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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
過去
23/30

 

 ◎


 文化祭当日は、クラスの出し物が迷路だからサボろうと思っていた。正確には朝出席しに行って、すぐに帰宅するということだ。


 しかし、思ったよりもできが悪かった。ホームレスの段ボールの家の方が何倍もよくできている。子供騙しにもほどがあった。

 文化祭前日の午後四時頃、俺はそう思うのだった。


「……ま、こんなもんだよな高校生だし」

「時間が足りなかったからっ」


 加藤さんは結構悔しがっていた。

 人手が足りなければ、時間も足りなくなるだろう。

 結局、男子生徒はほとんど参加していなかった。俺と小島君くらいだ。とは言え、雀の涙ほどの微力でしなかった。


「形にできただけでも良かったと思おうか」

「最悪じゃん……マジでさ」


 言いながら加藤さんは隣のクラスに目を向ける。

 それと比べたら内のクラスなんて葉虫に食われたミジンコにも劣る。中身のボロボロさが表にも出ているようだった。

 せめて外観だけは、ということで現在廊下の飾り付けに手を着けようとしているのだが。


「俺と加藤さんしかいないっておかしくない?」

「人手が足らないんだって。チラシとかも準備しなくちゃだし、生徒会とも報連相しなくちゃだから」

「はっ、面倒だな。だからやりたくなかったんだ」


 ゲシッ、と足を蹴られた。上履きの後がズボンに付く。制服って意外と高いんだよな。

 俺は批判的な目を向けた。


「そういうテンション下がること言うからじゃん」

「まあ、ねえ……こんな状況でもなければバイオリンでも弾いてただろうよ」

「バイオリン弾けるの?」

「弾けないけど」

「は!? 何言ってんだし!」

「まあ、言うならピアノだったか」

「ピアノの本当に弾けるの?」

「まさか」

「死ね!」


 死を宣告されるほどか? ちょっとしたジョークのつもりだったのだが。

 とまあ、こんな感じでここ最近俺と加藤さんは相棒かのように一緒にいるのだ。


「相棒」

「突然何言ってんの? いつも思ってたけど意味不明過ぎだよね」

「タイトルコールだよ……」


 トゥトゥトゥン、トゥトゥトゥン、トゥトゥトゥン、トゥトゥトゥン、トゥントゥン! という音楽が頭の中に流れていた。

 馬鹿話を切り上げて二人で外を飾り付ける。残り数時間でできるといったら限られている。


「色紙を貼るだけでいいだろ。隣みたいに風船取り付けたら文字象ったりもできないんだからさ」

「ダサ過ぎるわ……」

「サインペンで文字を書こう。フォントとか知らんけどそれなら間に合う」


 影とか付けてみたら少しは映えるかもしれない。

 気休めだが。


「もう嫌っ!」

「おいおいっ……君、一七歳だろ?」

「それがどうしたのよ」

「言っただけだが。お約束として」

「変な野郎だな」


 ちょくちょく口が悪くなるのは俺が原因なのだろうか。

 文句を言いつつ加藤さんは作業を始めた。俺もおっとこらしい彼女の行動力の妨げにならないように背後で待機する。

 暇なので窓から校庭を眺めた。

 書道部がデカイ半紙で何かを書いている。リハーサルか。どうしてか魔王と書かれていた。


