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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
過去
19/30

 

 ◎


 俺はテスト期間中に昼休みはないと、昨日しっかり言った。そしたら馬鹿にするな、とも言われた。

 では、今のこの結果はないだろうか。


 三学年が一斉に下校するので混みそうだと思い時間潰しに校舎裏で寝ていたら添い寝してるよ桜橋楓美。

 いつ草むらから飛び出したんだ。

 レベル17で毒電波発しているからエスパータイプか?


「いや、俺もここで休憩しようとしたことが間違っていたな……」


 流れを考えてみたら来てください、と言わんばかりだ。でもレジャーシート引いてなかったらこの娘は土を布団にしていたのだろうか。

 何となく桜橋先輩の髪に引っ掛かっている葉っぱを見つめながら思う。


「猫みたいだな」

「……猫好きなの?」

「あ、起きてた――んですか」

「君、猫好きなの?」

「まあ、嫌いではなないですけど」


 実のところは別にそうでもなかったりする。小学生の頃に公園にいた猫を触って以降、猫イベントは起きていないと思う。


 世界には犬派か猫派かで別れているようだが俺には縁がない。

 ちなみにキノコ派でもタケノコ派でもないから、そこのところはご容赦を。


「家に沢山いるから見に来る?」

「え、家にですか?」

「そうだよ」

「…………………………」


 行く理由はなかったけれど、誘われて行かないのも感じ悪いような気がした。

 こんなところで昼寝を貪ろうとしている時点でテスト勉強なんてさらさらやる気もなく、家に帰るつもりもない俺は一体どうすればいいのか。


「半年前までは犬とか鳥とかうさぎといたんだけどねー、今は猫ちゃんしかいないの」

「先輩動物好きなんですね」

「うーん、まあまあ」

「好きじゃないのに何故飼っとる……」


 つくづく変わった人である。

 家に行くこと自体は吝かではないのだが。

 家に彼女だけしかいないのなら軽い気持ちで頷けるのだが。


「それって親とかいませんよね?」

「え、家だからいるよ」

「何となくそんな気はしてましたよ……」


 もしも、桜橋先輩が俺を『友人』として招待しているのなら俺は俺の勝手な都合で不義理なことをしたかのようになる。

 男女間の友情だってあるのかもしれない。

 まあ、今までそんなものには縁はなかったけれど。女とも、男とも。

 友達の振りするくらいなら。


「じゃか行かせてもらいますよ。暇ですし」

「ちょっと寝たらね~」

「いや、家に帰ってから寝ろよ」


 こんなちんちくりんに敬語を使うのはおかしい気がする。レジャーシートに寝転がる先輩を無理矢理引き上げて引きずりながら校門を潜った。


「案内してください」


 行きたい訳じゃないんだが時間を無駄にしていると思うと発狂してしまいたくなるだけ。






 桜橋先輩の自宅は学校から徒歩一五分ほどの住宅街の一角にあった。当たり前ではあるが、普通の一軒家である。

 彼女は俺のことなどいないかのようにノンストップで扉を開いた。着いていくものの心の準備はできておらず、二呼吸くらい遅れる。


「お母さ~ん」

「おかえり~、楓美ちゃん」


 挨拶と共に、桜橋夫人がリビングから顔だけ出して玄関口を覗く。娘に向ける視線は一瞬で俺の方に瞳が向いた。

 ゆったりとした服に身を包んだ綺麗な人妻である。


「あら?」

「お邪魔してます。えっと、楓美さんに招待されまして……三日月京都と言います」


 さりげなく説明責任を先輩に押し付けながら自己紹介をした。「学校の後輩です」と伝えて、会釈する。

 特に反応もせず、桜橋夫人は目をぱちくりさせて俺のことを凝視するだけだ。


「楓美ちゃんのお友達?」

「そんな感じです」


 名前くらいしか知らないけど。


「そう……楓美ちゃんに遂に友達が……」


 小声であったが、俺は緊張による集中をしていたので辛うじて聞き取ることができた。

 推して知るべくもない、という感じ。

 両親も娘に友達ができるとは思っていなかったのか。こっちまで虚しくなってきた。

 という訳でリビングまで案内されもてなされる。紅茶が出てきたので熱を冷ましつつ口をつけた。桜橋先輩は何の臆面もなくオレンジジュースを飲んでいる。


「家だから当たり前か。えっと……猫は?」

「猫はね、庭だよ」


 庭に目を向けるが猫がいる様子はない。真夏だから小屋にでも籠っているのだろうか。

 してると、桜橋夫人に話し掛けられる。


「猫見に来たの?」

「そ、そうです」


 それこそ楓美嬢が説明すべきことだが、彼女は「うふふ」とジュースを飲むばかり。

 どういう経過でここまで来たのか自分もわかっていないのに説明しなくてはならないとか鬼畜だな。



 事情を説明した後、先輩と共に外から回って庭にやって来た。

 外壁に面するように動物小屋が設置されている。核家族で育てる割には動物小屋は大きかった。


「昔は結構飼ってたんだっけ……」


