ドウセイ生活、始めます!
すっかり空も暗くなり、城へ戻るとそのままお父様の部屋へと通された。
部屋に入ると、お父様が私たち二人を強く抱擁した。
「ユリア。どこも怪我はないか?」
「ええ、ケイが守ってくれたから……」
「ケイ……。危険な任務知っておきながら、君が出動する許可を出してしまった。すまなかった……」
「この城に仕える騎士として当然のことをしたまでです。王様が謝りになられることは何一つとしてございません」
現商会長には事のすべてが伝えられ、会長の息子並びに、傭兵らも厳重処分となったようだ。ただその後の詳細については教えてくれなかった。
「ユリア、今回の事で城外の現実を知ったはずだ……」
お父様は机上で手を組み、鋭い眼差しで私に問いかけた。
私は厳重な警備もなく、城外に出たのは今回が初めてだった。そしてすべての国民が穏やかに暮らしているとは限らず、特に私のような特別な立場にいる人間は闇の部分の対象となりやすいということも理解した。
「気づいていると思うが、これから大人になるにつれ、お前の立場もより危ういものになっていく。故に、お前自身も成長しなければならない……」
確かに私自身、今のままではいけないと思っているし、心身ともに成長しないといけない。
でも具体的にどうやって?
毎日過密に稽古が組まれて、それらを卒なくこなしてもまだ成長するなんて……
「そこでだ、これからユリアにはケイと共に毎日鍛錬を行ってもらう!内容は剣術、体術、忍耐強化、体力強化、精神強化といったところだな。元々体が弱いんだ。いい機会だと思って励むんだぞ~!」
…………………?
唐突に突き付けられた新たな課題に一瞬呆然としてしまった。
なにせ生まれてこの方実技といえば馬術くらいで他はほとんど座学だった。
それがいきなりどこかの訓練校のようなスケジュールに様変わりしようとしているのだから私にとって一大事だ。
それをさらっと言いのけた当のお父様は、どうだ凄いだろと言わんばかりに「わはははっ!!」と高笑いをする。
はぁ、こんなにお父様を憎らしく思ったのはいつ以来だろう…………
ケイが帰り、私も自分の部屋へ戻った。一日も離れてないのに久々に戻ってきた感じだ。
私はいつも通り日課の読書をしようと準備に取り掛かるも妙に気が進まない。
普段なら唯一の娯楽ゆえに喜々として円滑に準備するのに。
眠い、眠すぎる…そんなに私疲れてたのかしら。
あぁ…私の日課が、娯楽が………
☆
「……て……。……きて、……ア」
ん~、誰……。私の部屋に勝手に入って起こす人は――――!?
「え、やだ!!ケイ!?!?」
「おはよ、ユリア。もう少し寝顔を見ていたかったけど、鍛錬の時間だから、ごめんね」
鍛錬って、今はまだ6時前。いつもならあと2時間は寝ている。
いくらなんでも早すぎる!
「ケイ~お願い~もう少し…………あと10分だけ、寝かせて……?」
「だーめ。そんなだらしのないユリアにはちゃんと教えないといけないかな……」
そう呟くとケイはベッドの上に乗ってきて、何かゴソゴソしだした。
一体何を………って!!!!
「なななぁっ!?何をしているの!!」
ケイは上着のファスナーを大きく開き、私に覆うようにして被さっていた。
胸元からお腹までの女の子らしい白く透き通ったきれいな肌でありながら、騎士らしく引き締まった体がそこにあった。
「何って、私の前でだらしない事をするとどうなるか、教えてあげようってね……」
じわじわと顔を近づけてくるケイ。私の反応を見て楽しんでいるか、笑みを浮かべている。
「てね。じゃないでしょ!起きるからっ!ちゃんと起きるから~!!」
私はベッドから跳ね起き、急いで運動用に用意された服をクローゼットから取り出した。
途中ケイの方に視線を移すと、それはもう残念そうな表情をしていたが、触れないほうがいいと私の本能が察知した。
☆
まず最初の鍛錬は、城壁の内側に沿って走った。
少し走ると冷たい空気が体の中に入ってきて眠気もすっかりなくなった。自分の白い息を見るのは何年ぶりだろう。
「はい、水飲んで」
「はあっ、はぁっはぁ…………」
もう何も喋れない……動けない……。
足が、腕が、ぷるぷると震えて悲鳴を上げている。
これは、死ぬ……。
20分ほど走り、体力もとっくに限界を超えたというのに、まだ半分も回っていないという。自分の城の大きさに悩まされることが来ようとは想像もしなかった。
ケイは併走している間、私の走る姿を笑顔で見守っていた。走り始めはまだよかった。しかし私の呼吸が乱れ始めた時も、同じように笑顔でかわいいかわいいと言われ、ちょっとイラついてしまった。
結局、この日の私たちは城壁の内側を一周もできなかった。
ケイはまだ全然余裕そうだったが、私が限界だと気づいたのか途中で終わらせてくれた。ケイは最終的には10周は走れるように仕上げるつもりらしい。
こんなのを毎日なんて絶対に無理だ……。
この後汗を流して朝食、30分ほど休憩を挟んでお昼まで体術の鍛錬。
朝食後に、体がぼろぼろで今日は終わりにしようと提案すると、ケイがマッサージをしてくれた。そのお陰でさっきまでの痛みや疲れが嘘のように引いていった。
ケイは魔法の心得もあるのか?
