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ようこそ愛と恋の夏休みよ  作者: (仮説)
現在
12/30

⑪夏祭り

 

 ◎


 俺から言わせてもらえば、夏祭りはまったくのイメージ通りだった。

 露天が並んで、御輿を担いで、花火はないけれど、騒がしくて。そんな光景はアニメで見るような夏祭りと同じようなものだと思った。

 雰囲気を楽しむ、とは言えこうも予想通りだと始まったばかりだが少し寂しい。


「――文句って訳じゃないんだけどね」

「その割には不満たらたらだったじゃない」

「それはどちらかというと人込みが嫌いだからなんだけどね」

「なら何でここに来た……」


 馬鹿にするように息を吐く水瀬さん。

 こんなに人が集まるとは思っていなかった。近場の町からもかなりの人数が来ていて手を繋いでないとはぐれそうだ。

 繋いでないけど。


「鏡子さんとかが屋台やってるから行かないといけないんだよ」

「鏡子さん、ね……」

「何だ? 遥?」

「名前で呼ぶなっ!」

「ああ、そういうことじゃなかったのか。アニメ知識に傾倒し過ぎて誤解してしまったよ」


 あいつのことは名前で呼んで私は名字ですかそうですか、的な展開ではなかった。鈍感とか言われないように気を遣ってしまったじゃないか。

 やっちまったー。恥ずかしー。


「随分気安く呼ぶと思っただけ」

「そうか? 男女ってなると珍しいかもしれないけど、同性間ではそんなことないじゃん」

「その言い分だと珍しいってことを認めてるけど」

「俺は気にしないんだよ、そういうこと。異性間での友情だってあるだろ?」


 友情なんてない、と言う人もいるかもしれないがそんなのは知らん。劣情を抱くも抱かないも本人の問題だ。人間には理性があるのだから、一線を引くことはできるだろう。


「まあ、わざわざ仲良くする必要もないと思うけど」

「うわ……その発言で最低だと思えてきた」

「違う違う、わざわざ仲良くする必要もないが、仲良くしない理由もないんだよ」

「どっちでもいいってことじゃない。本質的に変わってないけど」

「……論破しようとしないで適当だから」


 とにかく来るもの拒まずだ。

 田舎に来てからは鏡子さんとか環奈さんとかが話して来てくれたから仲良くなったのだ。都会にいた頃は自分で話そうなんて思っていなかった。

 今更ながら俺が独りだった理由が判明。後悔はしてないけど。


「いざ屋台を目にして食欲がなくなる、ってよくあることかな?」

「ないでしょ。逆でしょ」

「手に入れて満足しちゃう感じだよ」

「手にしてないじゃん」

「まったくその通りで」


 わたあめを二つ買って、片方を水瀬さんに渡す。

 しばらく、その白い雲を見つめていたが俺のことを見つめてきた。


「あ、ありがと……」

「別にいいよ」


 滅茶苦茶嫌がっていたのを俺が連れてきたのだから、わたあめくらいは奢りたかった。


「私は焼きそば食べたい気分だったけど、お金払ってくれた点に関しては感謝するよ」

「懇切丁寧に解説しないでくれますか!?」


 そんなこと言われたら俺の心がキュッ、としちゃう。どうせ俺がわたあめ食べたかったからそのついでだったよ。

 遠回しなおねだりに応じて焼きそばの屋台へ向かった。人が多いだけあってなかなか進まないため、景色をゆっくりと眺めることとなる。


「結構浴衣着てる人いるんだな……」

