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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
現在
14/30

⑬湖、泳ぐ前に

 

 ◎


 終業式、夏祭り等のイベントを終えてしばらく経った8月初め、俺はとある事情で村から出て近くの町まで向かっていた。

 理由は水着を買う、ということで。そのような流れになったのには様々な経過があった訳だが。


 はっきり言って、胃が痛い状況。


 某店舗にて、俺こと桜橋京都と鏡子さんと環奈かんと姉の楓美というメンバーが水着を選んでいた。男女比がおかしいのはこの際目を瞑るとして。

 二人の同級生はまだいい。彼女らは友達みたいなものだから別にいい。だか、この姉がいるおかげとても居心地が悪い。


 夏祭りの夜、あんなことがあったから――。

 俺は楓美の願いを拒むことができない事情がある。何があってもそれだけは違えてならない一線なのだ。

 そういう訳で微妙に意識してしまう記憶が埋め込まれている。余韻は数日程度で晴れる訳もなく煩悶もした日々を過ごしていた。

 けれど、鏡子さんと環奈さんにそれを悟られる訳にはいかない。


「ま、いっか。何事もなく接すれば」


 それはそれでまた別の問題を引き起こしそうだが、それとこれとは別物だ。



 ◎


 それは、とある日の早朝のことだった。午前五時頃だろうか、自宅のインターホンが鳴った。

 こんな時間帯に訪問するなんて非常識と思われるが、この村ではさも当然のように行われている。最初は俺も頬をひきつったものだが今はこめかみに怒りマークが出るくらいで耐えることができる。


「……な、何かな鏡子さん?」


 ベットから飛び出してすぐなので俺はジャージ姿で表まで出なければならなかった。髪もたぶん上の方が跳ねている。

 鏡子さんは学校制定の体育着だった。

 胸部がやたら膨らんでいる気がする。

 何故普通にこういう格好ができるんだ。俺は紳士だから劣情を抱いたりはしないけれど、世の中には突然襲いかかってくるやつもいるから。


「どこ見てるの?」


 不思議そうな顔をして問うてきた。淀みのない瞳である。


「いや、体育着に刺繍されてる『前田』ってのを見ていたんだよ」


 それは胸部にあるのだが。

 そういえば彼女の名前は『前田鏡子』だった。クラスメイトだけじゃなく先生までも名前で呼ぶものだから忘れていた。水瀬さんですらそう呼ぶのだからこの村のやつは全員そう呼んでいるのかもしれない。

