女の譲れない戦い
「まさか、あなた様があのユリア様であらせられたとは、数々の非礼申し訳ありません……」
ナーシィさんはさっきまでの明るい雰囲気を変えて、粛々と頭を下げた。
「いえ私は気にしていませんし、そんなに畏まらないでください。そんなことより、ケイから随分と深い間柄と聞きました……」
「はい。ケイちゃんとは一緒にお風呂に入ったり……」
ん…………?
「一年間の特殊訓練期にはよく添い寝していたくらいには仲がいいです」
ケイちゃん……?
一緒にお風呂……?
添い寝……?
「そうですね……私個人としては親友というよりは姉妹のように思っていますね」
「あら、そんなに仲良く……ところで、私とケイは近い将来婚姻する関係なのはご存じですか?」
「もちろん承知しています。私のケイちゃんが遠くに行ってしまうようで、少し寂しいです……」
ナーシィさんは物憂げに苦笑いをした。
でも今の私には同情はない。
目の前にいるのは私と婚姻関係にあると知っていながら添い寝までしでかしたという小悪魔。
そんな相手に慈悲や情けなどどこにかけようか。
ケイにはあとでじっくりと話を聞かせてもらおう……。
思い出話を聞かせてもらったお陰で、思うことなく存分に戦えそうだ。
これが聞くところの闘争心というやつか。
体が熱くなって、胸の奥がぞわぞわする。
気のせいか奥底から力が湧いてくる感じさえする。
これなら……。
「ユリア様?どこか体調でも……?」
「いえ、ご心配ありがとうございます。この交流戦が終わったら、先程の話についてゆっくり聞かせてほしいわ。ケイも交えて……」
「おや、余裕がありますね。あとの楽しみが増えたところで、失礼ながら、王女様が相手ではありますが容赦なく戦わせていただきます……!」
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ユリアとナーシィが対峙している一方、ケイたちは二人がなかなか動きださない理由について話していた。
「ユリアさん、どうしてしまったんでしょうか……」
「二人は何か話しているようね。そういえば、相手の彼女はケイさんの旧友と言っていたかしら」
「はい。ナーシィはユリアと離れていた私によくしてくれた大切な親友です」
「ふーん……なるほど、ね……」
ナーシィとの関係を聞いたクロエは、意味ありげに微笑しナーシィを見つめた。
その横顔を疑問に思いながら、ケイも対峙する二人に視線を移す。
その後しばらくして、様子を見ていたケイは目を見開いた。
控え室でのユリアは強がっていたが、緊張して顔がこわばるものだと思っていた。
しかし実際は異なり、ユリアはにっこりと笑っていたからだ。
今まで辛い思いをいっぱいさせてきた鍛錬が、ユリアを本番の剣闘で笑顔を作れるまでに成長させられたことがただただ嬉しかった。
いい意味で緊張感がない、落ち着いた状態で剣闘に臨もうとしている姿にケイは感動を覚えた。
気持ちが溢れたケイは、柵から体が半分出るくらいに前のめりになり叫んだ。
「ユリアーーー!頑張れーーーっ!!」
ケイの愛が籠った声援に、言葉で返さなくても笑顔で手を振ってくれ――――ることはなく、満面の笑みだけが返された。
期待した笑顔なのは間違いない。
間違いはないが、期待以上の笑顔に嬉しいはずが、なぜかケイは背筋に寒気を感じた。
笑顔……。自分の知っている笑顔というのは眩しいはず。それも最愛のユリアのならばなおさら。
それが嬉しさよりも悪寒を感じるのはなぜか……。
ケイは謎を残しつつ静かに席に座った。
そしてその一部始終を横で見ていたクロエは、声が漏れないように口元を隠し笑っていた。
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「それでは、楽しみましょう。ナーシィさん……」
「はい。ケイちゃんのとっておき、見せてもらいます!」
そして、合図の高らかなラッパの音が会場に響いた……