「貸し出しサービスでもあるんじゃないの?」

「田舎にもそんなのあんのかねぇ」

「お爺ちゃんの家にも一通りあったし、普通に持ってるのかもね」

「そういうことも考えられるか。男も結構着とるな……」


 水瀬さんと雑談していると、目的地――鏡子さんが鉄板の前に立って料理をしている姿を発見できた。

 途端に水瀬さんの歩調が遅くなる。

 あの教室での印象を見る限り、あまり良好な関係ではないみたいだが。


「行くぞ水瀬さんよ」

「わかってる……」


 渋々という風な気まずそうな返事を聞いて店頭に赴く。

 肩口で捻れたタンクトップに鉢巻、髪型をサイドポニーにしている鏡子さん。

 そして、張り切りまくった挨拶。


「へいらっしゃい! おっと、京君! ――と、水瀬、遥ちゃん?」

「名前は覚えられてるようだな」

「うっさい」


 ただ挨拶しただけで場が凍りつくとは、重症である。

 ともかく、旧交を深めるとしてもこんな突っ立ったままという訳にはいかない。当初の目的を果たす。


「焼きそば一つお願いします」

「うん。任せて」


 鏡子さんは若干元気が失速していた。

 目の前で、焼きそばが焼かれるシーンを機械的に眺める。お好み焼きで使われる野球のベースみたいな形をしている金属器で麺をかき混ぜている。

 ジュージュー。

 俺は、無言に耐えられなくなった。


「鏡子さん、今何履いてる?」

「ん? 履いてる? え?」


 鏡子さんよりも早く水瀬さんが問い直してくるが、無視。


「今、ズボン履いてる? それともスカート履いてる?」

「制服のスカート履いてる」

「ほお、それはいいね」

「そうなの?」

「うん。何だろう、上手い具合に俺の琴線に触れるっていうか……とにかく、すごく似合ってて可愛いよ」

「ありがとっ、京君っ」


 一瞬、かき混ぜる手を止めて笑顔を向けてくれた。その笑顔にグッ、と来ました。

 にやけそうな表情を我慢していると、今度は鏡子さんの方が――。


「京君も……カッコいいよ」


 鉄板からの熱か、それとも内側からの熱か。気づけば鏡子さんの顔は真っ赤っかである。

 恥ずかしい台詞をよくもまあ。どっちもどっち、俺も頬を紅潮させているに違いない。


「……まさか毎回そんな会話してるのか……」


 遠い目をしながらそんなことを呟いた水瀬さん。

 大変失礼な台詞である。

 確かに、勘違いされそうな掛け合いではあるが。

 確かに、下手すれば周りの人の方が恥ずかしい掛け合いではあるが。


「褒めあってるだけだ」

「可愛いとかカッコいいとか平気で口にするとか……いいんだけど、いいんだけどさ……」

「水瀬さんも言ってみれば」

「は?」

「ほら、鏡子に」

「え、ええ!」


 プラスチックのケースに焼きそばを詰めているところだった。

 水瀬さんの背中を押して、正面に押しやる。その場所なら彼女が受け取るしかない。

 そもそも欲しがっていたのは水瀬さんだったので当たり前ではあるけど。


「ど、どうぞ」と畏まった言い方な鏡子さん。

 チラッ、と俺の方を見て舌打ちしたのも束の間、水瀬さんは精一杯の作り笑顔で焼きそばを受け取る。

 そして、お礼と共に。


「ありがとう……私も、可愛いと思うよその格好……」

「う、うん……遥ちゃんも……可愛いよ」


 二人の美少女が恥ずかしがりながら互いを褒めあっている姿。何か心が癒された。

 なんだ? 青春してんのか? 青春してるんですか!?

