カトレアさんとイヴちゃんはどこに?
「最近、カトちゃんとイヴちゃん見なくなったよねー」
カトちゃんというのはリルが勝手に呼んでるカトレアさんのあだ名だ。
カトレアさんも当初は何ですの!と呼ばれる度に地面を踏みつけていたのに、今では全く気にする様子もなくなっている。
確かに高等部に上がってからあの二人と会うことが少なくなった気がする。
カトレアさんは過剰にスキンシップをとろうとしてきたりして、時々面倒に思えることもあるけど、根はいい人だし会う機会が少なくなるのは寂しくもある。
カトレアさんといえば屋上テラスで紅茶を飲んだり、花々がわたくしの美麗を祝福していますわぁとか言っているイメージだけど、今は何をしているんだろう。
正直カトレアさんについて知らないことが多い。
一応友だちなんだし、普段どんなことしてるのかちょっと気になるかも……。
「ねえ、ユリアちゃん。あの二人、尾行してみない?」
リルはニヤニヤしながら楽しそうに提案する。
こういう子供っぽい発想がいいところ……って、私たちも前にその子供っぽいことをしたわけなんだけど……。
「はあ……いいわ。私も付き合うっ。でも、迷惑なことだけはしないように。いい?」
「やったぜーぃっ!あっ、姉ちゃんには内緒ね?バレたら絶対……『いい加減、王女としての自覚を持ちなさいと言っているでしょう』とか言われるから!」
言われるようなことをしている自覚はあるんだ……
☆
~数日後の放課後~
事前に調べた二人がいなくなる時間帯を狙って、私とリルは尾行を始めた。
イヴちゃんに荷物を運ばせて学園の門を出ていく。
行き先は中等部のようだ。
中等部を出入りする高等部の生徒は後輩と交流する理由が大半。
でも、カトレアさんはクラブに属していなかったし、とりわけ仲のいい後輩がいる気配も今までなかった。
何か持ってこれなかったものがあるとか?
まさかあの人形よりすごいものがあったりして……!
想像したら何だか寒気が……。
「ユリアちゃんどうしたの?どこか痛い?」
「あ、ううんっ、何でもないの!それより見失ってしまうわ、行きましょ」
一定の距離を保ちつつ、中等部の門をくぐった。
少し前までここにいたのにもう懐かしさを感じてしまう。
入園当初の私と違って、今は中等部の敷地内は手に取るようにわかる。
あの二人を見失うこと以外何も問題ない。
さて、次はどこに行くのか…………
「二人とも、何してるのかな?」
「うわぁっ!?ケ――――」
驚いた拍子に声を出したリルの口を咄嗟に塞いだ。
一瞬イヴちゃんがこちらを見かけたけど、何とかバレずに済んだようだ。
「どうしてケイがここにいるのよっ」
「それは私が聞きたいな。私の目の届かない所に勝手に行って、いざという時が来たらどうするつもりだったのかな?」
ケイは少し真剣な表情で私の目をじっと見つめる。
「それは……っ。もう、ケイってば過保護なんだから……」
「過保護にもなるよ、ユリアは私にとって命より大事なんだから。さっきの質問の答え、聞かせてもらえるよね……」
事情を全て話すと今回だけだよ、と協力を得ることができた。
実のところクロエさんもリルの怪しい行動に気が付いていたようで、私と一緒にリルの見守りを任されたらしい。
ケイもクロエさんも心配性だ。
尾行を再開すると、二人は生徒寮に向かっていた。やっぱり関係の深い後輩がいるのだろうか。
そういえばイヴちゃんが持っている荷物は一日の授業数にしては多いかも。
他に何かを入れている……?
二人はそのまま寮に入っていった。ここから先は流石に追えそうにない。
この後どうすべきかリルに聞こうとすると、リルも私に聞こうとしたのか目が合い、クスッと笑った。
ケイに戻ろうと催促されたところで、リルに手招きされ耳を貸した。
「ねえ、ケイ……お願い、あの二人を追いかけて。私、気になるのっ……!」
「なっ……!」
リルにはここまで来たからケイに尾行をお願いしてほしいと頼まれた。
私も中途半端に終わらせたくなかったため、リルの頼みに乗じた。
ケイにお願い事をするときは、まず両手を結び胸元に当て、眉をひそめながら上目遣いで見つめる。
あとは徐々に距離を詰めながら言葉にするだけ。
私にこれをされてケイが拒んだことは一度もない……。
「はぁ……何をしてもユリアにだけは敵わないな……すぐに戻って来るから、二人はここから動かないでね。絶対だよ?」
私たちに念押ししてケイは寮内に入っていった。
☆
ケイは機敏な動きをしながらも、訓練された足取りで音を立てず階段を一気に駆け上がる。
音がした方へ目をやると、部屋に入っていく二人を見つけた。
ドアが完全に閉まりきる寸前で手で押さえ、僅かに開いた隙間から目だけを覗かせる。
「カトレア様、イヴェル様。毎日私なんかのためにご多忙の中時間を割いていただき感謝し足りません……」
見覚えのある小柄の生徒が二人に申し訳なさそうにしていた。
「気にすることではなくてよ。あなたの勤勉な姿勢が、わたくしを自然と動かしたのですから、むしろ誇ってもいいですのよ」
「そうだぞ。それにお前は、今までメイドの仕事しかしてこなかったんだ。こうでもしないと他のみんなに遅れてしまうだろ?」
「お二人の温かいお心遣いが骨身に染み渡ります……。では、本日もご教示の程よろしくお願いいたします……」
ケイはこのやり取りだけで全てを察した。
そしてこれ以上の滞在は無粋だと考え、机に向かう三人の姿を微笑ましく眺めながらそっとドアを閉めた。




