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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
過去
22/30

 

 ◎


 あれから、俺は持てる知識だけでなく様々なソースから集めた情報を余すところなく利用し、桜橋楓美に叩き込んだ。

 有り体に言えば、彼女をリア充化するって話で。

 そもそも彼女は一般常識を知らなかっただけでしかなく、『普通』になること自体はそんなに難しくなかった。とは言っても、事前知識ゼロなので大変ではあったけれど躓くことなく進めたと思う。


 ともかく、一か月で桜橋先輩を一般人らしくすることは成功した。

 当たり前だ――宇宙人なんかではないから。そんなものどこにもいないのだから。



 夏休みは終わっても夏の暑さは残り、登校するだけでワイシャツが肌に張り付く今日この頃。課題を鞄に抱えて教室に踏み込んむ。

 クーラーの効いた快適な教室だった。

 八月の半ば……二〇日辺りから俺は桜橋先輩に会っていなかった――。


 九月中旬――。

 気付けばあっという間に月日は流れていた。

 五時間目の授業を終えた後の六限、学活の授業でとある話題に触れる。


「えっと、文化祭の出し物を決めます」


 文化祭実行委員のKさんこと加藤さんが教卓にて、たどたどしく言い放った。他のクラスメイトは八月病によりテンションが下がっておりあまり耳を傾けていない。

 高校生ならばそんなものだろう。

 俺はそんな光景をボーっと見つめていた。


 何だかんだで進行されていく。出てくる案はお化け屋敷や、流行りの食材の販売等。良くも悪くも平凡なものばかり。

 俺としては働きたくないので何もやりたくない派、とは言いつつもこういう意見は潰される運命にあるので諦めていた。クラスはやる気満々の加藤さんに掌握されているのだ。


 刺激のない時間だったからか居眠りしていたが、起きてみたら最終的に脱出ゲームという平凡なところに着地していた。


「意外と大変じゃね?」


 思わず口に出してしまったが、反転してくれる人はいなかった。



 ◎


 残暑、残暑、残暑。

 蝉のすら憎悪を抱いてしまいそうな暑さだった。

 良いことと言ったら西日が綺麗なことくらいだ。今日は今日とて平和である。


 放課後、教室に居残り文化祭の準備をしていた。


 女子高生による適当な分担だったのと、こういうノリが恥ずかしかったのな男子生徒は粗方帰宅していた。部活している人もいるかもしれないが、その暑苦しさは憎悪の対象になる。


 蝉や部活生に耳を傾けているのは現在退屈だからだ。俺は専らダンボールをカッターで切開するという仕事していた。

 仕事とも言えないような気もするが考えたら負けだ。平べったく潰して、テープを剥がして、当分に切り落とすだけの作業。

 そんなこともあって蝉に当たりたい気分なのだ。


「…………」


 指示通りに仕事を終えた俺がさりげなくフェイドアウトせんと行事の端に移動を開始する直前のことだった。


「小島君と三日月さあ、これ買ってきてくんない?」


 リーダーである加藤さんに頼まれては断ることがでなかった。影の薄さが取り柄みたいな俺がよびだされたのはひとえに男子が他にいなかったからだ。

 女子は全員いる、だが男子は二人だけ。

 あれ?

 小島君は女子にモテるタイプだから誘われているのだろうけど、俺はどうなんだ。

 浮いてる気がするんだが?



 担任先生に一言告げてから買い出しに向かった。

 小島君はイケメンを盾としてクラスの上位カースト的存在として君臨している――なんてことはないのだが、男子にも女子にも人気でいつも周りに人が集まっている。俺とは対照的というか、ボッチと対照的というか。