 脇に置いてあった箸を二膳分取って、鏡子さんの屋台を後にする。


「じゃあね、鏡子さん」

「うん、またね京君……遥ちゃん」

「え、ええ……さようなら」


 ぎこちない笑みを浮かべた挨拶。

 にやけが止められない。わたあめを持っていない片手を使って顔を隠した。腹筋が間断なく震えて苦しい。


「……あの娘、可愛いわね」


 思わず気持ちが籠ってしまったような声音である。

 ふっ、激しく同意である。

 身長が高かったりと女子高生っぽいのだが、その実は小学生のような純粋。何の憂いもない笑顔の威力は尋常ではない。


「こういう私が言うのもなんだけど、君は鏡子さんのこと好きじゃないの?」


 外角高めストレート。ド直球に訊いてきたな。

 あんな可愛い娘にカッコいい、なんて言われたて何も感じてない訳がない。今だって心臓はバクバク鳴っているのだ。ずっと見ていたいと思わされるかけがえのない笑み。

 好きか、問われれば迷わず答えられる。


「好きだな」

「そ、そう……」

「恋愛じゃないからな?」

「……そういえば君はそういうやつだったか……」


 友達以上の感情があるか、ないかと問われれば答えられなかったかもしれない。

 俺としては恋愛的好意に関してはもうこりごりだったりする。多分、もう誰かを好きになることはないと思う。



 ◎


 人込みを向けてすぐにある公園のベンチにて、道中に買った色々を食す。花火でもあれば満足なんだが、それはまた別のイベントか。

 俺が買ったのはわたあめとラムネ瓶。


「甘いものと甘いものの組み合わせとか……」

「いや、君みたいに節操なく買うのもどうなんだ?」


 リンゴ飴、かき氷、焼きとうもろこし、イカ焼き、焼き鳥、フランクフルト、たこ焼き……。

 こんな山奥ではイカもタコも取れるはずはない。だから人気なのだろうか。それとも祭りの空気か。

 ともかく、水瀬さんは意外と食うタイプらしい。


「はよ、かき氷食べないと溶けるぞ」

「わかってるって。ちょっと頭痛くなってんの」

「はよ、食わないとほとんど冷めるぞ」

「わかってるって! ちょっと頭痛くなってんの!」


 冷めても美味いとは思うが、水瀬さんをからかうのは楽しかった。現代人さながらの突っ込み能力とでも言うのか。

 夏の暑さがじっとりと全身を濡らす。蝉の声がこだまし、。太鼓の音が乱舞する。

 遠くから聞こえる音に耳を傾けていると水瀬さんが言った。


「こんな田舎だし盆踊りとかあると思ってた」

「あー……あってもおかしくないな」

「小学生の時、林間学校で踊らされたことを思い出したよ」

「俺もあったわ。無理矢理な振り付けで踊ると共に、教師にも踊らされた訳だ」

「全然上手くないけどね」

「でも、その焼きそばは美味いんじゃないのか?」

「……つまらな」


 ちょっとしたジョークのつもりだったのに。そこまで、白けた目を向けるほどつまらなかったのか?