 そう考えたら、鏡子さんは皆に愛されてる。


「そうだ! 明日一緒に湖で遊ばない!?」

「湖? 神社の麓にあるやつだっけ?」


 以前未確認生物のヒャハーがいるとか言っていたあれか。

 そういえば、神社には行ったが湖に足は運んでいない。機会があるのなら是非とも行きたいところだった。


「それはいいけど何するの? 別にただ眺める訳? 俺はいいけど鏡子さんはそんな鈍ったことしないよね」

「湖だし泳ぐんだよ」

「え、泳げんの?」

「湖だから当たり前じゃん」

「へ、へぇ……泳げる湖か」


 俺なんかは湖で連想するのは、都内にあるすごく淀んだ忍っぽい池だ。とても泳げた場所じゃない。

 だが、ここまで自然溢れているなら泳げてもおかしくない。ナチュラルの浄化作用も尋常じゃないのだろう。


「それは楽しそうだな。でもそれって水着必要だよね?」

「あ! 京君持ってないんだっけ」

「一応あるにはあるけど……」


 学校制定の水着な。男子のスクミズは何も言えねぇ。

 普通に履きたくないし。

 ならば、新しいものを買わなくてはならない。残念ながらこの村にそんなものはないのだけれど。


「……その予定、明後日にできないかな?」

「大丈夫だけど、何で?」

「ちゃんとした水着買いに行こうと思って」


 今や男子も水着に拘る時代になったということだよ、と心の中で言い訳していた。別に恥ずかしいことじゃないけど思わず大義名分が欲しくなる行為ではある。


「ちょっと町にまで出なきゃならないけど」

「私も一緒行ってもいい?」


 そう言いながら鏡子さんは俺に詰め寄ってきた。

 その距離感のなさにも慣れて、俺もそのタイミングで一歩後進する。相対位置は変わっていない。


「いいよ。鏡子さんがスクミズ着るのは無理があるから」

「?」

「じゃあ、九時半に出て昼ごはんはあっちで食べようか」

「わかった。環奈も連れてくるね」

「……オーケー」


 皆で行った方が楽しいよね、うん……。

 と、目を細くしていると背後に気配を感じた。この家屋に住んでいるのは俺に以外に一人しかいない。

 振り返れば姉、桜橋楓美がいた。

 俺と同じくパジャマ姿である。


「鏡子……さん?」

「あ、楓美ちゃん」


 楓美が一つ年上だが、鏡子さんはそんな風に気安く呼ぶ。

 起きたばかりということで俺は頭が働かなかった。働いていたらこんなことにはならなかっただろう。


「楓美ちゃんも一緒に買い物する?」

「え、あ、うん」


 鏡子さんが思いついたように誘うことも予想できそうなものだったがこの通り、口を挟む間もなく完結してしなった。楓美も楓美で寝ぼけていたのかよく考えずに了承していた。

 水着で女子と一緒に遊ぶのにもそれなりの抵抗があるのに、姉と一緒なんて耐えられませよ。


「じゃあ九時半ここに集合ねっ」


 楽しそうな笑顔で言って、鏡子さんは走り去っていった。背中にロケットでもついているかと思った。折角外に出たので深呼吸でもして酸素を取り込む。


「そういうことだから楓美さん……」

「どういうこと?」

「水着を買いにいくんだよ」

「みみみみ水着っ!?」


 知られたくなかったが、こうなったら下手な小細工は抜きだ。

 言わば、あの中に一人だけ男子が混ざっているらしいということくらいだが。



 ◎


「……バスじゃなくて歩きで行くの?」


 炎天下の中、訊いてきたのは環奈さんである。

 村から近くの町まで歩いたら五〇分くらいかかる。バスを使うというのは至極真っ当な意見だ。

 バスの頻度は少ないとは言え、町への唯一のラインなので一日に数本はある。

 のだが、


「そうだよ。バスだったらこんな早い時間にしなかったから」

「私以外がそれに対して何にも思ってないことにやや涙……」


 環奈さんが面白い言い回しをした。やや涙、とはセンスがあるな。

 ともかく、焼き尽くされそうになりながら真っ直ぐ一本道を歩いていた。水分補給は忘れずに、着実と足を動かす、

 だが、暇だった。

 道中思ったより退屈している。適当な話題があれば。


「あ、そうだ。皆さん学期末のテストどうだった?」


 バーベキューやらで忙しくしていたが、実際彼女らの学力はどんなものだろう。

 俺は五教科の内、四教科が一〇〇点でもう一つの国語は九八点だった。何かテストの数少なくね? と思いながら解いていたけれど開始一〇分で終わってしまうくらい簡単なのもあった。

 あの高校は偏差値いくつなのだろうか?


「京都君……そんな勉強自慢したいの?」

「違う違う。バーベキューの手伝いしてもらったし、点数が悪かったら申し訳なくてね」

「……ふうん」


 楓美はふて腐れてながらも理由に納得してくれた。楓美もそれなりの点数が取れたとかでほんわかしていた記憶がある。

 という訳で問題の二人。

 鏡子さんと環奈さんの点数や如何に?