 気まずさを紛らわそうと声をかけようか、と迷っていたら。


「三日月はすぐ帰るタイプだと思ったんだけど?」


 口火を切ったのは小島君の方。

 嫌味ではなく、純粋な疑問という風だ。そういえば彼と話すのも初めてかもしれない。


「ああー……まあ、そうだな。文化祭やりたくない派だな」

「やっぱ?」

「うん。でも課せられた仕事くらいはやらないといけないじゃん……気づきながら無視ってのも罪悪感すごいし」

「偉いなあ」

「いや君もやってんじゃん」

「俺も誘われただけでやりたくはないけどさ。女子ばっかだし」

「同じ教室にいるはずなのに俺は縁がないんだが?」

「おかしいなそれは」

「そうだなおかしいなそれは」


 茹だるような暑さの下、俺と小島君のシンクロ率がやや上昇した気がした。

 買い物を終えて教室に戻ると「ありがとー小島君!」という声は上がるが俺に声をかける人はいなかった。強制的に惨めにさせられた気分ですよ。


 ふと、廊下の奥に桜橋先輩の姿を捉えた。周りに女子二人がいて仲良さそうに笑顔を浮かべている。

 良かった良かった。

 成功したのなら、先輩の努力が実ったということだ。



 こうして疎遠になってみて実感する。



 恋は盲目――なんて、自分には関係ないと思ってた。

 しかし、思い返せば本当にチンパンジー以下の知能になってたんだなって。

 冷静になってみて、恐ろしいことに本当に彼女のことが好きだったのか? という疑問が浮上している。一時の気の迷いとでも言うのか。

 高校生の恋愛などこの程度なのだろうか。だとしたら――今まで感情は何だったんだ?