 俺は小さくため息を吐いた。人前でこんなことをするのはマナーとして良くないが、水瀬さんの前ではもはや躊躇なくしてしまうようになった。


「ため息を吐くと幸せが逃げるって言うよ」

「……どれだけ吐いても尽きない幸せならお裾分けしたいよ。実際はストレス解消になったりするらしいけど」


 甘さが口の中いっぱいに広がる。

 わたあめは砂糖だ、甘いのは当たり前のことだろう。だけど、より染み渡っているように思えた。

 祭りの空気に流されているのか、それとも――。


「ちょっと真面目な話していい?」


 改まった風に水瀬さんが言う。何だかんだそういう空気は初めてかもしれない。

 お互い、あまり良くないものを抱えているように思えるからさりげなく触れないようにしていた。


「詰まらない話か?」

「そうだね……少なくとも楽しくはないかな」

「……熱帯夜だな。こういう日は詰まらない話聞いても良いと思うよ」

「何それ?」


 楽し気に、優し気に笑う横顔が寂しそうに思えた――。



 ◎


「私、今お爺ちゃんと二人暮らしなんだよね」

「うん、知ってる。少し前にお姉さん――嶺南さん、帰ったよね」

「わざわざ名前にして言い直すな。でもまあ、その通り。あっちで問題起こしちゃった訳だしこういう状況になっても仕方ないと思う」


 それが例え、相手の方が悪くとも自分が悪くない理由にはならない。やってはならないことは、私も彼女達もしていたのだ。

 転校はするだろうと思ったが、こんな田舎だとは思わなかったけれど。


「それは、良かったんだけどね」

「どれが良くなかったんだ?」

「別に遠回しに言う必要もないか。母親――がね」

「病んじゃったとか?」

「そんな感じ。でもぶたれるとまでは思わなかった……かなり参っていたんだろうね」


 実の娘が、退学に匹敵することをしでかして、もしもそれが町内に広まったりしたら。そんな不安に苛まれた。

 噂というのは簡単に広がってしまうものだ。私も身を持って知っている。


「あそこまで脆かったとは思わなかったんだよね……あの三人もだけど、お母さんも。もっと強いと思ったんだけどね」


 それは私の勝手な思い込みだったという訳だ。

 私が、強すぎたのだろう。

 心労を抱えた母親のために、抵抗もせずこんな田舎で生活することを是としているくらいには。

 こんなところでも不満はあっても、我慢はできた。


「皆知ってると思ったんだよね……世界は何だかんだ上手くできてるって」


 いくら失敗しても死なないし、人の記憶の酷薄さだって何にも知らなかったんだ。

 そうあって欲しかったのだろう。

 だから、その程度だったことに落胆した。失望して、渇望して、最終的に絶望に行き着くこととなる。


「私――まったく理解されてなかったんだなぁ、って」


 私の方が理解していなかったのかな?

 きっと、どちらも一緒だ。

 理解し合えるのなら、しているはずなのだ。

 十年も一緒にいてわからなかったのなら、もう理解することはできないのだろう。


「別に言葉の上での話だから、理解なんて必要ないんだけどさ……そんな人達を見ているだけで吐き気を催すんだよね」


 詰まらない、下らない、憐れ。全てに気づいてないだけ。そんな姿を目の前で見せつけられたら発狂してしまうかもしれない。

 家族にすらそう思っているのだ、他が誰であろうとこの感情を抱かずにはいられれない。


「ここに来てより一層そう思うようになったよ。ここに来なければ、苛まれることもなかったのにね」

「俺には簡単なことのように思えるけどね」

「え?」

「自己嫌悪というより、投射――他人に自分を重ねているんだと思う。他人の弱点を見ていたら、自分の弱点を見ているようになって嫌悪が募る、ただそれだけ」

「違うっ!」


 思わず声をあらげる私。

 だけど、彼は怯まず言い続ける。


「そうかな? 何というか、水瀬さんは良くも悪くも自信過剰なんだよ。優秀なのは事実だけど、完璧なんかではない。自らが天才だから見下しているのではなく、自分が完璧じゃないということを理解しているからこそ、そういう人を見て嫌悪をしているのではないかな?」


 本当に完璧なら他人のことなんて眼中にないだろうし、そんな悲しい生物は可哀そうだ、と彼は言った。

 別に私は自分を完璧だとは思ってはいない。他が劣等で、私が優等と思っているだけ。けれど、この違いは彼から言わせたら自信過剰ということだろう。

 理解されたい訳じゃない。だから、何を言われようと勝手だ。

 だけど、私にも譲れないものはある。


「そんなんじゃないから」

「ま、そうかもね」彼はあっさり、と自らの発言を投げ捨てた。「それっぽい理屈を適当に述べていたようにも聞こえるよな。でもさ――動揺しただろ?」


 核心を突くかのような一言。

 私は、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。そんなことはない、とまた言いたかったのに言えなかった。

 動揺とは――。

 私の譲れないものとは――。


「人間はな、他人に認められたい生物なんだよ。承認欲求なんて言うと悪いことのように聞こえるけど、普通の感性としてそれを持っている。俺だって、カッコいいと言われれば嬉しい。君だって可愛いと言われたら嬉しいだろう?」