「私は平均点くらい」

「二〇点くらい」


 平均点はともかくあの難易度で二〇点とは手のつけようがないと言いますか。テスト直前余裕ぶっこいていたから平均点くらい取ってくれると思ったのに。

 環奈さんがその平均点、というのは予測範囲内だ。


「やっぱ頭足りないんだな鏡子さん……」

「悪いじゃなくて足りない、って地味に馬鹿にしてるよね」


 目敏く楓美がそんなことを指摘してきたがスルーしておく。この事にすら鏡子さんは気がついてないのだから、わざわざ触れる必要もない。


「だって難しいんだもん」

「また子供みたいな言い訳を……まあ、授業中居眠りしてるやつが点数高かったら嫌だけど」

「数字見てると眠っちゃうじゃん!」

「今時の小学生でもそれはないぜ」


 俺としては、鏡子さんがどんなに低い点数を取ってもどうでもいいけれど留年するとなったら、また別の問題だ。

 毎日学校に通ってるのに高校で留年とか嫌でしょ。単位が足りない以外の理由で留年は結構ダサ過ぎる。


「来年鏡子さんが後輩になったらどうしよう……」

「そんなのやだよ! 来年も同じクラスがいい!」

「それは俺もそうだが、というかクラス替えはないけど」


 各学年一クラスしかないので変わる余地はない――留年、転校等を除いて。


「高校なんてちょっと勉強するだけじゃん」

「そういうのは天才的思考だよ?」

「……まあ、頭は遺伝で決まるっていうから現時点でダメなら希望はないけどさ……」

「そういうことぶっちゃけないでよ」


 知能は最初から大体決まっている。

 どこぞの文字書きが、人間は生まれた頃は平等だが学問により差がつくと言ったらしい。というか書き綴ったようだが、生後間もない頃でも脳内構造の差はあるということだ。


「高校なんて大した価値ないし、たとえ鏡子さんが留年しても仲良くするから」

「ええー、応援してよー!」

「ピンチになったら勉強教えるよ」


 多分、何がわからないのかわからない状態になるけど。せめてもの友達甲斐というやつだ。

 都会にいた頃は勉強会というのも頻繁に聞いた言葉だ。

 テストの話は、そういうことで収まりがついた。


 ふと、ため息が出る。楓美が首を傾げて問いかけてくる。


「どうしたの?」

「……女子三人に対して男一人という状況に思いを馳せたいただけ」

「今になってなんだ」


 女子用水着コーナーに無理矢理連れてかれたり、似合ってる? とか訊かれると思うと胃が痛い。夏休みも始まったばかりの今日この頃、水着を買いに来る人も少なくないだろう。不特定多数にそんな地獄ハーレムを見られるのは惨めだ。


「まあ、気にしないでいこう」



 ◎


 駄弁りながら歩いていたからか、到着まで一時間ほどかかった。

 俺達は水着の売っている某店舗の前にいた。

 海なし県なのに表にボートが立て掛けてある。店長辺りの趣味が波乗りなのだろうか。

 店内はクーラーが利いていて涼しかった。


「じゃない! 空調はどうでもいい……じゃ、皆さん各自好きな水着を買いましょうか! 解散!」


 脱兎の如きスピードで男子の水着が並べられてる端っこに向かおうとしたが、腕を掴まれて足が止まる。

 一体誰だ?

 わざわざ俺を引き留めようとする痴女は?


「ちょっと待ってよ」

「姉でした……」

「何でそんな残念そうな顔するの京都君!」

「いや、楓美のことを痴女だと思ってる訳じゃないよ」

「何か考えていると思ってたけど、結構酷いこと思ってたね!」


 意外に積極性がある人だからな。本当に痴女だとは思っている訳じゃない。

 その後の流れはありきたりなもので――。

 三つ並んだ試着室でそれぞれの少女が水着に着替えているという状況。


 三人は多くないか?

 女子だけならわかるけど、俺いるからバランスが悪い。

 衣擦れの音が――三方向から俺を追い詰める。店員さんが女の人というのも俺に精神攻撃を与えている。

 スマホを使った暇潰しで気を逸らそうとも水着の写真撮ってる? と思われたくないからできない!


 目の前で、ただただ耐えることしかできないのだ。


 楓美の入った試着室からフサァッ、と大きめの布が落ちる音がした。何故か目が離せない。何も見えないはずなのに、じっと見てしまう。

 目を血走らせていると、試着室の一つが開いた。そこは鏡子さん。


「おっ……」


 何がとは言わないが、何かからドーン! と効果音が出そうだった。ファーストインパクトが神経に障るとでも言えばいいのだろうか。

 赤、青、白のグラデーションのビキニですか。ストライプとボーダーの違いのわからない俺ですが、そういうシマシマなデザイン。


「どうかな?」

「……似合ってるよ」

「やったっ!」


 思春期丸出しな衝動が俺を襲ってきている。

 鏡子さんが無防備過ぎるのだ。というか水着なんだからちょっとは恥ずかしがれ、仁王立ちすな。

 己は痴女か!?

 悶々としていると、もう一つの試着室が開いた。環奈さんだ。

 茶系の水着だが、パレオを巻いている。生まれてこのかた実際にパレオを使ってるやつなんて見たことない。


「どうかな?」


 何故かどや顔である。

 でも、すごく似合っていた。体のラインがすごく細くてちょっと見出ってしまう。

 控えめに言って壁に飾りたくなるというか。


「さっきからどこ見てんの?」

「いえいえ、とてもいいと思います。はい」


 環奈さんに日頃してやられているので、ちょっとツンデレ気味の感想を言ってやった。

 環奈さんはうふふ、と口許に手をあてた。喜んでいるのなら何よりだ。たとえ俺の精神が病もうとも、幸せになる人がいるのなら良いさ。


 そして、真打ち。

 カーテンが開かれれば、顔を真っ赤にした楓美が肩を抱きながら立っていた。

 一目見て恥ずかしがっていることがわかる。

 うるうるな瞳を向けられたらこちらも緊張しちゃうでしょ! ついでに変なことも考えちゃうでしょ!?


