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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
過去
25/30

 

 ◎


 一一月の半ば、中間テストが目の前に迫る今日この頃。

 昼休み、教室に居場所のない俺はとある場所に向かっていた。校舎裏にして裏口付近の学生のがの文字もなあ閑静なエリア。

 いつかの夏休みのように、レジャーシートを引いて休息している。


「まだまだ行けそうだな……」


 今年は冬の到来が遅いため、長袖シャツを捲って横になって丁度良いくらいだ。夏と比べて、蝉等の虫の声がしないという点で快適である。

 という訳で誰にも邪魔されず俺は目を瞑ることができていた。快適な昼休みを得ることにより午後の授業の能率も上がるのだ。



 ◎


 毎日毎日学校に通っていたって、その登校路の景色を完全に理解することはできない。

 見ているからって記憶に刻み込まれる訳ではないのだ。自らで意識しながら覚えようとしなければ知識とし利用することはできないだろう。

 翌朝には昨日の晩御飯の内容を忘れてしまう俺――三日月京都は色々と興味がないらしい。就寝の前に一日を振り返っても何もかも思い出せないこともある。


 だけど、そんなの珍しいことではないのだろう。

 誰だってそういう体験はしているのだ。

 自分だけと思ってしまうが、改めて考えればその程度。自慢にも話の種にもならない。

 というのは一般論で完全記憶能力とか、エピソード記憶とか例外はある。


 こんなことを思っているのは、驚くべきことに桜橋夫人からメールが届いたからだ。名前なんと言うんだっけ? という疑問が派生した。


「季節関係だったよな……秋桜? 向日葵だっけ? 桔梗?」


 桜橋楓美という名前から春と秋ではなことはわかる。なら夏というのが妥当か。

 それはともかく文面だ。意外な誘いである。


『連絡するのも久しいですね。突然ですが、明後日に何か予定はありますか? 良ければ一緒に紅葉を見に行きたいのですが。検討してくれたら幸いです』


 まさか紅葉狩りに一緒に行きたいとか。綺麗な人妻からの誘いである、断る選択肢はなかった。

 冗談はともかく、この誘いは桜橋夫人が俺に何か話したいことがあるから故の提案なのだろう。多分、最近先輩と疎遠になっていることが関連している。

 躊躇もあるはずだったが――人妻と考えたら即答もしたくなる。高校生が人妻と仲良くなる機会は普通ないからね。稀少価値の問題だ。


「定期テストは……一日くらい何もしなくて余裕だしな。でもこれ、先輩に言ってないだろうな? 知られてたら気まず過ぎる……」


 意外と気を遣う人だから大丈夫だろう。



 ◎


 翌日、このことを仄めかす程度で加藤さんに相談してみた。

 人妻と出かける、と。

 期待して損した、みたいな微妙な顔をしてきた。わざとらしくため息を吐いてから。


「桜橋先輩のお母さんと仲良かったんだ。なのにどうして振られた?」

「いや、リアルに告白した訳じゃないんだけどさ」

「は? 前自分で言ってたよな!?」

「あ、あー……」


 これはよくあるジョーク。そうして加藤さんに蹴られるのも一括り。


「何で私に嘘ばっか吐くのよ……」

「喧嘩するほど仲か良いみたいな?」

「嘘吐きは普通に屑だと思うよ」


 真顔で言われてしまっては何も言えまい。問答無用で黙った俺の顔を見てため息を吐いた。


「知り合いなら行ってもいいんじゃないの?」

「そうかな」

「人妻に興奮する屑野郎でない限りだけど」

「そんな訳ないだろ……未亡人とかの方が萌えると思うんだが?」

「死ねば?」

「冗談ですよ。普通に面食いですから」

「それもどうかと思うけどね」

「まあ、実際に成就するかはともかく惹かれるものだろ。加藤さんも好きな人もいるだろ?」

「い、いないしっ!」


 心の中で応援しておこう。

 表立ってだと殴られかねないからな。


「あー、そういえば最近小島君学校来てないよな」

「そうかもね。何か怯えてるみたいだったよ」

「ふうん。女子生徒でも襲おうとしたのかね」

「三日月じゃあるまいしそんなことしないでしょ」

「俺はしないからな」


 何故こうも俺のことを下に見ているのだろうか。

 俺は教室で宇宙人的な奇行に走った覚えはない。それなりの成績を取って授業も真面目に受けてい優等生だ。

