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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
過去
18/30

 

 ◎


 現在、昼休みが終わって五時間目の授業中。

 俺の思考は専ら――先程であったばかりの桜橋楓美という少女についてだった。


 数学の授業が為されているが、俺は思わずクラスメイトを見渡す。ちゃんと授業を受けてる人もいれば、昼寝に勤しむ輩もいる。

 誰にも気づかれないようにため息を吐く。心情はそれ以上に荒れていた。

 誰かに相談したいよおおおおお! という衝動に駆られているのだ。だが、残念なことに俺には相談をするような仲の人はいない。

 別にボッチ、って訳じゃないけどさ。


「『宇宙人』とは何なのか……」


 春先に、一年の廊下に響き渡った言葉である。

 つまり、早々に何かをやらかしたということだ。稀代の変人、ということしか友達の少ない俺には耳に入らなかったけれどそれでも記憶に残るくらいのインパクトではあった。

 一応、俺の聖域の危機かもしれないから確かめなくてはならない。


 だからといって自ら労力を消費しようとは思わないのだけれど。

 だから放課後になったらすぐに帰ります。



 と、門を潜ろうとすれば桜橋楓美がいた。

 サイドポニーを揺らしながら首を左右に振っている。何か探しているようだが、校門に何があると言うのだ。

 傍から見れば地面と見つめる奇行にしか見えない。横を通る生徒は思いっきり目を逸らしている。というか門の目の前過ぎて大変邪魔である。

 例に漏れることなく俺も知らない振りして通り過ぎるのだが――。


「…………」


 桜橋楓美から、視線を感じた……ような気がした。

 きっと自意識過剰だろう。そういうことはよくあるから、反応してはならない。ちょっと恥ずかしいやつに思われるかもしれないから。

 もしも、だが。

 もしも彼女にそういう意図があった場合鈍感と思われてしまうだろうけど。





 翌日の昼休み。

 レジャーシートを持ちながら、若干おどおどしながら校舎裏にまでやってきた。人気がないところを探しに来たのに探しているという不本意な行動している。

 期待している訳じゃなく、顔を見られながら寝ることができないという性質だからだ。タオルを被ってても視線というのは遮れないものだ。


「――って、探してる時間が勿体ないけど、来るかもって思っちゃうと寝れないじゃん……」


 とりあえずレジャーシートを広げたものの寝っ転がる気にはなれなかった。


「景色を見るのも嫌いじゃないけどね」


 風になびく木々を眺めるのも風情がだろう。目を瞑って、蝉の鳴く声だけに耳を傾ければ、意外と遠くにいるものだな、と思う。

 今日のような綺麗な青空もいくら見てたって飽きない。


 していると、背後の草むらから野性動物――否、桜橋楓美が現れた。


「え、今どこから……」

「うぅん……」


 半目の状態で今すぐにでも倒れそうなたどたどしい歩きである。昨日もそんな感じに現れただろうか。そんな予想外のところから出てきたのなら気づけなくて当然だ。


「あ、あの」

「…………うぅん、うぅん」

「寝惚けとる……ってこっち来るな!」

「あう」


 身をよじることで、レジャーシートに倒れた彼女を避けた。完全に俺の存在が眼中になかった動きである。

 間もなく、寝息を立てて夢の中へと没落してしまった。


 俺の太ももを枕にしてだ――。


「愕然!」


 もうシンプルに愕然である。倫理観とか神経がどうにかなっているのではないだろうか。

 常識とか、羞恥心は確実にないと思う。この状況なら俺に何をされても仕方ないよな。

 何もしないけど。


「ああ、どうすりゃいいのか……」


 とりあえず笑えばいいんじゃないかな、俺。




 それからしばらくして、予令のチャイムが鳴るタイミングで桜橋楓美の肩を揺すった。「んー、んー」とか言いながら俺の膝に頬を押し付けてくる。


「起きてください起きてください起きてください」

「あと……五分……」

「んなベタな」


 毎朝お母さんに起こしてもらっているのだろうか。それでもって昼も寝ているのならお手上げだ。

 それとも夜更かしている?


