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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
過去
26/30

 

 ◎


 桜橋向日葵さんと紅葉狩りに行った日から二週間ほどが経った一二月の初め。

 冬の到来により、暑がりの俺も制服を着込んで手袋を着けることとなった。雨でも降ればすぐにでも雪が積もりそうだ。

 今現在の俺のメンタルとシンクロしているようだった。


 学校帰り、桜橋邸の前で立ち尽くしている――。


「あー……行かないとだよな……」


 紅葉狩りの日に向日葵さんと約束した。

 ちゃんとけじめを着けなければならない。

 一歩一歩が重い。緊張で心臓が口から飛び出しようだ。

 こうなってしまったら勢いで何とかするしかない。インターホンを押す。


「三日月です」

『はい、今行きますね』


 向日葵の声を聞き、一度深呼吸。パタパタと家屋から足音がし、扉が開け放たれた。


「いらっしゃい。もう楓美ちゃんは準備できてるみたいよ」

「わかりました……」


 重い気を背負いながらリビングに足を踏み入れる。学校帰りに寄るなんて慣れたものだったが、こう久し振りだと初めて能古とを思い出せた。

 椅子に座って紅茶に口を付けている桜橋先輩。夫人の案内の下、正面に当たる席にあてがわれた。


「…………………………」

「…………………………」


 お互い無言。何を話せばいいのかわからない。ほぼ初対面と同じ。

 そりゃ心構えしてないんだもん。

 このまま何も言わずに終わらせるのもありがと思ってしまう。

 が、向日葵さんは俺を見ている。ジー、っと見つめている!


「あ、あの」

「あ、あのね」


 圧されて沈黙を破ろうとするも、ベタなことに先輩と声が重なってしまう。


「あ」

「あ……っと、先どうぞ」


 俺はレディーファーストと言わんばかりで譲ってみた。

 チキン、またはヘタレ。もしくは両方の称号が課せられること間違いなし。

 向日葵さんの視線がやや冷たくなったような。

 ともかく、楓美先生が喋ることになった。


「久し振り、きょ……京都」

「はい、お久し振りです先輩」

「うん」

「はい……」

「それだけ」


 挨拶で終わり……なの?


「はい。京都は?」

「このまま俺のターンだとっ!?」


 そっちも話があるって聞いたんだが。挨拶だったとでも?

