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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
現在
13/30

⑫祭りの後

 

 ◎


 水瀬さんの攻撃(腹パン)から立ち直った時には、既に彼女はいなかった。放置されるほど嫌われているとは。近年稀にみる鬼畜な娘である。

 ともかく、こんなところで寝てる訳にもいかない。祭りもたけなわ、盛り上がりも収束してくる頃だった。今は神社で何らかの儀式でもやっているのだろう。龍だか蛇だか祀っていると小耳に挟んだ。


「……家帰りたくねえ……」


 切実な想いが口から漏れた。

 理由としては姉に、楓美に合わせる顔がない、ってことなんだけれど。

 祭りの前日に一緒に行くのは鏡子さんと環奈さん、と伝えてしまったのだが実際は水瀬さんとだった。まあ、それを見られちゃったんだけどさ。


「間がが悪いというか、センサー的なものが付いてんじゃね……」


 水瀬さんと抱き合ってる瞬間を見られてしもた……。

 あの時走った衝撃ったらありゃしない。本当に口から心臓が飛び出るかと思った。普通に水瀬さんに動揺を悟られてしまったし、寿命が10歳分減ったと思う。

 嘘を吐いたのもだけど、あんな顔向けられたらマージマジマジーで、生きるのが辛くなる。冷たい視線――なら良かった。だけど、本当に悲しそうな瞳を向けてくるものだから。


「関係についえ考えちゃうよな……」


 姉と弟の関係だから。ここに来たことにもそれなりの家庭事情はあるのだけれど。

 仲直りすればいい、ってものじゃないのだ。

 考えなくてはならない。俺のためではなく、楓美のために。何でも言うことを聞くとかそういう次元の話ではなく。


「おろ?」

「……流浪人風な声を出すな環奈さん……」


 物思いに耽っていたら環奈さんが現れた。祭りに参加するとは聞いていたのでこんなこともあるだろう。この地域は小さな世界だと思ってしまう。

 姿を見るだけで祭りを楽しんでいたことが窺える。


「その仮面……何かわかる?」

「仮面ライダーでしょ」

「わかるか……ここらの女子高生は標準で見てるんだっけ……」


 環奈さんが頭にひっかけているのは蛍光黄緑色の顔をしたバッタ型ライダーである。メイン形態が赤色のライダーも最近はあまり見ない。

 隣腰かけてふうっ、と一息ついた。


「もしかして俺の独り言聞いてた?」

「『関係考えちゃうよな?』のこと?」

「全然似てないから真似しないで……」


 結構美少年風な声出すのな君。

 話の流れを汲んで、ちょっと環奈さんに相談してみることにした。客観的かつ、異性の意見も聞いてみたいという思いもある。


「例えばの話だけどさ、とある都会に住む姉が弟を好きなってしまったとする……どう思う?」

「家族を好きになっちゃったってこと?」

「そう。家族として、じゃなく恋人としてね」

「いいんじゃない?」

「あっさり……」


 そういうことじゃないんだが。今回に関しては好きなくても付き合っていいけれど、愛し合ってなくても結婚してもいいとかじゃない。愛があれば関係ないよねっ、で解決できないと思うのだ。


「義理の弟だった場合はどうかな?」

「義理って?」


 可愛らしく首を傾げる環奈。


「そこの説明からしないとダメなのか……例えば、片親が再婚したら相手の方も子供を連れていて同棲生活が始まったみたいなのがメジャーだな。結婚とかじゃなく家族が増えちゃうパターン」


 勿論、他にもあるけれど――。

 ラブコメとかエロゲーでは当然のように存在している訳だが、実際にもいくらかは存在するだろう。アニメ好きだと女子中学生とか女子高校生が真っ先に浮かぶよな。な!


「要は血が繋がってないってことなんだけど」

「じゃあ、義理は他人みたいなものか」


 環奈さんは思いのほかすぐに納得してくれた。


「いいんじゃない?」

「同じじゃないか。倫理観はどした……」

「珍しい、ってだけで悪いことじゃないでしょ?」

「まあ――」


 爛れた関係を想像してしまう俺が異常なのだろうか。

 非常識な事柄なので答えを見つけるのは難しいと思っていたが、いいんでしょうか。俺としては簡単には覚悟できないし、そんなつもりもないだけれど。


「桜橋君はお姉さんのこと好きなの?」


 ストレートに訊くのな。躊躇がどこにも見当たらない。オラオラ系少女なだけある。

 話の流れ的に、そういう意図に聞こえてしまうだろう。

 大変答えにくい質問。

 答えを出してしまっていいのか、という想いもある。


「どうだろうな……『好きだった』かなやっぱり」

「だった、なの?」

「意外か?」

「いや――」


 何か知っているらしい態度でぼやかされた。もしかしたら俺が楓美のことが好きとでも思っていたのだろうか。


「――良かったと思って」

「その台詞の意図はなんだ……」


 あたかも好きな人に好きな人がいなくて安心した的な台詞ではないか。

 一体何が良かったというのだ!? 環奈さん!?