「仕方ないか――、起きなさい! 俺の膝を返せ!」

「うにゃあ……」

「頬っぺを引っ張ってみようか」

「ぐぐぐぐぐ、はっ!?」


 両頬を引っ張ってようやく彼女は目を覚ました。ひとしきり欠伸してようやく状態を起こす。

 俺は立ち上がろうとするが、足が痺れて尻餅ついてしまった


「痺れた! これが若干気持ちいいんだよ……!」


 地面に足がぶつかって悶絶している俺に向かって桜橋楓美は向き直って、未だ開き切っていない眼が俺を捉える。


「君、誰?」

「…………そんなことより早く退いてくれない?」

「うん、ごめん」


 素直にレジャーシートから降りてくれたので、速やかに回収することができた。

 さてと、授業までさほど時間はない。

 とっととこの場を離れようと振り返る直前、制服の袖を掴まれた。


「待ってよ、君の名前は?」

「三日月京都」

「三日月……京都……? ふふっ、変な名前!」

「……失礼なやつだ……」


 三日月も京都も確かに珍しいけれど、それを言うなら桜橋も楓美もありそうではないだろう。

 ともかく、彼女が変わった奴ということはこれだけで体感することができた。


「俺は、というかほとんどの人はあなたの方が変わってると思いますがね」

「そうかなあ」


 それから再び彼女は楽しそうに笑い出した。

 なるほど。これは確かに、宇宙人である。何が宇宙人かと訊かれれば感性が異常なとこか。


「何故面白いのかわからない……宇宙人ってのは不気味って意味でか」

「――宇宙人……かあ」


 楽しげに笑っていたが耳敏く俺の呟きを聞かれていたらしい。その時の表情は心なしか落ち込んでいるように見えた。

 まあ、良い意味で使われてないことは明白だわな。流石に彼女そこまで鈍感という訳でもないらしい。


「意外に気にしてるんですね」

「そりゃそうだよ……仲間外れにされるんだもん」

「へぇ、気にしてるんだ……俺にはわからないな」


 友達と呼べるような相手ができたことは数回だ。

 というか自分で作ろうとしたことがない。というか欲しいと思ったことがない。

 そういうやつだから浮いているのだけれど、一人ってのは不便なだけであって悪いことじゃないから。

 生徒とよりも先生との方が仲が良いかもしれない。


「俺小学生の頃どうしてたかな……流石にポッチではなかったはずだが……」

「何言ってるの?」

「まあ、そんなこと気にしなくてもいいんじゃないですか。高校生ってのはそうやって仕切りたがるものですから」

「ん、そうなの?」

「どうでしょう。でも、宇宙人で何が悪いって話じゃないでしょうか」


 地球を侵略でもしない限り共生していくものだろう、映画とかフィクションでは。

 学校に一人や二人宇宙人がいたって誰も困らない。実際、彼女の奇評は聞いても悪評は聞いたことはない。面白半分なんだろうさ。


「皆に知られてるってすごいことだと思いますから」

「本当に?」


 適当に言っただけなのに、期待の眼差しを向けてきた。

 彼女からしたらこうやって向かい合って話すことも珍しいのかもしれない。宇宙人というオブラートがるものの、腫物扱いされているのは事実。避けられてても何らおかしいことはない。