 恐る恐る中を覗くと七匹ほどの猫がいた。そのうち四匹が子猫だ。

 心なしか色が違うやつが多い。猫の交配ってどんな感じなんだろうか。


「ほら」

「あ、うん」


 先輩は掬うように持った子猫を俺に押し付けてきた。

 真っ白な子猫である。白猫はにゃあ、と言いながら俺から逃げようとしている。

 この挙動にビビッ、と来た。


「これが愛でるということか……人間の心理。小さいものを愛でたくなる本能!」


 これは人間という生物としての生存本能なのだろう。どこか知らないところから出力された可愛いものを保護したい、という感情が喉元まで出かかった。


「くっ!? にゃ……にゃ――」


 はっ!?

 にゃー、と喋りかけようとしてしまった。

 危ない危ない。危うく恥で死ぬところでした神父様。

 と、俺は意識を取り戻したが隣で。


「にゃ~にゃ~」

「……猫語ですか」


 桜橋先輩がコミュニケーションを図っていた。俺の前なのに何の抵抗もなくにゃーにゃー、している。

 嗚呼――バカらしい。

 この人の前で気を遣うとか時間の浪費だった。


「にゃ、にゃー……」

「にゃ~にゃ~」


 客観的に見たら猫好きのバカップルかもしれなかったけど、すごく楽しかったんですよ俺は。

 という訳で猫好きに目覚めてしまった。どちらかというと触るよりも、猫の親子を眺める方が好みということもわかった。




 炎天下の中、俺はただひたすらに猫小屋の前に立ち尽くす。すり寄るようにして踞っている光景を見て心の安らぎを得ていた。

 桜橋先輩は暑いからといって部屋に入ってしまった。自由勝手、否、自由気ままである。


 流れる汗に目も暮れずに眺めていると、背後から足音がした。振り向けば桜橋夫人が来ていた。

 お上品に微笑みかけてきたので俺は「どうも」と会釈した。


 とりあえず『どうも』と言っておけば大抵なんとかなる。挨拶にも、お礼にも聞こえる不思議な言葉だ。

 俺と猫を見比べてから彼女は問うた。


「どうですか?」

「……ええと、すごく良いと思います」

「それなら良かったわ」


 どことなくぎこちない笑いを浮かべる夫人。完全に気を遣わせている。

 初対面なのでお互い探り探りなのは仕方のないこと。楓美嬢がおかしいだけで、普通はこういう距離感。


「その猫ね、全部楓美が拾ってきたんですよ」


 切り出してきたのは桜橋夫人だった。

 拾ってきたということは野良猫ということか。猫の毛色がどれも違うのはそういう理由があるようだ。


「昔は犬とか鳥とか亀とか兎とか金魚とかがいました。最近はあんまり拾わなくなってきたんですけどね」

「兎を拾うのは無理があるような。亀に関しては完全にミシシッピアカミミガメですし」


 誰かの捨てた特定外来生物を飼っていたのならテレビに出てもおかしくない。

 客観的に見たら間違いなく何やらかしてんだ案件だが。かくいう俺も小学生の頃はそこら辺で拾った小石を持ち帰ったりしていたけれど、流石に生き物はない。


「高校生になってからは子猫くらいしか落ちてなかったみたいだから落ち着いたんだけどね」

「それは麻痺してますよ」

「人間じゃないだけマシだけどね」

「え」


 人間持ち帰ったの?

 というか拾ったの? 拾えねぇよ。ゴミ箱に突っ込まれてたのならそれは死体だぞ?

 刹那的に数多の疑問が脳裏に浮上した。

 人間にまで手を出したとなると節操がないとかそういうレベルじゃない。


「それどうしたんですか?」

「確か警察を呼んだわ」

「ですよね……」


 居候とかさせてたのかとも思ったがそこまではないようだ。両親に救われたな楓美嬢。

 あれ、いつの間にか敬語じゃなくなっている。


「ちゃんと育ててたんですか? 親に押し付ける、なんてのはよく聞きますが」

「それは大丈夫だったわ。一日も欠かしたことはないの」

「偉いですね。変わってますが」

「変わってる――そうね……変わってるわね。普通じゃないわよね」

「…………」


 地雷を踏んでしまった、と思った。

 いつかに同じことを考えたような気がする。楓美に宇宙人、と言った時だったろうか。

 娘が同年代の子供から宇宙人と呼ばれていたら親が心配するのは当たり前だろう。馴染めていない、のだから。小学生ならいざ知らず高校生にまでなってこうだとなおさら。


「今まであの娘と友達になってくれる人はいなかったわ。家に連れてくるなんてもっての他」

「てことは……」

「あなたが『初めての友達』だから」

「そう、ですか……」


 初めて――。

 それを言うなら多分俺もだろう。

 だけど、俺と彼女ではまったく違う。友を欲した彼女と友を必要としない俺のどこが似ているというのか。

 故に、俺達は俺達を知り得ない。

 友達っていうのも冗談だったけど。


「だからあなたがいてくれて本当に良かったと思う」

「そんなんじゃないですよ……俺は彼女のことを何にも知りませんから」

「あんなご機嫌な楓美ちゃんは珍しいのよ? 変わってると知りながら接してくれるのは初めだと思うから楽しんじゃないのかな。だから、あなたさえ良ければこれからもよろしくしてあげて?」