体術は初日ということでケイと動作の基本を確認した。
教えてもらう際、何だか妙に体を密着率が高い気がした……。
昼食は外で弁当を食べた。なんとケイのお手製弁当だという。
しかも中身は私の好物のサンドイッチ。ケイはなんていい子なのだろう。
ポテトサラダをレタスで包んだサンド。ウインナーにトマトソースが塗られたサンド。そして、私が最も好きな組み合わせ、黒コショウとバターソースで味付けされたチキンステーキのサンド!
うん、どれもうちのシェフに劣らない美味しさ!ぜひとも毎日ケイに作らせたい。
「ケイ、こんなに美味しいものを作ってくれてありがと!私大好き!!」
「っっっ!!!」
本当に美味しい。これなら冗談抜きで毎日でも余裕で食べられそうだ。
………?
隣で座っていたケイの顔が真っ赤になっていた。どうしたのだろう。
そうか。今日は気温が高いせいでケイも暑いんだ。
「ほら、ケイも水飲みなさい」
「……!あ、ありがとう。ユリアの飲んだコップ……」
ケイは何かつぶやいた後、同じ飲み口で水を2、3杯飲んだ。余程喉が渇いていたのだろう。仕える者にも気遣える私、我ながら良き王女だ。
午後からは剣術の基本と、忍耐力強化のための鍛錬を行った。
鍛練の内容だが、菓子を前によしと言うまで待たされ、ケイが許可を出したら食べるというものだった。
さっきまでの鍛練に比べたら至ってシンプルであり、お菓子も食べれていい。
……が、しかしだ。ケイは私がお菓子を食べる度に「よしよし、いい子いい子」などと言い頭を撫でたり抱擁してきた。お菓子はおいしいのに、ばかにされているように感じ、複雑な気分だった。
果たしてあれは忍耐力強化の鍛錬だったのだろうか……。
鍛錬が終わった後は、夕食の時間まで家庭教師から出された宿題をする。
今までの家庭教師たちとの時間は毎日5時間だったのが、週3の3時間まで減らされた。でもその分、宿題が増やされてしまうわけで……
「ケイ~手伝って~、もう疲れた~……」
「ユリアならそれくらいの内容何も問題ないでしょ?」
「内容はそうでも量よ、量!も~、ただでさえ鍛錬で腕が痛いのに、宿題がこんなにあったら私の腕がいよいよどうにかなってしまうわ!」
私が愚痴をこぼしていると、ケイがやれやれといった感じに簡単な問題だけ手伝ってくれた。難しい問題は少しでも私の為にと残してくれたそうだ。
文武両道、才色兼備、温厚篤実。それに料理まで。もはや完璧だ。
本来私がそうあるべきなんだろうが、情けなく思わされてしまう……。
「どうしたの、ユリア?」
「え?あ、いや、別に何もないわ!」
「ならいいけど、何かあったら私に言ってね。ユリアのためなら何でもするから」
ケイの優しさに圧倒されながらも、無事に夕食までに宿題を片付けた。これもケイのおかげ。今度お礼しないと。
今日はケイと夕食を共にした。夕食を済ませた頃には7時を過ぎていた。こんな時間まで手伝ってもらったケイに、暗く寒いなか歩いて帰らせるわけにはいかない。
「ケイ、今日はお家まで送らせて。色々世話になったのに、ただで帰すなんて王女としての品位に関わるわ」
「ありがとう、ユリア。でも私、今日からここに住むから大丈夫だよ」
「あらそうなの?なら問題な―――――」
私は持っていたフォークを落とした。
「ケ、ケイ?いいい今なんて言ったの……?」
「え?だから今日からここに住むって……」
「住む!?」
「うん」
「今日から!?」
「うん」
「ここで!?」
「そうだよ?」
うそうそうそ!ケイと一緒に暮らすことになるなんて聞いてない!!
「お父様!!!」
「わっ!びっくりした~、入るなら静かに入って来ないか」
お父様は私が入ったと同時に落としたペンを拾いながら言った。
「お父様、私、ケイが今日からここに住むなんて話聞いてないわ!」
「別にいいじゃないか、空いてる部屋もまだまだあるんだし。それに、これからも毎日ケイと鍛錬することになるんだ、一緒にいたほうが何かといいだろう」
「確かにそうだけど……」
「もっと言えば、将来的にお前たち2人は寝食を共にするだろう。それが早く始まったと思えば大して問題ないだろ?」
「なっ!!?」
お父様は何も知らないからこんな呑気な事が言えるんだ。ケイは私の隙を見つけては、変なことしてくるのだ。
それが同棲なんて、何されるかわかったものじゃない。
それなのにお父様は勝手に…!
「お父様のバカッ!!!!」
勢いよく扉を閉め、食堂に戻った。
気づいたときには遅かった。今朝のうちにケイの荷物は全てここに運ばれていたという。
こうなっては致し方ない。ケイに隙を見せなければいいだけの話。
私にならできるはず。いや、やってやる!
私が意気込んでいると、ケイは目を閉じて胸に手を当てていた。気のせいかケイの周りにキラキラしたものが見える。
「ああ、今日から毎日ユリアの寝顔が見れると思うと楽しみで仕方がないよ……」
しみじみとしているケイが怖くなった。要警戒しておかなければ。
これから私の日常はどうなってしまうのか。
考えただけで不安しかない…………