていない。お互いにリラックスしていた。


「向日葵さんに訊いたんですけど、俺のこと訊かれて泣いたって」

「お母さんっ! 何で言っちゃうのぉ!?」

「実は結構仲良いんです」

「外堀から埋められてるじゃん」


 あの母親が頼んでもないのに自ら盾になっているだけだ。世話を焼いてくれることはありがたいけど。

 先輩は質問に答えるつもりはないようで俺の胸に顔を埋めるばかり。ぐっ、とさらに重みが乗っかる。力を抜いたようで隙間なくぴったりくっ付いた。


「おやすみなさい、先輩」

「う、ん……」

「相変わらず寝入るのが早いな……」


 あれから変わってないこともある。

 いくら性格を変えようったって、桜橋楓美が桜橋楓美であることは変わらない。

 こんな無防備に寝ちゃって。

 試しにキスしてみた。


「思ったより特別感もない……二人でしないと意味ないか。こんなんじゃ白雪姫でも甦らないな」


 小人の方が有能だったと記憶にある。王子様なんて本当は大したことしてないのではないだろうか。

 俺が彼女のためにできることも思ったよりも少ないのかもしれない。

 抱き締めてみれば柔らかい感触が返ってきた。少し力を込めるだけで砕けそうな小さい体だ。



 ◎


「――くはっ」

「あ、起きたっ」


 隣からしまったという風に聞こえた台詞。

 声は当然添い寝している桜橋楓美先輩であろうが、すっごい顔が赤かった。恥ずかしいことをして顔だ。

 くはっ、というのは呼吸が詰まったが故に出た言葉。何かに口を塞がれてたりしない限りこんな声は出ないはず。

 状況はまったく理解していていないが、お見通しという風に疑いの眼差しを浮かべてみた。


「もしかして……起きてた……?」

「実は」


 勿論、起きていない。

 実は、と言いつつ本当は知らないけど知ってる振りをする。

 この作戦は成功した。彼女は耳まで真っ赤にして布団に潜ったからだ。


 ところで今何時だろう。

 部屋はすっかり暗くなっている。冬ということを考慮すれば六時前後といったところか。

 一緒にリビングへ行こうと提案するが、頑なに布団から出ようとしない。子供か。

 俺はため息を吐いた。


「もう諦めて付き合いましょうか。付き合って当たり前の関係ですよ俺達は」


 返事はなかったもののもぞもぞしていた動きが止まった。布団を剥がして、熱に上気している先輩と見つめ合う。

 どちらともなく顔を寄せて口付けを――。

 ガチャリ、と。


「夜ご飯でき――」


 バン、と扉は閉まった。

 刹那に挟み込まれた人影、向日葵さん。

 見られてしまった。一番見られたくない人に。結婚式じゃあるまいし。

 現実を理解した先輩はオーバーヒートした。


「あ、あぁ……み、みみ見られたぁっっっ!?」

「間が悪いのか良いのか……」


 ポーカーフェイスを自負する俺も今回ばかりは恥ずかしくて堪らなかった。



 リビングにて、とてつもなく気まずい雰囲気。

 真っ赤っかな楓美先輩。

 にやけを堪える向日葵夫人。

 他人の家に緊張する俺。

 あのシーンを見られたのが致命的問題。あのタイミングで部屋の扉を開けるとは狙ってたのか?

 まあ、にやけてるとはいえ嬉しそうだから良かったけれども。


「そっか、二人は付き合ったんだ」

「はい、流れですけど……」

「うふふっ、ふははははは!」

「笑わないでよ!」


 林檎みたいになった先輩の批判を聞いたら、俺も笑みが溢れる。夫人と一緒ににやける。食事している場合じゃなかった。何か入れたら吹き出してしまう。

 本当に可愛いな、もう。



 食後、食器洗いをしている夫人を横目に俺と先輩はソファーに並んで座っていた。今は向かい合ってさりげなく距離を取る必要もない。

 俺はひとまずリラックスしているが、彼女はガチガチに固まっている。触れようものなら数センチ浮くくらい驚くだろうし。


「まあ、付き合うとはいえ何かをしようとは思ってませんよ」

「そう……なの?」

「はい。わざわざデートとかしたい訳じゃないですし、いつでも一緒にいたいって程でもないですし」


 雰囲気でキスしたけど、それ以上は考えなかったし。とりあえず俺が彼女のものになれたと思えば満足だった。

 本音を言えば、添い寝はしたいけど。抱き枕にしたい欲求。まだ健全だよね?


「京都は私のこと好きなんだよね?」


 恐る恐るという風に聞いてくる。

 雄弁に示していると思うが、気掛かりがある模様。ならばそれを吹き飛ばすくらいで言わなければ男が廃る。


「好きです。心の底から愛しています」

「そ、そう……」

「何でそんなこと訊くんですか?」

「だって……学校でさ、よく女の子と一緒にいるから……」


 唇を尖らせながら、恥じらいながら言う彼女は今までで一二を争う可愛らしさであった。

 何ぃ? 嫉妬してくれたの!?