「う、うぅ……」

「楓美……」

「な、何よ」

「気をつけしなさい……」


 決してやましい想いがある訳じゃない。普通に水着姿を拝みたいだけ。

 体まで火照って赤くなっている彼女は、強く目を瞑りながら胸の前で組んでいた腕を解く。

 黒単色のビキニであった。


「あう……」


 思わず声が出ちゃった。

 いや、黒ってマジか。その選択の理由が知りたい。

 もじもじしているのが扇情的何かを助長してくる。


「も、もういいかなっ?」

「あ、うん。ありがとう……ナイスでした……」


 我ながら出た感想が謎だ。ナイスとは何だ。

 楓美はすぐに試着室のカーテンを閉めてしまう。鏡子さんと環奈さんと俺は呆然と見つめていた。


「(恥ずかしがってたね)」

「(いや、あれが普通だからな?)」


 環奈さんは本人は聞こえないように、小声で言ってきた。にやにやしながらである。


「綺麗だったね楓美ちゃん」

「そう、だな」


 同性までもドキドキさせてしまうくらいの純真オーラが発されていたらしい。

 しばらく前に楓美と二人でリゾートホテルに併設されているプールに行ったことを思い出した。その時も今と同じくらい恥ずかしがっていたと思う。また、注目を浴びていた。

 積極的なのにいざ目の前にするとチキンになるタイプ、ってところか。


「じゃあ、俺は自分の探すわ……先に会計してていいよ」


 一気に疲れが押し寄せてきてげっそりとなる。女子用水着と比べると数は少ないが、こだわる要素もないのでパパっと決めてしまう。

 海パンコーナーから離れて、別の陳列棚を眺めていると、俺の眼鏡に叶う商品があった。


「何にやけてんの京都君?」


 着替え終え、購入を済ませた楓美が俺の横顔をジト目で射抜く。

 にやけ面が顔に出ているとは。隠さないと変な人扱いされてしまうので、早急に表情を元に戻す。


「これ」

「うん。ラッシュガードがどうしたの?」

「ラッシュガード、ってカッコいい名前だと思って」


 防御力が高そうな技っぽい。連打攻撃をもろともしないシールドを展開できるみたいな。

 健全な男子高校生ならにやけちゃうでしょ!? ラッシュガード。


「……そんなんで笑ってたの?」

「その本気で頭おかしいやつじゃん、的な目で言わないでよ。俺ってこういうやつだったでしょ!?」


 誰にも迷惑かけてないから笑ってもいいじゃん。

 あんま日焼けするのも良くないと思ったので購入することにした。



 ◎


「何か最近は青春してるな、って思っちゃうよ」

「いかにも悪いことのように言うね」

「いや、もっと甘酸っぱい感じだと思ってたからさ……何かイベントが充実して物語みたいだなー、って思って」


 買い物を終えて、帰宅した後に自宅のリビングにて楓美と話している。こういうぶっちゃけた話ができる相手というのも俺の周りには彼女しかいない。

 甘酸っぱい、というのは俺の今までの経験と比較した話。

 最近は調子が良すぎるように思えるのだ。有体に言えば、反動が怖いと言いますか。


「未来のことを考えても仕方ないんだけどさ、何か起きそうで怖い」

「今までの不幸を取り戻してるんじゃないのかな」

「そう、なのかな……それならいいんだけどさ」


 それならここらで人生切り上げたい、と間違って思ってしまう――かもしない。それくらい、俺からしたら衝撃的な日常なのだ。

 毎日が楽しいなんて、生まれて初めてかもしれない。都会みたいな感情を抑圧された状態が普通だと思ってはいけないのだろう。社会の変化に文句を言いたい訳じゃないけど。

 すると楓美がパタリ、と畳に横たわった。


「どした?」

「ちょっと眠くて……」

「そっか」

「こっち来て、京都君」

「?」


 そばに向かうと楓美は俺の手を取る。

 そのまま目を瞑って、安らかな息をあげた。背中にまで届く長い髪を余った手で撫でる。


「こういうのが、だよ。マジで……」


 楓美は、俺がまたどこかに一人で行かないようにこうして捕まえているのだろう。

 そうしてくれることに、どれだけ俺が感謝しているか知らないはずだ。気づかずに手を繋いでくれているのだろう。

 こうしてると、あの時――何もなければなんて思う。思うだけだ。


「さて……」


 それからしばらく、楓美が完全に寝入ったことを確認してから繋がれていた手を外した。