 ◎


「ねえ、三日月カッター取って」

「これくらい自分で取れよ加藤さん」


 とは言えずに「どうぞ」と渡す。

 威圧的に接してくるのでどうもへりくだってしまったのが悪かった。逆らうことがらできなくなってしまったのだ。

 こういう時にスケープゴートとして小島君を召喚すべきなのだろうが、モテてモテてしょうがない彼は他の女子に呼び出されて教室にいない。


「あいつら……」

「口悪っ」

「女子に勝手な幻想抱いさかないでくれる? 悪いのは私じゃなくサボってるあいつらだから」

「あいつらって、ほんの数分前まで仲良く話してた気が?」

「それが幻想なの」

「血も涙もないのな、女の友情」


 文化祭実行委員なので休憩とか言っても堂々とサボることができないようだ。だからって俺をやたら働かせるってのは酷いと思う。


「そういえば三日月って小島君と仲良いの?」

「普通だけど」

「最近よく話してるよね」

「他に男子がいないからな……女子に囲まれてること気にしてるらしいぜ」

「そうなの?」

「そりゃ、そうだろ」


 一対一〇って流石におかしいと誰もが思う。

 男の子のメンタルはそんなに強くないのだ。それこそ幻想だろう。


「女子共は小島君のことを気に入ってるとしても、小島君がそう思ってるとは限らないだろ。好きな人いるかもしれないし」

「……ま、そうかもね」

「気にしないん?」

「別に、私は何となくだし」

「おーおー、女子高生って怖いもんだな」

「普通だし」


 こんなんが普通なら――異常の方が良いって思うじゃないか。宇宙人の悪くないってさ。

 茜色の空を見て黄昏ようとした時、小さな悲鳴が上がる。


「いったあぁ……」

「自分の手を切るとは、意外と不器用なんだな」

「ティッシュ取って!」

「はいはい」

「結構ヤバイから!」


 手の甲、親指辺りをばっくり切り裂いていた。ポケットティッシュを渡して鞄から絆創膏を取り出す。

 傷口をティッシュで押さえる加藤さんの肩を掴んだ。


「な、何!?」

「手を洗わないとまず。錆びたカッターだし何かアルミニウムとか入ってこそうじゃん」

「は? 何言ってんの?」

「とにかく、手を洗おう」

「ちょっと!」


 手を引く訳にはいかないので背中を押して階段の前にある水道へと向かった。

 ティッシュを取るツー、っと血液が排水溝に飲み込まれる。


「うわあ……」


 適当なところで水で流しハンカチで拭った。傷口目掛けて絆創膏を張り付ける。一つじゃ足りず二つ、三つ使ってようやく塞ぐことができた。

 深くはないが長かった。

 ちょっと赤くした顔を俯かせて加藤さんは口を開く。


「あ、ありがとう……ハンカチさ、血付いちゃったよね……」

「遺留品みたいになったな」

「洗って返そうか?」

「そんな気にしなくていいよ」

「でも……」

「誰が洗っても同じだから」

「優しいね。絆創膏持ってるとか女子力高いし」

「気遣いができる男はモテると聞いたからな」


 なんて言ってみた。

 完全に自分のためだがポイントを上げられるなら上げたい。少し仕事が減るかもしれないから。


「流石に包帯までは準備してないけどな」


 加藤さんの左手の絆創膏は血が滲んで赤く変色している。ただ塞いだだけでしかない。力を込めたら漏れて滴るだろう。


「今日はそれくらいにしとこうぜ。誰もいないんじゃ捗らないだろうし」

「うん……」

「じゃ、俺も帰るとするか」


 教室に戻って、軽く掃除してから帰宅した。



 ◎


 文化祭が一週間切った今日この頃、授業は午前中で終わり午後いっぱいの準備時間となった。

 直前とは言っても働かないやつは働かない。思春期生には後から参加するのが恥ずかしいという想いがあるのだろう。俺は悪いとは思わないさ。


「ったくもー!」

「だからそう目くじら立てないで。邪魔になるよりはマシだろ」

「手が足りないんだって! 代わりに三日月をこき使うしかないじゃん」

「にゃんだとー」


 今からでも脱出ゲームはやめようと、提案したこともあったが生徒会に書類を渡してしまったということで撤回不可能とのこと。終わりなき仕事に思いを馳せながら働いていた。

 それでも終わる気配がない。


「……とりあえず昼ごはん食うか」

「そうだね。食堂行こうか」

「何?」

「何が何?」

「あたかも一緒に行くかのうような言い方だから」

「食堂行くんじゃないの?」

「購買行くつもりだったが?」

「そうなんだ」


 加藤さんはつかつか歩いていってしまった。

 女子高生怖いな。

 耐性がなかったら勘違いしていたかもしれない。聞き直しといて良かったわ。


 購買へ行くと小島君がいた。並べられているパンをつらつらと眺めている。作業の開始時間は決まっているから行き先が同じになるのはしょうがないことだ。


「うっす」

「三日月~」

「何?」

「いや、呼んだだけ」

「…………」


 俺が遠慮のないやつだったら「キモい」と言っていただろう。男にそんなことされても背中が冷えるだけだ。

 仲良く並んでパンに目を向ける。


「焼きそばと……クリームかな」

「なっ、お前二つ食べんのか!」

「別にいいじゃん」

「別にいいんだけどさ……やっぱ食堂行こうかな……」

「今なら加藤さんがいるよ」

「その情報を俺に言うんだ?」

「何となくだな」


 加藤さんの接し方からして思ったより小島君とは仲良くないらしい。

 わざわざ仲良くさせるつもりも、悪くさせるつもりもない。さっき話に聞いたから口に出ただけ。


「じゃあ、行こうかな」

「うっす」

「またな三日月」


 焼きそばパンとクリームパンを買って、すぐの自販機でミネラルウォーターをゲットして中庭へ向かった。こんな炎天下の空の下でご飯を食べる馬鹿はいなかった。

 馬鹿一号は俺だった。

 目を開けることすら憚られるほどの光が射す。

 蝉――蜩の鳴き声。


「……余裕がない……」


 俺は目の前のことを何とかすることで精一杯だ。

 誰かの世話をできるほどの余裕はない。

 正確に言えば、クラスのことに目を向けていたら他に向けることはできない。二つ目があったって見られる場所一ヶ所だけなのだ。


 彼女をまともにする際、教える立場である俺もまともになってしまった。クラスメイトと雑談したり、こき使われたりそれだけほ人間関係が形成された。