「直すつもりがないならいいんじゃないですか……」

「私いつも通りだけどなあ……」

「それなら必死こいて五時間目の授業を受けようとしろ」


 立ち話もそろそろ限界だったので、皮肉の一つでも言ってから教室に向かった。二学年の教室は離れているので桜橋楓美が間に合うことはないだろうけど。

 しかし、今回は貴重な体験をしたのかもしれない。

 宇宙人と呼ばれる少女の女の子らしい悩みを聞いた。何故彼女が俺にあんな不満を漏らしたのかは知る由もないが。

 チャイムが鳴り終わる直前、ブザービーターで教室を潜る。


「――っとギリギリセーフ」

「ギリギリアウトですよ」


 残念ながら五限に間に合うことができなかった。この代償が桜橋楓美との談笑だったのならば、まったく高い買い物である。

 俺は人の視線が大嫌いなのだから――。



 ◎


 あれから数日、一学期期末テストを目前としたある日のこと。

 専ら昼休みに惰眠を貪る俺。

 そして、仮眠しているといつの間にか隣に添い寝している桜橋楓美の姿。こんな光景も流石に見慣れてしまい、一々反応することもなかった。


「いや、おかしいな……ただ寝に来るのはおかしい。対価を払って欲しい」

「んー? でも睡眠の邪魔してないよ?」

「うっ……」


 確かに、ナチュラルに横に来てるから俺に認識されていない。むしろ布団みたいになった快眠しているくらいだ。

 一見デメリットはなさそうに見える。


「いやいやいやいや! 一般論として、男子高校生と添い寝する女子高生はおかしい! 学校でそんなことをするのはバカップルだけだ!」

「そうかなあ?」

「いや桜橋先輩、あなたは常識人じゃないからな?」


 接触回数が増えると共に、会話する機会が増えるということで俺は後輩らしく彼女の名前を呼んでいる。

 その先輩の方は俺のことは普通に三日月君と呼ぶ。


「えっと、じゃあ何して欲しい? 何でも言っていいよ」

「何でもというのは本当に何でもということですか?」

「そうだけど。何でも」

「いや、すみません。何でも、と言われたら反射的に言いたくなるんですよ」


 漫画とかラノベに毒され過ぎていた。

 だけど、このレベルは割とポピュラーだからオタクとして扱われたりされることはない。日常生活で使える名言も結構ある。


「――というのは置いといて、そうですね……これといって思いつかない。まあ、誠意を見せてくれればいいですよ」

「せいい?」

「誠意大将軍になってください」

「せいいたいしょうぐん?」

「イントネーションがおかしい。というかそれくらい覚えときなさい」


 これは俺が理系だとか関係なく一般常識。小学校でやるくらいのことを知らないのは少々どころか激しくみっともない。


 でも、世の中には思いもよらないほど頭の良い人もいれば、その逆の人もいる。目の前にそのどちらかがいてもおかしくはない。


「こんなのが先輩ってのはな……」

「ちょっと忘れてただけだもん!」


 俺の言い分が不服だったようで、拗ねて子供のような仕草でそっぽを向いた。膨らんでいる頬からしてとても可愛らしいからして。

 教育界の暗雲を垣間見るのはこれくらいにしておこうか。


「……校舎裏だからいいものの、こういう状況はいつか自分を追い詰めてしまいそうで嫌なんですよ。噂とかされたらもう学校行きたくなくなる」

「私はどうすればいいの?」

「二日に一回くらいが良いと思うんですよ」

「でも、眠いんだもん」

「やっぱ?」


 普通に説得しれもダメってことはここ何回かの押収でわかっていたことだけれども。そろそろ俺の倫理観が崩壊してきそうだから早急に何とかしなければならないのに。

 小学生を相手にしている気分になった。俺も多分中学生レベルなんだろうけど。


「明日からはテスト前で四限で終わりますからここに来ても意味ないですから気を付けて――って、何故俺がこんなことを言わなければならないのか……」

「あー、テストね。赤点取っちゃうなあ」

「勉強しなさい女子高生」

「むむっ、三日月君に言われなくてもするよっ」


 どうだかな。

 俺はあくまで彼女に限った話は簡単に信じず、斜めに構えることにしている。

 ああ言いながら惰眠を貪る姿が目に浮かぶようだ。


「二年のテスト受けても俺の方が高そう。桜橋先輩が一年の受けたら絶対俺よりも低いと断言できるけど」

「もうっ! 三日月君のバカバカバカバカ!!!」

「あ、逃げた」


 最近はこうして昼寝もせずに話すことも多くなっていた。正確には早めに起こして寝ぼけている間に話を振っている訳だが、先輩も授業に間に合ってるのでいいだろう。

 丁度、予令のチャイムが鳴ったので俺もぼちぼち帰ることにした。


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