 これといって目的はなかったが何となく立川神社に行くことにした。展望台にでも行って気持ちを紛らわすことにする。



 全身びっしょりとさせた後に、立川神社正面入り口である鳥居の前に辿り着いた。神社に来といて参らないのも悪いので気持ちだけ手を合わせることにする。

 前回水瀬さんに指摘されたことを意識して、一五円を静かに投入して手を合わせる。住所を叫ぶのは流石に嫌だったので口は噤んだまま。

 最後の礼をして、踵を返すと巫女さんがいた。隣には宮司だろうか? 水瀬さんなら知っているかもしれないが俺は神職に造詣はない。どうやらおみくじ掛けを手入れしているようだった。


 衝動のままおみくじを引くことにした。安定の価格一〇〇円である。


 小吉だった。


 大吉が多いのだろうけど、半端なやつもそれなりの割合入っているものだ。

 恋愛運最悪だった。

 あくまでも人が作ったものだから気にしないでいこう。しっかりとおみくじは結んでおいた。

 微妙な運気は気にせず村が一望できる崖に向かえば、そこには先約がいる。ここらで一番の光景をみることができるので人がいるのも仕方ないだろう。

 少し離れた位置に立って、吹き込む風を一身に受ける。涼しい。夏真っ盛りの快晴である。湖も見えて、確かに泳いでいる人がいた。流石にこの高さじゃ顔は見えない。

 全体的な感想として、自然の力強さというものなのかこれでもかと主張しているようだった。


「綺麗ですよね」


 ふと、俺の心を読んだような台詞で声をかけられた。

 俺より先にここにいた少女である。小顔だし背も俺より低いし多分年下だと思う。

 ここらに住む人の特性として、知らない人にも平気で話し掛けてくるというものがある。偏見ではなく、これに関しては身をもって体感したことだ。

 年下から、ってのは初めてではあるが。


「そうですね」

「あの湖の伝説知ってますか?」


 唐突な話だったので一瞬思考が止まるが、視線を向けないままに答える。


「都市伝説なら……首長恐竜ヒャッシ―の目撃情報があるとか。向かいの山にUFOがいたとかも聞いたことがある」


 至って真面目に答えたけれど、俺の回答が面白いらしく腹を抱えだす彼女。

 全部鏡子さんが教えてくれたものなんだが?

 俺の不思議がる仕草を見てかキリッ、と表情を締め上げる。


「笑ったりしてごめんなさい。そんな面白い噂聞いたことなかったから」

「…………」


 可憐な人ではあるけど君は誰だよ。

 そのまま少女は話を進める。


「立川神社って竜を祀っているんです。タチがタツね」

「ドラゴン信仰か」

「ドラゴンって言わないでください。日本なのにファンタジー感が出てしまいます」


 誰かに注意されてしまった。なかなか手の込んだ突っ込みだし。

 田舎の人って神様信じてそうだからな。俺は竜でもドラゴンでもどっちでもいい。


「それと竜がどう関係している?」

「あの湖から現世に来たと伝えられているんですよ」

「神界と繋がってるってことか。位置的にもそんな感じはするな」

「蛇やらが間違えて出てきた、なんてこともあったらしいですよ」

「昔の話ってたまにそういうのあるよね……飛蝗とか蛙の大量発生が災害扱いされたり。まあ、神話なんて実際あったことを誇張してるもんだからな」

「……あなたは神を信じていないんですね」

「君は信じていそうだね。俺は会ったことも見たこともない人に敬意とか感じられないからな。敬意なんて俺の心に存在するか怪しいけど」

「私はそこまで熱心に神を信じてる訳じゃありませんよ。あなたほど無関心な訳でもありませんが。それに偶像崇拝ってそんなものでしょうし」


 何故俺は誰か知らない人とよくわからないことを語り合っているのだ。

 景色を見ることも忘れてしまっているではないか。俺は改めて原風景を記憶に刻み始める。


「というか君誰だよ?」

「それはこちらの台詞です」


 いや、あんたから喋りかけたんだからな?

 心中穏やかじゃない気持ちを隠しつつ、名乗ってやる。


「桜橋京都」

「霧ヶ峰輪廻」

「強そうな名前だな」

「名所みたいな名前ですね」


 この村にはこんな感じの意味不明なやつもたまにいるのだ。次からは気にしないでいこうか。

 今日、何もかも気にしないでおかないと俺の人生かなり滅茶苦茶になりそうだと思った。


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