 こんなの拒否権なんてないようなもんじゃないか。酷く恩着せがましい言い分だ。

 でも、最低限の道徳心はあるつもりだ。

 優しい嘘、なんて言うつもりはないけれど悲しませるようなことを言うつもりはなかった。


「これまで通りなら是非とも」

「ありがとうね」


 言いながら俺の頭を撫でてきた。

 いつもなら知らない人に触られるとストレスを感じるのに、楓美嬢と添い寝した時と同じくとても安らかな気持ちになる。

 その理由はわからない。だけど言うなら桜橋夫人も『変わっている』からなのだろう。


「嫌だった?」

「嫌ではないです。嫌でも手を振り払うことはしませんが」


 ともかく昼も過ぎた頃合い、そろそろお暇させて頂く。昼ごはん食べていかない、と訊かれたが丁重に断らせてもらった。

 思ったよりも居心地が良かったから、戻るタイミングが掴めそうにないから。


「では、これで」

「送ってあげて楓美ちゃん」

「は~い」


 夫人に言われて来た桜橋先輩と共に帰路に着く。俺の家とは逆方向にあるので学校の前を通ることになる。

 目を逸らしたくなるほどの太陽光に耐えながら先輩の様子を窺う。


 制服から着替えて随分と軽そうな印象を受けた。肩もだして、生足も出している。カッコいい感じに纏まっているのが性格とは裏腹。

 暑さに顔色を変えずどこかを見ていた。


「何見てるんですか?」

「遠くの空ー」

「何かありました?」

「綺麗な青空があった」

「はあ……」


 綺麗な青空とな。

 人工的建築物の隙間を縫ってようやく見える果てない空。陽炎を纏って揺らめいている。

 こんな都会でも空を綺麗だと思えるほど感受性豊かならば彼女の見える世界はどれだけ輝いているのか。動物を拾ってしまうほどのお人好しはどんな感情を秘めているのか。


 底が見えない。

 単純過ぎて理解できない。

 一般の女子高生とはかけ離れた感性を持つ非凡な女子高生。人と合わせようと思わない強烈な個性。

 他人を気にしない羨ましがられるような、迫害したくなるような、目を逸らしたくなるような彼女。


「桜橋先輩は友達欲しいんですか?」

「うん、欲しい!」

「そうですか。俺と友達になってください」

「いいの?」

「ええ、いいですよ。ところで先輩は異性間の友情って信じますか?」

「いせいかん?」

「あー……――違う星と書いて『違星間』か」

「んー?」


 先輩は可愛らしく首を傾げた。

 俺の言いたいことなど少しもわかってくれない。そりゃ、こんな人に友達ができる訳はない。

 まさしく宇宙人だ。

 地球外生命だ。

 でも、彼女はもう生き方を変えることはできないだろう。ならばこれが唯一無二になるかもしれない――。


「これならよろしくお願いしますよ」

「うんっ、よろしくっ!」


 これは――俺の思っている『友達』とは違う関係だろう。

 人との距離感どころか、人の気持ちがわからない少女の抱く『友達』への理想はことごとく常識から外れる。

 俺は最後まで付き合って行けるのか疑問でならない。


「イライラして、可哀想と思って、尊いと思って……退屈しないな」

「ん~? 私も京都と一緒にいると楽し~よ!」


 一々揺さぶられる。いつの間にか無関心が板に付いていた俺が、封をしていた感情を取り戻していく。色褪せた世界に色が上塗りされる。合ってなかったピントが目の前の彼女に合わさる。


 人を真っ直ぐ見るのも久し振りだった――。

 人を人らしいと思ったのは初めてだった――。

 人ともっと話したいと思ったのも初めてだった――。


 そんなことあるかって思うけど本当にそうだったから。本当に知らなかったんだ。

 彼女は変わった奴だけど、俺は何にも知らない奴。


 俺をこんな気持ちにさせるやつがいるなんて――これじゃあ俺の今までの人生が詰まらなく見えるじゃないか。


「先輩は今日も楽しそうですね」

「楽しいよ!」

「俺も楽しかったです。また行ってもいいですか?」

「うん、夏休みは一緒に遊ぼうね!」


 その前にテストを何とかしなくちゃな。

 通りかかる人目も気にせずに、俺達二人は大きく手を振って別れた。

 バカップルとか思われるのも、刺激は強いがスパイスに丁度良いかもしれない。


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