 夏休み前に見ていたものとは違うものを見ているのだ。

 桜橋先輩の世話をしていたら、クラスに溶け込めなかった。クラスで頑張るのなら、桜橋先輩に目を向けることができない。


「いや、クラスじゃないか……」


 この暑さでも冷水を一気飲みしたら体は冷えるもんだな。熱が内側にまで浸透するにも時間がかかりそうだ。

 しばらく、日光浴でもすることにした。レジャーシートは使わない、ベンチで寝る。

 太陽光が射し込まれているため眠るには至らないものの、体が溶けるようだった。だから、足音があればすぐに気づける。

 顔に刺さる熱味が消えた。

 影に覆われている――そんな時間も五分と続けば怪しいだろう。

 誰か確かめる前に手を伸ばして、何かを掴んだ。


「え、ちょ……」

「さっきから何の用だい、君?」


 誰かわからないけど百も承知という風に目を開ける。

 掴んでいたのは制服のスカート。

 顔を上げれば冷たい瞳で見下ろす加藤さんがいた。てっきり小島君辺りだと思ったのだが、まあ先生じゃなくて良かったな。


「スカート短くしてると先生に注意されるぞ」

「…………屑、屑屑屑屑屑屑屑屑屑屑」

「一一回も屑と言われてしまった……」

「ていうかいい加減手を離せ! 屑野郎」

「失礼失礼。悪気だけはなかったんだがな」

「他に何があったんだ!?」


 何があったんだろう。適当に喋り過ぎだな俺。

 言葉を間違えれば暴力が振るわれるかもしれない。こうなったらエスケープだ、話を変えよう。


「加藤さんは何でこんなところにいるんだ?」

「人が倒れてたら心配するでしょ」

「ここに来てから数分止まっていたようだが?」

「それは……悪戯しようかなあ、って思っただけで……」

「それならスカートを掴まれても仕方ないよな」

「はあぁぁぁ!?」

「これでWIN WIN、WIN and WINだな」


 理由はともかく嘘で誤魔化しているのなら俺はそれを利用する。

 建前でも言ってしまったら終わりだ。彼女は俺を殴ることなく「死ね!」と吐き捨てて校舎へ戻っていった。



 ◎


 あれから数時間――。

 迷路の壁があらかた完成され、組み立て段階へと至った。一段落ではあるが俺の気は緩まない。

 高校生の精度を考えればどこかに不備があるのは仕方のないことだろう。

 ここまで来れば力仕事も少ないので俺と小島君は一足先に休憩していた。俺は気ままに折り紙を、小島君は教室を後にする。


「後悔前に立たず……捨てるか」


 折った恐竜をゴミ箱へ投げ捨てた。

 こんなのいつでも作れる。


「ちょっと何してんの!」

「びっくりした」

「勝手に捨てないでよ!」

「欲しがったんだ……」


 というか見てたのか。俺に視線を気取られないとはなかなかやるな加藤さん。


「勿体ないでしょ?」

「ゴミとしての体積が増えるのは確かだよな」

「何の話してんの……」


 加藤さんは躊躇なくゴミ箱に手を突っ込んで折り紙恐竜を取り出した。女子がそんなことしないで欲しがったけど、これが彼女の言っていた幻想ってやつか。


「折り紙得意なの? いかにもぼっちって感じ」

「ぼっちじゃなくて一人ぼっちな」

「同じじゃん」

「同じだけど地味に重要なんだよ」


 今日はやたらと話しかけられている。

 まあ、それも文化祭の醍醐味か。加藤さんがここまでしてくれるのならならば俺も寄り添ってみよう。

 恩は返さなければならない。


「今から飲み物買いに行くんだけど何かいる?」

「じゃあ、緑茶」

「……コーラとか頼むと思ってた」

「あれは甘過ぎる」

「へー……俺は水だな」

「味ないじゃん」

「それがいいんだよ」


 ただ単に喉が潤うだけってのが秀逸。ただし、水道水はダメ。鉛とかアルミニウムみたいな味がする。飲むなら絶対ミネラルウォーターだ。

 健康にもいいですから。



 ◎


 自販機で緑茶と水を買い終えた後、茹だる暑さの階段を昇っていた。

 校庭には特設ステージが建造され、マイクテストの「チェックワンツー」が校舎を揺らしている。大変なのは学生ばかりでない、機械関係は全部教師の仕事。

 文化祭実行委員とは名ばかりに大人が一番働いているという。


「ま、高校生だからこんなものだよな」


 モラトリアムが生んだのはこんなのならあまり喜べない感じだ。

 そこに、聞き覚えのある声が響いた。

 気のせいだろうか辺りを見回しても誰もいない。

 続く声に耳を傾けて、窓から外を覗いてみる。その少女を囲うように二人の男子生徒がいた。

 三階からは会話は聞こえなかったが、ここは馴染み深い校舎裏である。人目につかない場所にいる理由とは何か、想像に難くない。


 しばらく見てみる。

 男子生徒達は少女の腕を掴んだ。何かを話し始める。

 少女は抵抗を見せたが、二人に押さえつけられたらどうすることできない。口も塞がれて助けを呼ぶこともできない模様。


 普通の女子高生は男に詰め寄られた際の抵抗方法など知らない――。

 下卑た表情を向けられた時に何と言えばいいのかも、知る由もないのだ。

 しかし、それは仕方ないことの部類に入る。実際にこんなことに巻き込まれるのは珍しいことだ。やられる方も、する方も。


「流石に頭冷やせよ、屑野郎……」


 冷水の蓋を開けて逆さまにした。ついでにスマホをフレーム少しはみ出る位置に置いてみる。

 効果抜群だったようで、急いで離れたであろう足音が聞こえてきた。もしかしたらここにまで来るかもしれない。俺も速やかにそこを離れる、とは言っても何事もなかったかのように歩くだけだが。


 適当な教室に入って――隣の隣のクラスで、滅茶見られたけど――ペットボトルを捨てた。

 一〇〇円の損失。

 だが、後悔はなかった。

 教室に戻って加藤さんにお茶を渡す。


「ありがとね。あれ? 水買わなかったんだ」

「忘れたからまた自販機に向かうわ」

「途中で気づかなかったの?」


 馬鹿にするように肩を竦める彼女に軽く手を振って再び教室を出ていく。その際、小島君とすれ違った。


「どうしたんだい? ワイシャツのボタン外して」

「えっと、ちょっと汗かいてな」

「熱中症には気をつけて」

「おう、サンキュー」


 窓から校舎裏を覗くがそこには誰もおらず、それから再び教室に戻るまで誰に会うこともなかった。


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