「ちょっと押さえてて」

「任せろ、誰を?」

「ここ!」


 加藤さんに代わって壁紙の端を押さえる。

 至近距離に彼女の顔が近づいた。俺の指のすぐ隣に画鋲を刺してくる。


「こ、怖いんだが」

「近くで喋らないでよ。息がかかるからあ」


 確かに彼女の耳元の髪が揺れていた。

 息を止めるしかないじゃないか。


「そのまま引っ張ってて」

「うっす」


 綺麗に紙を張ったことにより、綺麗に紙を貼ることができた。

 残すは文字を書くだけになる。


「そういえばさ、小学生の頃って習字とか習ってる人とか多くなかった?」

「あー、わかる。何故か皆やってた記憶がある」

「加藤さんは小学生の時何かやってた? ちなみに俺は勉強塾に通ってたな」

「ピアノと水泳」

「うっわ」

「何か悪かった!?」

「いや、普通だと思って……」

「その反応が何故うっわ、なのか説明してもらえるかな?」


 思い切り俺の足を踏み、詰め寄ってくる。理由を問われたら先程通り普通だから。


「加藤さんって結構サディストなところあるよな」

「は?」

「良いところだと思うよ」

「うっわ、マゾヒスト! だから友達いないんだ!」


 加藤さん

 物怖じしない性格――とは言えないけど、グイグイ来るタイプ。周りは気にするけど、躊躇はない。

 にしても友達か、いねえな。


「あ、夏休みに宇宙人先輩と買い物してたっけ? 親戚?」

「な、ななな何故そう思うんだ?」

「……どっちも変わってるからだけど……顔がどっちも……からだけど……」

「最近の情報は入ってないのか……」

「というか何その反応。もしかして本当に親戚だったり?」

「いや、違うよ。あたかもそういう風に動揺した振りしただけだが?」

「おい! さっきなら吐く意味ない嘘吐いてんな! そんなに私を騙したいか!」

「恥ずかしかったから……」


 俺にとって桜橋先輩はもはや弱点と化している。特に夏休み前半は地獄のようだった。

 アイスクリームに砂糖菓子を突っ込んでチョコレートフォンデュするような地獄の甘さだ。もう、子猫ちゃんだったよね。何もかもが。


「もしかして付き合ってた?」

「合ってない」


 一緒にいたから好きになったのか、好きになったから一緒にいたのかわからない。

 初めて出会ってから二ヶ月も経っていない。

 それから、別れてからから一ヶ月は経った。

 友達でも恋人でもなかった。


「知り合いだよ、ただの」

「へえ……どうでもいいけど」


 言い訳のように言って加藤さんは一人、教室に戻った。

 時刻は五時半といったところ。空はオレンジに染まり、西日が眩しく突き刺してきた。


「綺麗な空だな……」


 青空もいいが、夕暮れというのも乙なものだ。



 ◎


 翌日、文化祭当日。

 いつもより早めに家を出る――なんて積極性のある俺ではない。いつも通りに登校した。

 それでも二番目に早いのだが、一番というと張り切りまくった加藤さんである。文化祭実行委員としての仕事もあるようだ。


「忙しそうだな」

「実はそうでもないんだけどね。全部先生がやるからね」

「実務は生徒会主導ですか」


 文化祭実行委員というと学活の時間に適当に決めるようなものだ。そこに信用は皆無だ。学校を開放するので信用のある人物が仕切らなければならないということで先生と生徒会。