 嘆いていても仕方ないか。

 こういうことはとっとと終わらせるに限る。


「あなたのことが好きです」


 思春期らしくかなり迷走をしたが、辿り着いた結論はこれだった。いつかの過去の時のような激情感はないが。

 あっさりとはしてるだろう。

 顔を真っ赤にして、口をパクパクさせていた。前の彼女では考えられない反応だ。所謂普通。


「にゃ、何をっ!?」

「いやあ……恥ずかしいけど……これを言わないとさ」


 横に視線を飛ばせば向日葵さんが親指を立てていた。満足して頂けたようで。

 俺はそっとため息を吐いた。

 正面にいる娘は手で顔を覆っていた。恥ずかしいのは告白する側ばかりじゃないってか。


「返事ください」

「ちょ、ちょっと待ってよっ……!」

「返事返事返事」

「お、追い詰めないでっ!」


 ここぞとばかりにテーブルに乗っている彼女の手を掴む。引っ込めようとするが離さない。


「離して!」

「返事をください。今すぐ、じゃないと大変なことになります」

「た、助けてお母さん!」

「…………」


 夫人は深く頷き娘に笑顔を向ける。

 向日葵さんはこちらの味方なのだよ、諦めなさい女子よ。


「何でよぉ!?」

「答えを出せばいいのですよ、先輩」

「……あ、あの考える時間が欲しいです……」


 その言葉を聞いて俺はテーブルに突っ伏した。

 誰かと付き合うつもりがないのか、もしくは俺が無理なのか。否定から入ってしまったら振られる可能性が高い訳で。


「あ、あぁぁ……」

「急にどうしたの!? 一瞬で眼から光が失われてるよ」

「……うっ……」

「どうして泣いてんの!? 時間が欲しいだけなのに」

「エンディングが見えてしまった……終わりだ……」

「もうっ、うるさいなあ!」


 手を叩かれてしまったことにより正気に戻れた。

 危ないぜ。危うく有害除湿器と化してしまうところだった。

 ここまで来たら彼女次第――俺にできることはただ待つことだけか。


「猫見に行きます……」

「そんな落ち込まないでよ……」


 以前と立場が逆になったような。

 便乗した向日葵さんも猫小屋までやって来た。

 冬に差し掛かるということで小屋の中には毛布が敷かれ、大小様々な猫が踞っていた。


「最近猫になりたいと思う時が結構あるんですよ」

「それは……普通におかしいわね」

「あれ? そういうことありませんか?」

「ないでしょ、普通」

「あら?」


 俺は転生したくなるほど追い詰められていたというのか。

 ところで猫に知能があるのだろうか。人間の言葉を理解できそうだが、論理思考は不可能に見える。

 それにこの世界では生きなくそう。


「やっぱなりたくないな……」


 夏休みにおける幾度ものトライのおかげで手を伸ばしても噛みつかれることはなくなった。寝ている猫の背中や頭を軽く撫で回す。


「すっかりなついたわね、猫様も」

「こいつらとも久し振りでしたが忘れられてなかったみたいです」


 結論を焦らせるのもよくないのでしばらくここで待機することにした。その間、色々と向日葵さんと談笑を交わす。

 自然と話題は桜橋楓美に向いた。空白の数ヶ月について。


「果てしなく強くなったよな……」


 文化祭の準備期間から、体育祭中の教室でのこと。俺の成長しなさに匹敵する成長を見せてくれた。

 今や俺に収まるような少女ではないのだ。



 ◎


「ぶっちゃけた話、俺とあなたの娘さんが付き合うことについてどう思っているんですか? 高校生という点を加味すると答えによってはクリティカルな感じになりそうですが」


 こういう機会なのでぶっちゃけてみた。

 心なしか俺を先輩を付き合わせようとしている節がある向日葵さん。一応その心は知っておきたかった。場合によってはリアルファイト――なんてことはなくとも真剣な話し合いが必要になるかもしれない。

 娘はやらんっ! みたいな。


「……娘のこと宜しくお願い致します」

「……冗談ですかね?」

「本気ですよ」


 だったらかなり重い。

 押し付けられたとさえ思う。

 高校生カップルはすぐ別れると言う。それは一重にパートナーを気遣うというのも難易度が高いというのが理由だろう。

 友達なんかいたら彼氏彼女に気を回す余裕もない。しかし、ボッチなら解決という簡単なものじゃない。ボッチはそもそもパートナーができない。

 つまり詰み。詰みが積み上がっているのだ。

 好きだけじゃ成り立たない。大人のする恋愛とは違うのだろう。


「若気の至りとかでポイ、っとするかもしれませんよ。消しゴムみたいに」

「いいえ、君はそんなことしないわ。いえ、できませんよあなたは」


 そこまで断言されても困るというか。

 聞いてしまった以上はそんなことする気はなくなるけど。


「まあ、そこはしっかり考えてみます。性格は微妙似通っていても相性が良い訳じゃないですからね」

「そうなの? 相性こそ良さそうだけど」

「沈殿するんですよ、社会性と倫理性の対極にまで」

「社会性と倫理性……犯罪っぽく聞こえるけど」

「恋人じゃなければ犯罪なことをしちゃうかもしれませんね」


 それもうっかりと。

 だから、昔から距離感は気をつけなければならなかったのだ。どちらも節度がぶっ壊れている気がする。


「――それは付き合ったらの話ですけどね。あの反応だと無理かもしれません」

「ええ!? 流石にそんなことしないでしょ」

「どうですかね。あの流れだと断り文句を考えてますよ……『今は誰と付き合うつもりもないの』って」


 実際そうやって断っていたからな。


「楓美ちゃんも君のこと好きだと思うけどな……」

「そんな希望を持っていたらダメだった場合立ち直れそうにないですけどね」

「ネガティブなことばっか言ってるとそうなるよ?」


 返事を相手の母親と一緒に聞く時点でネガティブにならずにはいられない。YesでもNoでも精神的なダメージが計り知れないだろう。

 逆に先輩の方はいいのか? 母親に彼氏を紹介するのはいいのか。


「そろそろ戻りましょう……寒くなってきました」


 暖かい結果になることを望もう。



 ◎


 再びテーブルで向かい合う。

 覚悟を決めたように真顔わ浮かべる楓美先輩。俺はガチガチに硬直した顔面を向ける。

 暖房が付いているのみまだ寒い。

 返事を聞くだけなので全力で耳を傾けた。


「あの」

「な、何ですかっ!」

「……さっきお母さんと何話してたのか訊きたかっただけ……」


 ため息を吐きそうになった。

 どうして焦らす。焦らしプレイなのか? 告白焦らし? そんなプレイあるか。


「娘を宜しく、って言われた」

「なっ! な、何でっ!?」

「さあ。ちょっと頭がおかしいとは俺も思ってた。地雷臭のする漫画から出てくるお母さんキャラというか」

「人の母親をおかしいとか言うな」


 おかしいくらい優しい性格、ということで手を打とう。


「……答えを教えて欲しいのですが」

「こ、心の準備が……」

「さっき時間は何だった」

「それはっ、考える時間」

「心の準備いつまでかかる予定ですかね」

「……一時間くらい……かな?」


 これは一生終わらないパターンですね。

 急かそう。一度引っ込めてしまったら、もう口に出すことはできないだろう。

 背中を押そう――。

 いや、返事待つ側のすることじゃないけど。

 向日葵さんや、俺じゃなくて実の娘のサポートしないさい。

 ここは男らしく行くべきだ。覚悟の息を吐いた。


「楓美先輩」

「は、はいっ」

「俺は、ずっと前からあなたのことが好きでした。愛していたし、愛しく思っていたし、愛でたいと思っていました」

「う、うぅぅぅ……」

「最近はご無沙汰でしたが、前みたいに一緒にいたいと思ってました」

「そ、そうっ……」


 別に恥ずかしがらせるつもりはなかったが、眼を逸らされてしまっては仕方ないので一旦ここで止める。


「仕切り直しましたが、そういうことなんです。あなたはどうなんですか? 心の準備ということはもう答えは出ているんですよね。どんな答えだとしても俺は受け入れます。あなたは俺のことを好きですか?」

「…………わ、私は…………」


 畳み掛けるような言霊に、震えた声が返される。

『私は』?