 加藤さんにちょっとばかりの嘲りを含んだ接し方をしているが。


「やっぱツンデレか」

「誰がデレた!?」

「何かそういうフラグがありそうだなって」

「ツンからデレになる理由がどこに!」


 少女漫画みたいなことは起こらない。

 フィクションの作品を見て思う――キャラクター精神年齢高過ぎじゃね、と。商業作品なのだから売る必要があるのだろうけど、しっくり来ない。

 ツンがデレになるイベントなんて現実にはないのだから。ツンデレという存在も伝説みたいなものだろう。


「客観的意見をありがとう。服装ってどんな感じがいいかな?」

「どうして私が知らない先輩の知らない母親と三日月のために知恵を絞らなければならないの?」

「どうしてもだから」

「その手には騙されない」

「信用されてねえな……俺は生まれてこのかた嘘を吐いたことがないぞ」

「何回がいい?」

「は?」

「何回死にたいかな?」

「……意味のある嘘は吐いたことない」

「もう地獄に落ちた方が良いんじゃない?」


 待ったくその通りである。



 ◎


 変に気負うのもよくないということで、背伸びなんかせずにいつも通りの服装でその辺りでは有名な名所まで来ていた。

 隣には桜橋向日葵さんがいる。

 今日から冬が始まったかのような肌寒い気温。なので俺もいつもの服装にかねて一枚羽織った。

 水色のパーカーだ。


 積極的に自然が保存されている県立の公園。

 俺達意外にも紅葉を見物している客がいる。親子家族連れが多いように見えた。

 ただ景色を見る分にはこういう公園でもいいけれど――。


「えっと……お話というのは?」

「そうね。歩きながらにでも」

「はい……」


 会いたかった、だけというのはあり得ない展開だとして。

 桜橋夫人から俺に向けての話とは一体何なのだ。


「体育祭の日……楓美ちゃんが調子悪そうだったからどうしたのか訊いたの」

「はい」

「でも答えてくれなかった。だからこう尋ねてみたの――三日月君と何かあったの? って」

「俺と……」


 数ヶ月の間話すどころか、顔を合わせていない。

 俺が訊かれれば、夏休みは仲良くやっていたので歯切れの悪い反応をするだろう。


「そしたら楓美ちゃん、泣き出したの」

「…………」

「その場で崩れ落ちて昔みたいに泣いたわ」


 昔みたいに――それは俺と仲良くしていた時みたいに?


「だから、私はあなたを呼び出したんです。楓美ちゃんに何かをしたんですか?」


 それは優しい声だけど、俺を詰問するようで。

 子供を心配する母親の強さなのか。



 頭がチリチリとスパークした。

 デジャブだ。俺は以前にもこんなことをされたことがある。

 小学六年生の時――誰かクラスメイトの女の子の筆箱がなくなったことがあった。その頃からやや浮いていたものの、今ほど立場低くなった時代だ。

 餓鬼なりにお洒落をするようなチャラい女の子。彼女と俺にはほとんど縁はなかった。話した記憶だってない。だから他人事だった。


 同級生達は思春期だからか、それとも探偵気取りなのか犯人を特定しようとしたのだ。思い返せばそれは酷く滑稽だが、当時大事のように思っていただろう。

 俺はランドセルの中身を確認したりゴミ箱を漁ったりしている姿をただ見つめていた。という俺はその犯人を知っていたから、やや斜めに構えていたと思う。

 それから彼ら探偵役はクラスメイト達に話を聞き始めた。例外なく俺も質問をされる訳だが。


「づっきーは何か知ってる?」

「知らないな――」


 と、答えて思わず「ふっ」と息を漏らしてしまった。

 すぐさま疑いの眼差しを向けられることになる。言葉にはしないからこそ伝わってくるものがあった。

 気持ちはわかるよ、と言わんばかりに俺の肩に手を乗せるのだ。


 こんな時に笑うのも不謹慎だろう。疑われても仕方のない所業だ。だが、弁解しようとも信じてくれる様子はなかった。

 人間信じたいものだけを信じるんだ――そう思ってしまったら期待するだけ無駄だと悟らざる負えない。

 疑われたが証拠も動機もないのでそれ以上は追及されることはなかったが、張り巡らされた空気が歪んだ。


 結局、真犯人は見つからず。時が過ぎていく内に忘れ去られた。

 筆箱がなくなった彼女こそが犯人なのだから小学生にはわからなかったのだろう。先生にしても被害者を容疑者扱いする訳にもいかなかったのかもしれない。風に聞いた話だと――目立ちたかったからとか。

