王女の一日剣士
「ごめんなさい。負けてしまいました……」
「気にすんなって! お前はよく頑張った、あとはこのイヴに任せておけ! むふふ、残りの相手も全員イヴが片付けるから、お前たちはお茶でも飲んでていいぞ~」
余裕綽々と手を振りながら下に降りて行った。
あのどこから湧くともわからない自信を分けてもらうことが出来れば……。
しばらくしてイヴちゃんが言っていたことは現実味を帯び始め、ここまで二人の相手に勝っている。
次も勝つことが出来れば私たちの勝利となる。
イヴちゃんはケイが認めるほどの実力を持っているし、次の勝負も決まりそうだ。
「ユリアは次もイヴが勝てると思う?」
ケイは前のめりに手を組みながら質問してきた。
「え?だってイヴちゃん、あんなに強くて並みの剣士では倒せないってケイも言っていたじゃない」
「うん、確かにイヴは強い。だけど、次の相手が並みの剣士じゃないとしたら……?」
ケイの予想外の回答に思わず振り向くと、その顔はこれから起こる面白いことを待つかのように笑っていた。
そして不思議に思う私を置き去りにし、声援とともに現れたのは、今朝私が出会った女の子だった。
出てくる姿を見ていると、私の中で切れていた糸が繋がったような気がした。
あの子が言っていた昔の友だち、あの子が出てくる前のケイのセリフ。二人はきっと知り合いなんだ。
でも私は初見だったし、養成学校時代の友だちだろう。
「あの子、ケイの知り合いだったのね」
「ユリア、ナーシィのこと知ってたの?」
あの子、ナーシィというのね……。
またかわいい女の子の知り合い……。
「ええ、今朝私が会ったのはあの子だからっ」
「そうだったんだね。ナーシィは養成学校からの友人でね、特級試験の時に一緒の部屋でもあったんだ」
一緒の部屋…………
「落ち着きのない性格の割に手が器用でね、自由時間にはお菓子とかも作ってくれてたんだよ」
途中クスッと笑いを交えながら、ケイは楽しそうにあの子のことについて紹介した。
別にそこまで詳細に聞きたかったわけでもないのに、私がいないところで他の女の子と仲が良かった思い出話をするなんて。
私の考えてること分かっているんじゃなかったの……?
「ユリア、膨れてるけど……何か怒ってる?」
「別に、普段通りですけどっ!」
私はナーシィさんの話題から避けるようにして会場の中央に集中した。
状況は先程までの相手二人とは違い、かなり拮抗していた。
何度かイヴちゃんが仕掛ける場面はあったものの、ナーシィさんが軽やかに受け流してはカウンターを狙おうとしていた。
昔ケイと同じ環境で厳しい修練をくぐり抜け、今は優秀な騎士たちを輩出する学院の代表選手。
その経歴も伊達ではないと証明されているようだ。
ケイが嘘をついていたとは思ってないにしろ、ケイやクロエさん、イヴちゃん以外でここまでの実力者を目の当たりにすると足がすくんでしまう。
何せ次にナーシィさんと戦うのは、私なのだから……。
「イーーーーーヴッッ!!!負けるようなことがあれば、例のものの手配を一か月ストップいたしましてよぉーーーっ!!」
「ニャッッッ!?」
カトレアさんが私たちの後方の席から叫ぶと、余程ショックなことなのかイヴちゃんの動きが止まった。
忘れかけてたけど、カトレアさんは王女としてのプライドが高く、近衛のイヴちゃんが負けることは何としても避けたいところなのだろう。
ところで例のものって何なのか少し気になる。
「この勝負、絶対に負けられない…………本気、出すっっ!!!」
カトレアさんの忠告から間もなくして、目もとを擦っていたイヴちゃんの雰囲気が変わった。
左手を地面につき低姿勢のまま剣を横に伸ばす。
まるで獲物を捕らえようとする獣だ。
ナーシィさんもイヴちゃんの変化に気づき、構え直した。
「悪く思うなよ。イヴにだって、守らなきゃいけないものがあるんだあああああああ!!!!!」
叫んで飛び出していったあと、私は一瞬イヴちゃんの姿を見失った。
時々黒い影が見えたと思ってもまたすぐに消え、それがナーシィさんの周りで不規則な動きで見られた。
並みの人間では目で追えないほどのスピード。
一度ケイが戦った時に大きな猫と戦っている感覚だったと言っていたけど、確かに猫のように俊敏で動きの予測がつかない。
イヴちゃん、普段寝ころんでばかりだから、いざ戦う姿を目の前にするとまるで別人だ……。
「これで、終わりだああああああああ、あっ―――――」
最後の一手をキメようと駆けだしたその足は、理由は不明だが平の地面にすくわれ、イヴちゃんをナーシィさんの前まで転がした。
イヴちゃんは戦意を喪失したのか、地面に顔を突っ伏したまま全く動こうとしない。
観客たちは何が起こったのかわからない様子で中央の二人を静かに見つめている。
「あはは……かわいそうだけど、ごめんねっ」
ナーシィさんは膝を曲げて剣の腹でペタペタと叩き、その場から離れた。
残されたイヴちゃんはカトレアさんにおぶられながら退場していった。
この時、イヴちゃんを憂いつつも愛くるしく見る目が多かったことは、イヴちゃんをこれ以上傷つけないためにも内緒にしておこう……。
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「ユリア。見てわかったと思うけど、あれがナーシィだよ。ユリアは学園の試験以外で初めての実戦……無茶してしまわないか、そればかりが心配だよ……」
私への心配を漏らすと、ケイは私の髪を結んでいた手を止めた。
「大丈夫。安心して!私だって痛いのはごめんなんだから、危なくなったら学園からだって逃げてやるわっ」
「……ふふっ、それなら安心だね」
そう言ってケイは最後にきゅっと強めに結んだ。
「それでは王女様、どうぞご存分に……」
「もう、そういうのはいいからっ!」
いよいよ、私の最初で最後の剣闘が始まるんだ―――!