『私も』じゃなくて『私は』?

 絶望的な予感がする一言である。

 ゴクリ、と息を飲んだ。


「人と付き合うとかはよくわからない。手を繋いだり、デートしたり、キスしたりするのが恋人って君が教えてくれたけど私にはそれのどこがいいのかいまいち理解できないの」

「そうか……」


 自然声は落ちる――。

 言っていることはあたかも遠回し。

 顔は徐々に俯いてテーブルがフェイドインしてくる。


「――でも、好きではあるよ」

「ぇ」

「特別に好き……だと思う」

「ええと、それは好きだけど、付き合いたくはないってことで?」

「そんな感じ、かな……」


 第三の選択肢とでも言うのか。

 呆気に取られて言葉を返すこともできなかった。両想いのように聞こえたが。


「ああ、わかんねえ。特別な存在ではある訳ですよね、となると……何だ、わからない」


 この結果だとこれから先どこに進めばいいのかわからない。全ての道に行ったはずなのに行き止まり続ける迷路だ。ゴールがないように思える。

 ゴールがない迷路に果てしてスタートはあるのか――。


「向日葵さん助けてください」

「私よりも早く私のお母さんに助けを求めないで」


 娘の出した答えには親である向日葵さんも唸っていた。

 答えが微妙過ぎる。ぼかすにも程がある。やっぱ遠回しに断っているのだろうか。


「楓美ちゃん、三日月君のこと好きなのよね」

「ま、まあ……」

「まあ?」

「す、好きだけど……」

「付き合ってみたら? 友達とお話してる時よりも楽しかったんでしょ」

「そんなこと、ないけど……」

「そうかな?」


 友達と上手く行ってなかったのか?

 イメチェンしてから男子にモテてるから嫌われているのかもしれない。女子の嫉妬は怖い。


「彼は良い子よ。結婚とかどう?」

「どうじゃない! 飛躍し過ぎっ! せめて付き合うとかでしょ!」

「そうね。付き合ってみれば」

「付き合う、って言われても。よくわからないから」

「じゃあ、お試しね」

「お試し……それくらいなら――」

「――言ったわね」

「はっ!」


 何やっとるんだ親子共。

 心理作用を使って言質を取ろうとしてたよ。そこはかとなく残念系というか。

 満足気な向日葵さんのサムズアップを確認して、楓美嬢様に向き直る。


「ごねるのはもう止めにしましょう」

「私が悪いみたいになってるよっ」

「……結局保留か……ん、どうしたんですか向日葵さん?」


 俺の耳元でボソッ、と呟く夫人。

 爆弾発言だった。この人は本当に楓美先輩の親か。親とか関係なく倫理観が大丈夫か心配になる。


「そんなことはしませんから」

「手っ取り早いと思ったのだけど」

「本人の同意がないので犯罪になりそうですが」

「満更でもないんじゃない?」


 既成事実作戦は却下だ。

 正直、付き合わなくても良いとも思っている。互いの気持ちを理解し合えただけでも収穫である。

 試しでも契り合えたら十分。


「今日はこれくらいにしましょうかね。三日くらい押せば何とかなりそうだし」

「軽い女みたいに言わないでよ!」

「そんなことないですよ、好きですから。喩えあなたが痴女であっても」

「バカバカっ! そんなの聞いて付き合おう、って女子がいると思った!?」

「半分冗談ですよ。ちゃんと好きですし」

「そういうことを真顔で言うなっ」


 いくら言っても慣れないようで赤い顔をさらに紅潮させていた。

 まあ、数ヶ月振りの会話でここまで胸襟を開けたのだからこれからは少なからず交流はできるだろう。


「次会った時も告白するで宜しくお願いします」

「あら、今日泊まっていかない?」

「向日葵さん!?」

「お父さん帰ってこないから大丈夫よ」

「それは大事なことではありますが、そういうことじゃないです」

「でも、二人で話さないといけないこともあるでしょ?」


 そういうこと言えば何でも素直に頷くとでも。

 数ヶ月前ならいざ知らず、現在の俺としては言うほどに魅力的な提案ではない。


「ま、いいか」

「いいんかい!」


 突っ込みが冴えてるな。

 楓美先輩は突っ込み能力も成長したようだ。


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