 別にわざわざ笑いたい訳じゃなかったさ――。


「俺は……何もしてませんよ。夏休みになってから話してもいないんです。それに今の先輩に俺は必要ないですし」


 むしろ、俺といたら彼女のやって来たことが無駄になってしまう。三日月京都と桜橋楓美に関しては、いくらでも沈殿してしまえるのだ。


「じゃあ、どうして泣いたの……?」


 自問自答という風に呟く向日葵さん。

 俺は何もしていないから理由にはなり得ないはずだ。

 だが、俺のことを尋ねたらしい。


「向日葵さん、最近の先輩はどうですか? クラスメイトと仲良くして楽しそうですか?」

「ちょっと遅く帰ってくるけど、その分充実してるように見えたけど……」

「そうですか。なればこそわかりません。俺は本当に何もしていないんですから。欲しかった友達ができて良かったはずなのに」

「あなたとも友達になりたいんじゃなくて?」


 俺と友達になるのなら――並大抵のことじゃないだろう。一ヶ月近く昼休みに外で昼寝をしなくてはならないのだから。

 それなら夏休み以降別れる必要はなかったのた。

 それに、というかこちらが本音だが、今の俺は楓美先輩の友達になりたいとは思っていない。


「それなら俺には無理ですね……好きですから……」

「――言わないの?」


 俺のしれっとした告白を聞いても向日葵さんは動揺せず、問い返してきた。

 普通訊くかそんなこと?

 先輩はチャラ男の告白を断る時に恋愛がよくわからないと言っていた。良い返事を貰えるとは思えない。


「言ったらダメになると思いますよ」

「そんなこと……楓美ちゃんもあなたのことたいせつに思ってるはずだわ……」

「かもしれませんが、もう疎遠していて、何とかできてしまってますから。今から関係を変えるってのも大変ですよ」

「でも、二人とも未練があるじゃないっ」


 俺だけではなかった。先輩も、どうしてか泣いた。両者、少なからず思いはある。

 あんな別れじゃない訳がないんだ。


「もう一度、話してみてよ。伝えなくちゃ、もうどうしようもないでしょ」


 向日葵さんは俺の手を温かく包み込んで至近まで引き寄せた。

 あなたの子供になったみたいだ。本物がいるのに。


「正直……何て言えばいいのかわかりません。というか向日葵さんが言うのはどうなんでしょうか……アレな関係とかになってしまったりしたらどうするんですか?」


 例の如くアレの内容は言えない。○○を××する、とかぼかす必要があるやつ。

 それに親公認の恋人とか重いと思うのが普通だろう。

 散って舞った紅葉を見ながら向日葵夫人は答えた。


「それは……直感かな?」

「直感ですか」

「うん、楓美ちゃんと隣に居れるのってやっぱり君だけだと思って。楓美ちゃんのこと好きだってすぐわかったし」

「そんなにわかりやすかったですかね……」

「いいえ、逆に意識しなさ過ぎだったから。あえて一歩引いているよう見えたよ」


 猫を愛でていたはずなんだが、どうやら無意識に距離を取っていたようだ。


「どんな結果になるかわかりませんが、けじめはつけなくちゃなりませんよね」

「願わくば誰も悲しまないように」

「そんな都合の良い結末はあるんですかね」

「あなた達なら奇想天外なことが起こるかもしれないわね」


 いつかに訪れるであろう決着の日に思いを馳せていても仕方ないので、上を見上げて紅葉狩りだ。

 茜色の掌がゆらゆら風に揺れている。

 紅葉――まさに、美しい楓だ。

 もうすぐ、季節は秋から冬へと移り変わる。


「この景色は、しっかり刻み込まないと」


 誰かの後押しを無駄にしないために。


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