「俺の出る幕はもうないか」


 友達と一緒に文化祭を回るー、なんて用事がない俺みたいなやつらは帰るくらいしかやることはないだろう。


「回らないの?」

「文化祭だぜ? 学生レベルって考えたらかなり萎えるだろ」

「雰囲気を楽しむんでしょ」

「わからなくもないけどさ、苦手なんだよそういう空気が」

「えー……」

「何故加藤さんが落ち込むんだよ」

「えっと……」


 俺が問うと彼女は口ごもった。

 若干顔が赤いように見える。


「まあ、一つだけ行きたいところはあるけどさ」

「そうなの?」

「加藤さんが暇だったら誘おうと思ってたんだけど」


 チラッ、と見る。

 選択権を譲渡することで了承する気まずさをあちら側に負わせることができるのだ。


「行きたいとこどこ?」

「ま、バンドだけど。タダで見れますから」

「知り合いでもいるの? 吹奏楽部とかギター部とか軽音とかに……でも友達いないよね?」

「知り合いいなくても見ていいだろうが」


 加藤さんに脳天チョップをかました。軽くだから髪に受け止められる。


「……びっくりしたんだけど」

「やっぱ女の子の髪ってさらさらだな」

「やっぱ、って他に触ったってことだよねー」

「妹だよ」

「妹の髪触んの?」


 キモい、と言わんばかりの瞳である。そんな目をするなら直接言って欲しいくらいだ。


「マジでキモい」

「女子高生言葉のナイフ容赦なし」

「五七五風に言うな。バンドって言っても結構あるでしょ? どれを見んの?」

「全部だな」

「嘘でしょ!? 六時間!?」

「俺はね」

「それは変態だよ……」

「何でだよ。皆頑張ってるんだから見たいでしょ」


 こう言ってしまえば何も言い返せまい。批判すれば俺ではなく、部活の同士達に向かう。同士ではないけど。


「変わってるわ……宇宙人じゃん」

「それは桜橋先輩だから」

「じゃあ、スペースノイド。もしくはダースベーダー」

「むしろカッコいいな。痛いけど」



 ◎


 もう、何というか下らない――。

 朝のホームルームの時間には生徒は登校して、教室に集まっている。席は存在しないので各々椅子を準備したり立ってたり。

 それはいいのだが。

 少し前のこと、何もしていなかった子生徒がズタボロ迷路でふざけて迷路をさらにズタボロにしてしまったのだ。そこからがもう馬鹿らしく、直せやら、知らねえよやら。結局女子が直したが空気はとてつもなく重くなった。

 ホームルームの前だが、バンドそっちのけで帰宅したくなったものだ。



 教室から移動し、体育館で開会式を待つ。

 目を閉じて話を聞いていたら終了を迎えた。つまり文化祭の始まりである。

 俺は自販機で水を買ってから講堂へ向かう。


「ちょっと置いてかないでよ!」

「加藤さん、来るんだ……」

「何で嫌そうなの」

「そんなことはないよ。ただ一緒にいたら恋人みたいな見えるなー、って」


 俺は思わないけど、加藤さんは思いっきり反応した。耳まで赤くして睨んでくる。

 別に噂されると嫌だから一緒に帰りたくない、みたいな人ではないですから。


「見るだけだから話とかしないよ? というか回らないの?」

「それは二日目。誘われてるから」

「…………」


 当て付けのつもりなのか知らないが一日目は誰にも誘われてなかったんかい、と言いたくなる。そんな惨いことはせんけどさ。

 にしても、彼女は朝のいざこざでかなりプンプンしている模様。


「ほらね、文化祭なんてこの程度なんだよね。信じるか信じなかいかはあなた次第!」


 と、言ったらどうだろう。今までの努力は無駄だったのだ、だから次からは諦めよ、と婉曲的に伝えてみようか。



 ◎


 講堂でのイベントが全て終わり観客は席を立つ。空いてきたところで俺と加藤さんは出口へ向かった。

 現在午後五時頃、もうすぐ文化祭一日目が終わる。終わってしまう。

 荷物を取りに教室に向かう中、俺は唐突に口にする。


「俺さ、終わりが苦手なんだよ」

「ん、終わり?」

「うん。文化祭の終わりとか、物語の終わりとか……楽しければその分悲しく思えるからさ」

「そうだね」

「ほら、この夕暮れとか……世界の終わりでも見てる気分になって、無性に泣きたくなる」

「そういう時もあるよね」


 加藤さんは傷心気味の俺を慰めるように背中をなでてくれた。

 人に触ったり、触られたりする――ってのはそれなりにハードルが高いことらしい。不快感を抱く者もいるだろう。

 背中がくすぐったかった。

 俺と桜橋先輩の関係も終わったか――。


「ま、いっか。もう帰ろう……明日こそ早く帰る」

「本当にバンドだけなんだ……」


 今宵の文化祭は一〇〇円で済ますことができた。


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