 愛でたい衝動が押し寄せてくる。インパルスからのジャスティス過ぎる件についてッ! ――はっ、危ないところだった。


「あれは俺の数少ない知り合いだよ」

「知り合いですら少ないんだ……」

「そこは突っ込みどころじゃありません」


 自称リア充の彼女は存外暇を持て余している節がある。本人の前では絶対言えないけど。


「でも嫉妬してくれたんだ……すごく嬉しいと思ってますよ」

「何で私ばっか恥ずかしい目に合ってんの!? 年上だし!」

「女の子だからそれくらいが丁度良いですよ」


 彼女は今や宇宙人ではない。

 だが、俺と楓美先輩のカップルは普通とは言えなかった。

 恋人以上の何かで、配偶者以下の何か。

 それが丁度良かった。だから形になった。


「先輩、クリスマス二人で過ごしたいです」

「それはまさか!? ちょっと待ってそれはまだ早くないか!?」

「別に何もしませんよ。ただ二人きりになりたいだけで」

「それもそれで……」


 向日葵さんの公認があるとはいえ、節度を持ってだ。俺達はまだ思春期真っ只中の高校生。学校に不純異性交遊と判断されたくはない。

 食器洗いを終えた向日葵さんがソファーに、俺の隣に、腰掛けた。桜橋の女性に囲まれてしまった。オセロだったら俺は改名――否、婿入りしちゃう。


「いや、挟むなら実の娘を挟んでください」


 現在、桜橋邸に夫はいないようだがまさか毎日こうなのか? まさかのハーレム系お父さん?

 羨みがわかりみ過ぎる。


「えっと先に風呂どうぞ……」

「楓美ちゃんと一緒じゃなくて?」

「お母さん!? さっきからおかしいよ!」

「俺、そういう生理系のやつはマジでNGなんで普通に断ります」

「あら。じゃあ、久し振りに私達は二人で入りましょう」

「わ、私?」


 始終振り回されっぱなしの先輩は、物理的にも振り回されながら風呂場へ連行された。

 リビングに一人取り残される。力を抜いてソファーに横たわる。

 さっきまでここに先輩が座っていたな。他意はないけど。



 二人の女性の入った風呂はともかく、風呂を済ませて再びリビングのソファーで一息吐く。

 十分暖まって頭の奥から眠気が滲んできた。目を瞑っていると危うく意識が持っていかれそうになる。

 昼間に楓美先輩と添い寝したが、どうにも落ち着かなくて実は眠っていた時間は大したことない。うつらうつらと体が揺れる。


「京都起きてるー?」

「う、うん」

「寝そうじゃん。ちょっと待っててね」


 リビングから出ていってしばらく、戻ってきた先輩は俺の肩に手を差し込んだ。肩を貸してくれるようだが彼女の身長、筋肉じゃ俺を支えることはできない。


「ベッドに行くまで我慢してね」

「あ、ああ……起きてるから」

「半分しか目開いてないじゃん」


 重い足を動かして階段を昇り、真っ直ぐの廊下の歩いた後ベッドにダイブする。心なしか良い匂いのする布団だった。

 数秒後の後に意識が飛んで、夢の世界に転生した。



 ◎


 翌日の昼頃、俺は桜橋邸を後にした。土曜日に制服姿というのも新鮮だ。

 途中まで先輩が送ってくれるようで、いつかの日みたいに並んで歩いていた。今日の空は曇っている。遠くを見ることはできない。



 それから二日後、学生は学生らしく学校へ登校する。

 誰かと付き合ったことを報告する友達がいない俺はともかく、楓美先輩は顔に出そうなものだが。彼女は有名人とは言え、学校全体で騒がれるほどのことでもないか。


「はよー」

「加藤さんから話しかけてくるなんてどうしたんだい?」

「朝の挨拶。私が話しかけてたら三日月の地位が上がったんだよ」

「おはよー」

「づっきー、はろー」

「あ、おはようっす……誰だか知らないけどおはよう」


 加藤さんの影響力実は半端ない説。

 女子ばっかなのが腑に落ちないが、クラスメイトがそれなりに挨拶してくる。たまたまだよな、部活とかしてるから朝は遅く教室に来るんだな。


「何でこんなことになったのか……」

「小島くんと仲良いって言ったらからかな?」

「虎の威を借る狐」

「それでも何とかなるよ。一学期みたいに奇行に走ってないから」

「……奇行に走った覚えはないんですが……」


 クラス内で浮いてはいたが、目立つようなことはしてない。ちょっと人目を気にしなかっただけで。


「独り言とか言ってたよね」


 やべぇ、とかついつい口にしていたことはあったな。そういえば周りから人が消えていったような気もする。

 話に依れば、どうやら俺はクラスで人型エイリアンと呼ばれていた時期があったらしい。


「当時知ってたら傷ついてたかも」

「あ、そういえば桜橋先輩とはどうなったの?」


 思い出したように問われた。

 どうにかなってしまったものの、加藤さんに本当のことを言っていいものだろうか迷う。

 しかし、相談に乗ってもらったこともある真実を告げようではないか。


「無事付き合うことになったよ」

「あー、そういうこと。振られたってことね」

「信じてもらえなーい」


 本当のことを言っても信じてもらえなかった。日頃の信用って大事なんだと思わざる負えない。

 加藤さんは俺を天の邪鬼と捉えているのだろうか。


「実は二日前に付き合い始めたんばかりさ」

「まさかァ? 三日月がリア充になるなんて月が落ちてくるくらいあり得ないわ」


 地球の引力が弱まって月が離れていくと言われている古今ならして、落ちてくるとはまさにファイナルジャッジメント。

 絶対あり得ない、ということだ。


「いやいや俺もリア充の仲間入りですから」

「冗談はいいから」

「冗談じゃないから」

「は?」

「隣通し彼女と私さくらんぼ……だから」


 俺の迫真の表情から嘘ではないことを悟り、愕然と口を開けていた。顔の前で手を振るが無反応のまま加藤さんら立ち尽くすばかり。

 放心しているようなのでこのままにしておこう。


 ともかく、誰かと付き合ったって変わることはなかった。

 世界から、日本、関東、神奈川と。

 ちっぽけなことでしかない。有名人と言っても学校レベルでしかなく。

 劇的だと思っているのは常に己のみ。だが、主観で生きてるのならそれで一喜一憂したって罰は当たらないさ。


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