乙女の憧憬の的
「は、はぅぅ……。ケイ様に支えていただけるなんて、入学してよかった……!!」
「君、顔が真っ赤だよ?私も手伝うから、保健室に行こうか」
ケイの細くありながら信頼できる腕に抱えられた生徒は、嬉しそうに頬を赤らめながら肩をすくめ保健室へと運ばれていった。
その一部始終を周りにいた生徒たちは羨ましそうに見ていた。
「嗚呼、ケイ様、今日も素敵だわぁ……。倒れた生徒をご自分の貴重な時間を割いてまで手を差し伸べるなんて、あの子は幸せ者ね……」
「えぇ、私も一度でいいからあの腕に包まれてみたいわぁ……っ!」
ケイは誰にでも優しい、そんなことはずっと前からわかっていた事だ。
しかし最近は、その優しさがよからぬ方向へと転じている。
生徒たちはケイを見る度にとろけそうな目を向け、感嘆する。
あれは憧れとか尊敬の類の目ではないと私は感じている。
決してケイに悪気なんてないし、影響があるとすれば好感度が日に日に増していくだけだろう。
恐らく最も悪影響を受けるのは、私だ。
私が隣にいる時でも、ケイは助けが必要だと判断したらすぐに駆け付ける。
でも、やっぱり他の人にあんまり優しくしてほしくない……。
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「もう、ケイはすぐ他の子を惑わすんだから。あと少し密着する場面が多いのよ……っ!」
「そんなことはないと思うんだけど……。それに、困っている人がいれば助けてあげないと」
「それはそうだけど……っ」
でも、無垢で分け隔てないその優しさが、私を惑わす。
ケイは私の事が好きなわけだし、私もケイの事が好き。
だから、ケイの優しさは私だけのものにしたい。
もっと私だけを特別扱いしてほしい……
「ひょっとして、ユリア、嫉妬してるの……?」
「なっ、ななな何を言って……っ!」
「ふふっ、ユリアかわいい……愛してるよ……」
耳元でそっといつもの言葉を囁く。
「もう、ケイのばかっ!知らない!」
これが我がままなのは自分が一番理解している。
私のわがままはあまり変わっていなかったんだ。
でも、このわがままだけは、絶対に治したくない……。
☆
高等部は本当に広い。城の数ある部屋を把握できている私でも、ここの各場所の位置を把握するのには時間を要するかもしれない。
だから一つ一つ確認していくために、まず私たちが向かったのが大図書館だ。
最新の本から歴史的な資料、遥か遠くの外国の本も蔵書しているという噂を聞けば、この私が来ない理由などどこにもない。
入ってすぐの広間には、吹き抜け部分から段ごとに流れ落ちる滝が出迎える。
広間全体に水が流れ落ちる音が響き渡り、心に安らぎを与えてくれる。
大きな階段を上がると、通路の真ん中が水路になっていた。
流れていく先を追うと、他の水路の水と合流して、さっきの滝の部分に流れていく仕組みになっていた。
これは面白い造りだ。
さらに奥へ進むと、本や資料の種類によって区画分けされた場所に出た。
ここも通路や渡り階段が伸びており、まるで迷路だ。
技術士の芸術的な趣向と感性が感じられて楽しいのは良しとして……疲れた!!
図書館なのに広すぎて今日中に全て回れそうにないし、読みたい本の目星もつけられていない。
これでは明日に来たとしても、場所の把握は困難かもしれない。
歩き疲れた様子を見かねたのか、ケイはせっかくだからと座って本を読むことを提案してきた。
そうだ、図書館と言うのは本来、ゆっくりと本と会話をする場所なのであって、こんなに疲労が蓄積されるような場所じゃない……。
私たちがいた区画は、様々な国の童話や大衆小説が集められた場所だった。
私が今まで聞いたこともないような国のものまで揃えられ、これはこれで興味深い。
形はどうあれ、こうしてこの本たちに巡り合えたのも何かの縁だろう。
そんなことを考えながら本の背表紙を目で流していると、ケイが一冊をまじまじと呼んでいた。
ケイが本に興味を持ってくれるのは物凄く嬉しい。
近いうちにおすすめの本でも紹介してやろう。
「…………ねえ、ユリア。ユリアはタチとネコ、どっちが好きかな?」
たち……って何かしら。聞いたこともない言葉だ。
ねこと比べているから動物の事なのだろうけど……。
見たこともない動物を好きかと聞かれても答えようがないから、私には一択しかない。
「そうねー、私はねこかしら」
質問に答えると、ケイは持っていた本を落とした。
「ケイ! 大事な本を落とすなんてだめじゃない!」
「ご、ごめん、手が滑って……」
ケイが手を滑らせるなんて珍しい。歩きっぱなしで流石に疲れてしまったのかもしれない。
今日はこのくらいにして、また時間ができたら来てみよう。
「そっか……ユリアはネコ、と……ふふふ……」