 環奈さんは普通に答えてくれた。


「意図? いや鏡子が桜橋君のこと好きみたいだから」


 いや、そういうことは普通に答えんなよ。


「一応、聞いておくそれは友達としてか?」

「引き合いに水瀬さんのこと出したし違うんじゃないかな」

「引き合いに水瀬さん……ついさっきってことかよ……」

「好きな人いないならいいんじゃない?」

「良くないよ?」

「そうなの?」

「そうだよ?」


 待て、引き合いに水瀬さんを出しただけで恋愛的愛情かはまだわからない。環奈さんの恣意的な結論という可能性のあるじゃないか。

 気持ちというのは貰って嬉しいものだけれど、いらないからって捨てられるようなものでもないから。


「正直、友達としても好かれる理由が思い浮かばないんだよな……何もしてる気がしない……」

「そんなことないよ。結構セクハラ的なことしてるよ?」

「してないよ」

「もしかして気づいてない?」

「俺は一体何をしたというのだ……」


 無意識にセクハラをするほど欲求不満だというのか。

 そんなはずがあるか、環奈さんの陰謀に違いない。


「偶然を装って鏡子の胸に飛び込むことが――」

「ねえよ!」


 偶然でも、必然でもそんなことは断じてない。

 環奈さんのことを睨めばふふふ、とやけに上品に口元を押さえていた。俺はからかうには詰まらないやつなんだが。素人ながら突っ込みはするんだけどね……。


「それは冗談としても気安く手とか握るよね。それは私もされたけど」

「必要な時しかしないし、田舎だから平気だと思ったんだが……」


 流石に手を繋ぐのは小学生までか。いっがーい。

 環奈さん、地味に気にしてたんだな。心の中で笑ってやった。


「気安いつもりもないんだけどね。でも、絶対触っちゃだめって訳じゃないからね」


 嫌がってないからいいじゃん、とは言えないけれどさ。


「まあ、そういう人だよね桜橋君」

「水瀬さんにも言われたよそれ」

「にしても、お姉さんからも同級生からも好かれるなんて都会人はすごいなあ」

「あっ? お姉さんが何故俺のことが好きなことになっている……」

「見りゃわかるでしょ」


 爆心地:俺の心。

 楓美と環奈さんが会ったのは新婚バーベキューの日だけのはずだ。その短い時間で察せられるくらい露骨にでていたということになる。

 多分、すごい見てたんだと思う。

 嫉妬する時も露骨だったしな。


「答えられない期待に応えることってできるのかな……」

「そういうの気にしなくてもいいと思うけどな」

「……適当になってない?」

「ちょっと眠くて」

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「そんなわざとらしいため息はやめてよ」


 考える前に行動しろ、ということを言いたかったのだろう。そういうことにした。



 ◎


 リビングにて、俺は正座していた。

 これから俺がただ一方的に謝るのだ。土下座する準備はしておく必要がある。

 部屋の電気は付いておらず、光源は月光のみとなっている。

 楓美は俯きながら座っていた。表情を窺うことはできそうにない。


「――楓美…?」


 名前を呼んでも返事はなかった。

 静寂――ただの静寂だけしかない。これでは、出そうとしても声が震えてしまいそうだった。

 この雰囲気耐える精神は俺にはない。

 丁寧に畳に額を押し付ける。


「嘘吐いてごめんなさい。あの人は水瀬さんという同級生で楓美の見た状況は事故なんです。言い訳するつもりはありません。しかし、傷つけてしまったことに関しては本当に悪いと思っています。大変申し訳ありません」


 言葉の上でなら、いくらでも弁明はできるということか、楓美は見向きもしてくれなかった。

 頭を上げるが、反応なし。

 あれっ? まさか寝てる?

