惚れた人だからすること
「はっ、ふっ、たぁーーーっ!!!!」
「きゃぁーーーっ!!ケイ様ーーっ!!!」
運動系のクラブの人たちが主に利用するというトレーニング施設。
その一室でケイは、この頃頻繁に鍛錬に励むようになった。
腕と足に重りをつけ、剣の数倍はある重い棒を振り続ける。
顔には大雨にでもあったかのような大粒の汗がしたたり、勢いよく動く度に光を纏い、きらきらとケイを映えさせる。
そして、その姿を一目拝もうと集まり出した生徒たちは、ケイに熱い声援を送る。
ケイの周りに女の子たちが集まってしまうのはもはや仕方のないこと、という風に今では自分の中で諦めがついていた。
だって、実際にこんなにもかっこいいんだもの……。
「ケイ、そろそろ休憩にしたら?」
「ユリア、ありがとう……」
タオルと一緒に水を手渡すと、ごくごくと大きな音を立てながらあっという間に水を飲み干してしまった。
おそらく私が来るまでに水分補給もしていなかったんだ。
私が鍛錬していた時はこまめな水分補給だとかうるさかったのに、自分こそ守っていないじゃない。
「また頬を膨らませて、今度はどうしたの?」
「別にっ。それより、最近のケイは少し頑張りすぎよ?一日くらいお休みしてもいいんじゃ……」
「そういう訳にもいかないよ。私はユリアを護る義務と責任がある。だから、鍛錬をしている時が安心できるんだ」
「どーせケイのことだから、この前のクロエさんとの勝負を気にしているんでしょ?」
疑いつつ睨むと、照れくさそうに指で頬をかいた。
「ユリアには隠し事できないね。前の勝負は制限があったと言っても、押されていたのは事実。ユリア言ってたよね、あの二人を守る役目を私たちにも手伝わせてほしいって。だからユリアだけじゃなくて、ユリアの周りの人も守れるくらい強くならないと……」
汗を拭き一息つくと再び鍛錬に戻っていった。
このまま毎日厳しい鍛錬を続けていたら、疲労が蓄積されて体に悪い影響を与えるかもしれない。
だからって止めさせると、ケイの場合は逆に落ち着かなくなるだろうし。
私はどうしたら……。
☆
「ったく、ケイは真面目すぎるんだよ」
「一方であなたは怠惰極まりありませんわ。ケイさんを見習い、鍛錬なさいっ」
「ニャーッ!襟を掴むなーっ!」
襟を掴まれ持ち上げられたイヴちゃんは、足をばたつかせながら抵抗した。
前から思ってたけどカトレアさんって結構力がある……。
イヴちゃんの観念した表情を確認すると、イヴちゃんをイスに置いて話の続きに切り替えた。
「ユリアさんが仰りたいことは理解できます。何かしてあげたいという、不器用ながらも健気なお姿のユリアさんはわたくしも尊く愛おしいと思いますわ。しかし、今のユリアさんは行動を起こす義務感に駆られ、ケイさんの事が前提にないように感じられましてよ」
私が、ケイの事よりも自分の義務感を満たすために何かしようとしていた……?
そんな、私はケイが好きだから、ケイの喜ぶ顔が見たいと思って……っ!
「ケイさんと公平の立場にありたい……。その考えが先行してしまった結果が、今の行動で彷徨っているユリアさん。そうではありませんか?」
カトレアさんの厳しく、的確な言葉は確実に私の心の中核を突いた。
ずっとどこかに違和感があった。
何かしてあげたい、それは自分自身が満足したいためのものであって、その先にケイがいたということ。
つまりそれは、私が思う公平になれば相手はケイじゃなくても問題ないということになってしまう……。
なら私の、ケイの事を思っての行動って何があるんだろう……。
「簡単なことですわ、よく思い出してくださいませ。ケイさんは常日頃から、小悪魔が囁いていると錯覚してしまう程にユリアさんにしてほしい事を仰っているのではなくて?」
ケイが、私にしてほしい事……っ!!
「カトレアさん、ありがとうございますっ!!」
私は飲みかけのお茶を残して、ケイのもとへと走っていった。
「よかったのか、あの二人はもっと仲良くなるぞ?」
「ふっ……惚れた相手であると同時に、わたくしの大親友でしてよ。困っているのに自らの欲望のために陥れるような外道の真似事をするほど、わたくしも人を捨てていなくてよ……」
☆
いつものように鍛錬をしていたケイは、私が来たことに気づくと歩み寄ってきた。
「ふふっ、元気が戻ったみたいでよかった……」
「えっ……」
「ここ数日のユリア、また悩んでた顔をしていたから。悩みがあったらいつでも言ってね」
私の頭を撫でながらにっこりと微笑む。
「誰のせいで悩んでると思ってるのよ、ばか……」
「え?ごめん、もう一度言ってもらえるかな」
「っ~~!!何でもないわよっっ!!!」




