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◎
現在、昼休み。俺は居場所を求めて校内を徘徊しているところだった。
「学校ってのはゆっくりできるところもないのか……」
学校というものは、閉鎖的空間である施設に大人数が閉じ込められているという状況な訳だが。そのせいで人目につかない、誰にも見られない空間というものがほぼ存在しない。
特殊教室なんかは勿論人はいないのだが鍵は教師が管理しているし、屋上なんかも漏れなく閉鎖されている。
まあ、何故そんな場所を探してるかと言えば寝るためなのだけれど。勉強するところである学校で寝るなんてあまり大きな声で言えないし、文句の言えることではない。
サボり、ではなく休憩ということは伝わって欲しいところだ。
元々視線が苦手なので人より敏感だからより一層こういう思考になりやすいのかもしれない。
そういう訳で今日も今日とて人が寄り付かない場所を探していた。先日からの探索により建物の中は根こそぎで不可ということがわかったので、遂には外にまで出ている。
正直絶望的だ。
「外で寝るってのもな……ベンチじゃ邪魔になるし寝にくいし」
寝るならもっと上等なところがいい、というのは贅沢か。
現在、太陽の照りつける日射しは夏ということで最大威力を発揮していた。ゲームのような火炎耐性が欲しい季節である。
条件は厳しくなる一方だと思うのも束の間、木陰ですぐそこに裏口があるベストスポットを見つけてしまった。
大きくも小さくもない中庸な大きさの木と特別棟によりほぼ太陽光が入らない場所。
とは言っても、それだけでベンチがある訳でもなくただ涼しいスポットというだけだ。
「なんてな。我ら生徒は校則を破らなければ何してもいい」
だから、こうしてレジャーシートを引いて爆睡してもいいのだ。ちゃんと五限の授業に間に合うようにタイマーをセットしておけば何の問題ない。
誰にも迷惑かけてないどころか、気づかれないボッチエリア。
最高過ぎか。
三〇分ほどある昼休みを横になって過ごせる。顔にタオルをかけて光を遮ればもう家と同じ。
遠くから聞こえてくる学生の声も、車の走る音もBGMにはぴったりだ。
では自分、おやすみなさい。
で、これはどういうことなのか?
「で、これはどういうことなのか!?」
大切なことというか、直視し難い状況だから一回思って一回言った。大事なことだからこれも二回しないといけないかもしれない。
一体全体どういうことなのか。
ゆっくり整理しよう。ちゃんと回想して、客観的思考する必要がある。
――運が悪いことに落ちる夢を見てしまった俺こと三日月京都はアラームを設定した時刻よりも早く目覚めてしまった。
背中から滲み出た汗に嫌悪感を抱きつつ、現在時刻を確認しようとした。流石に音楽が耳元で鳴っているのに気づかないほど鈍感ではないが、万が一ということもあるのでチェックしたのだ。
そうしたら右腕が動かないではないか。
ああ、怖いな怖いな。
と、思っていたら何か腕枕にされていた。
俺を枕にして寝息を立ててぐっすりと眠っていたのは知らない少女だった。
一目見て思った。彼女は、可憐な容姿をした美少女だと。
背中半ばまである黒髪はサイドポニーになっていて、ボタンが取れたりと乱れたブラウスに、めくれかけてるスカート。
靴下がを脱ぎ捨ててあるので裸足だし、ベストも同じく乱雑な扱いを受けている。
可愛らしい表情を浮かべながら、俺の腕の中で膝を折って小さく纏まっていた。
「いや、誰だよ」
美少女と添い寝しているという状況よりも、知らない人と添い寝しているという状況が勝った。
どんなに綺麗な人でも不審者には違いない。
ジャ、ジャーン、ジャ、ジャ、ジャ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
設定時刻となって某アニソンが流れた。油断して心臓が早鳴りしたので思わず止めてしまう。
だが、遅かったようだ。
「んっ」
「あ、起きちゃった……」
いや、いいんだよ。そうしなければ俺が起き上がれないんだから。というか授業に遅れてしまうから。
猫のような背伸びをして彼女は状態を起こす。
「んんーっ! ぷはっ」
「…………」
目元を擦りながら彼女はようやく俺のことに気づいた。うるんと垂れた瞳に射ぬかれて、動きが止まってしまう。
円らでいて、流れ星のように煌めいて――。
「――じゃなくて、君は誰だよ」
「私?」
「そう、私」
「ん、君?」
「いや、君だよ」
惚けた台詞を言うものだ。まだ頭が働いてないらしい。唇に人差し指を当てながら唸った後に彼女は名乗りあげる。
「私はね、桜橋楓美って言うんだよ?」
「……桜橋、楓美……」
そういえば聞いたことがある……。
一つ上の二年生に『宇宙人』と呼ばれる奇行少女がいるらしい。その人の名前がそんなんだったような気がする。
夏と冬はどうした、って思った記憶がある。
理解不能な発言と行動により、非常識という烙印を押された女がいると。クラスで浮いている俺ですら耳にするくらいの噂だ。
まさか、この人が。
先輩だけど、こいつが宇宙人?
「うわあ、変人」
「酷いなぁ」
「いや、俺のレジャーシートの上に勝手に寝るから」
「あれ? いつの間に」
「加えて天然ですか……」
これが俺と彼女のファーストコンタクトだった。
奇抜な出会いというにはいささか地味ではあるが、宇宙人らしい唯一無二のシチュエーションではあっただろう。