 なるべく音をたてないようにして近づくと――彼女は。


「あ、あぁ……ごめん……本当にごめん」


 後ろから楓美を抱き締める。

 これは俺が愚かだったというしかない。ちょっと考えてみれば――そんなことするまでもなくら少し思い出すだけでわかったことじゃないか。

 何かも、ゼロから百まで俺のせいだ。


 楓美は泣いていた。

 気づかれないように、閑静と涙を流している。決して涙脆いタイプじゃない彼女が泣いているのを見るのは二月以来だ。

 嫉妬ではなく、不安。

 不安以上に、悲恋。

 そういう感情だということを俺は理解できる。


 背中に回した手に力を込める。こんなことでもなければ抱き締めることもできない。

 泣きながら、だけど楓美の声は澄んでいる。俺に重みを預けながら呟いた。


「京都……」

「うん、楓美」

「痛い……痛いよ、心が痛い……」

「ごめん」

「何で……謝んの……」

「だって――期待には答えられないから」


 姉と弟だ、両親に合わせる顔がない。

 ほんの少し前なら楓美の望みを叶えていたかもしれないけど、今はもうそれができない。環境が変わってしまったのだ。


「それは……わかるだろ、楓美も」

「そう、だけど……もう嫌だよ――あんなの見るのは耐えられないんだよっ!」


 あんなの――つまり水瀬さんと抱き合っていたことだろう。事故ではないけど、軽率な行動ではあった。

 ポーカーフェイスが得意な水瀬さんの動揺を気取るには心拍を探るしかなかったのだ。手で触らなかっただけマシ、と気持ちだったが、こんなにも楓美を傷つけてしまった。


 より強く抱き締める。心拍だけじゃなく、心の中まで繋がるために。

 悲しみに暮れた彼女の心に安らぎをあげることは難しいことじゃない。関係を変えればいいだけ。

 それができたらとっくにそうしている。どうにか代替しなければならない。

 既に考えついている。


「――9月9日、1月2日、12月25日だけ、恋人になろう」

「っ!」


 俺の誕生日、楓美の誕生日、そしてクリスマス。どれも思い出の日々だ。

 現実的問題を鑑みた上、最大限の譲歩がこれだった。

 期間限定で恋人になること。


「だから、今日は特別だよ」

「京都、京都っ……」

「顔上げてよ楓美」

「うん――」


 目を閉じたのを確認してから、口付けた。

 涙の味か、塩分を感じる。今も溢れ落ちて頬に伝う。


 俺が今抱いているこの気持ちは何だろう。

 嫌な気分ではない。

 むしろ良い気分と言ってもいいかもしれない。

 だけど、釈然としない。

 でも、確かに一度だけだが、こんな気分の時があったはずだ。遡ればその源泉を見つけることができた。


「あ」


 すぐに思い出した。ここまでの激情を忘れることはできなかった。記憶の上部にしっかりと残されている。


 これは――割と死にたい気分、ってやつだ。


 この選択をしてしまったことに対する罪深さが天辺に到達してしまった。

 冗談じゃなく、イカれた状態だ。嘘でも虚構でも冗談でもない。

 気持ちが安定しない。弾みで奇想天外な波が起こってしまう。まったく心が鎮まらない。


 俺と楓美は飽きるまで何度でもキスをした。ほんの数時間の関係を惜しむように、罪悪感に苛まれながら、思い出に浸りながら、抱き締め合った。


 もう――目を瞑ろうか。失うくらいならいくらでも沈澱してやる。



 ◎


 思い出したのは二人の関係の分岐点である、冬も深まった二月のことだった。クリスマス、新年を迎えて冬休みを越えた辺りのことだ。


 飛び込んできたのは『三日月音々』と『三日月渡』が亡くなったという知らせだ。近くの地区に住んでいただけあってすぐにその情報は耳に入ってきた。

 いても立ってもいられず、寒さを置いてきたような薄い格好で外に出た。唯一二人しかいない血縁を失ってしまい、天涯孤独になって平気な訳がない。


 スマホに連絡したって返信される訳もなく、虱潰しに探そうと思ったが共有してきた思い出が一つの道を描いた。

 迷わず向かった先には、茫然と立ち尽くす後ろ姿だ。

 息を切らせながら見た光景は今も焼き付いている。


 そこは砂浜。

 その先には大海原。

 そこからさらに先は水平線。

 一歩、また一歩。迷いのない足取りで前進している。

 その瞬間、目頭が熱くなった。

 砂浜に降りて、砂に足を取られながらもがむしゃらに手を伸ばした。


 胸の高さまで沈んだ頃だったか、ようやく捕まえることができて陸まで引き上げることができた。


 そして、女の子は泣くのだ。今みたいにどうしようもない気持ちに押し潰されて涙を溢す。


 だれも悪くないのに不幸は無慈悲に降り注ぐから。運悪く、それが大切な人――好きな人だったから。


 これ以上苦しんで欲しくなかった。

 だから言った。


『家族になろうよ』


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