「それが何?」

「そういうのが理解されてる、ってことじゃないかな」

「そんな上っ面のことで理解される訳ないでしょ」

「俺はそんなことないと思うよ? 心っていうもんは案外外に出ちゃうもんなんだよ。ポーカーフェイスがお得意な水瀬さんでも」


 ポーカーフェイスを得意技とした覚えはないけれど。

 心に出てしまう、とは感情のことだろう。結局、可愛いとかカッコいいとかは生まれによって決まる。そこに相互理解が出る幕はない。

 反論として、私はそう述べた。


「確かに見た目は遺伝子で決まるっていうよな」

「そうでしょ?」

「水瀬さんや……」


 心底な落胆と共に私の名前を呼ぶ彼。

 ちょっとムッ、と睨むと桜橋が酒で酔ったかのようにグラグラと体を揺らしていた。

 こんな暑さだ、熱中症になっているのかもしれない。タイミングが神がかっている感じがするが、まず安全確保が先だ。

 そう思って手を伸ばした。


「ねえ大丈夫?」

「…………」


 ギュッ、と。

 正面から抱き締められた。

 介抱しようとしてあげたのに、がっしり捕まってしまった。背中に彼の掌の感触がじっとり伝わる。

 頭から足まで、熱気が覆う。

 こんなに被さったら仕様がないだろう。極めて温厚に真偽を質すことにした。


「一体どういうつもりかな? 全然大丈夫そうだし、警察に言うよ?」

「滅茶苦茶怒ってるようで……」


 桜橋の肩に口が埋まりそうになる。

 こうして接してみて見た目より体格が良い、と思った。だけど、なんか抱き締め慣れている感をそこはかとなく帯びている。

 もしかして結構ヤンチャしていた人なのか?

 いや、ないな。


「水瀬さんの心臓の鼓動が伝わってきてる」

「な!?」


 心臓の音って。

 胸越しか? 胸越しで感じているのか!? 布三枚越しか!?

 やばい、と思った時には自分でもわかるくらい鼓動が早まっていた。


「早くなってるね……」

「変態め、離れろっ」


 力を込めてもホールドは解けない。男女の力の差をまざまざと見せつけられた気がして腹が立った。

 不思議なことにこちらにはまったく彼の鼓動は伝わってこない。

 死んでいるのか。

 というか、何でこんなことをしているんだこいつは?


「動揺してるね?」

「当たり前だろ! 変態に取りつかれているんだからっ」

「とりついてねえよ。ただ、そうやって動揺している君は可愛いと言いたかったんだ」

「変態! 特殊性癖持ちめっ!」

「言いたい放題だな。さっきの話だよ。心っていうのはつまり感情のことだ、そんなに動揺している君は紛れもない本物だ。表も裏も一緒の、嘘偽りない水瀬遥。それだけでも俺は理解したよ――水瀬さんは意外と恥ずかしがり屋ってこと」


 突然抱き締められて恥ずかしがらないやつがいるか!

 でも、この行動の意味を考えてしまうとどうにも熱味が止まらない。間違いなく恥ずかしい行動だ。それを平気でやってのける彼は間違いなく変態だ。


 ドクン、ドクン。


「あれっ?」

「あ……」

「今ドキドキしてる?」

「してない。けど、今すぐ離してくれ」

「ドキドキしてるよね?」

「違う。ちょっと欲情してるだけ」

「っ!? 最低っ!」


 無理矢理立ち上がって追い払う。

 反撃しようとしたらとんでもない返しをされてしまった。

 男子の欲情誘うボディーであると自負しているが、痴女みたいに押し付けてその気にさせてしまうとは。こちらも相当恥ずかしい。


「今のは冗談だがら。俺は好きな人相手じゃないと欲情しないから」


 言い訳のように空へ呟く彼は、何とも滑稽に思えた。さっきまでのご高説はどこに行ったのやら。

 では、何故突然ドキドキしていたのか。

 追及しても良かったが、野暮なことになりそうだたのでやめておく。

 都会人らしく空気を読んで―――。


「もう……自分が何悩んでいたかわからなくなっちゃったよ」

「いいじゃんか悩みのな人生、気楽そうで。それに少なくとも俺が君を理解しているからさ」

「は? 君程度が理解できる訳ないでしょ?」

「……意外と負けず嫌いなんだな」


 鼻で笑われた。引き笑い気味だったのが神経に障る。

 これは近年稀にみる屈辱だ。


「さっきから偉そうに言ってるな、おい!」

「いつもそんな感じにしてばいいと思――っ痛い! 脛を蹴るな! 頭を殴るな! 腹パンする……――うげっ……」


 桜橋京都は屍と化した。流石にこんなゾンビのような芸術作品は存在しないだろう。

 いや、しかし、一体なんなんだこいつは?

 不本意ながら、若干興味が湧いてしまった。



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