繋がる糸
――――――っ
目が覚めると、私は女の子。
いや、ケイに膝枕をされていた。
「あ、やっと起きた。おはよう、ユリア」
ケイの顔を見た途端、目から涙が溢れた。
「ケイ……。ケイッッ!!!」
私はケイの胸に飛び込んだ。
「ごめんなさい、私、今まであなたに冷たい態度を……。許してなんて言わないから、今までの事なかったことになんて言わないから。これからも私の側にいてっっ!!!お願い……お願いだから……っ……」
ケイは私の言葉に驚いた表情をしていたが、そっと抱き寄せ頭を撫でた。
「まさか、それを言うためにこんな無茶なことを?私は全然気にしてないから、もう謝らないで。ね?むしろユリアを酷い目に合わせてしまった私の方が謝る必要があるんだから……」
その後もしばらく泣き続けた私をケイは何も言わず、ただただ優しく抱きしめてくれた。
しばらく泣いたせいか頭がボーっとする。
そういえばここはどこだろう。眠る前は街中にいたはず。私はケイの膝の上に頭を乗せたまま周りを顔を動かした。
西側に教会の塔が、ケイの後ろには大木があった。そして遠くには私の城が。
「ここは丘の頂上だよ。私がユリアを運んできたんだ」
私の様子に察したのか、ケイは教えてくれた。
夕日の日差しが微かに暖かい。でも時々冷たい風が吹くと私はケイに擦り寄った。寒いのは嫌だけど今はここから動きたくない。
普段の私ならケイに膝枕なんてされていたら、恥ずかしくて部屋に籠ってしまうだろう。
でも今はとても落ち着く……。
そろそろ今回のこと聞いてみるべきか。でも、もしケイにとって聞かれたくない事だったりしたらどうする。
そしたら、今度は本当に私の事が嫌いになって私の前からいなくなるかもしれない。もうそんなのは嫌だ。
もしまたケイがいなくなったら、私……。
ケイが何か悩んでいるのならちゃんと聞いてあげたい。だって今まで散々私の話を聞いてもらったのだから。
顔をケイの方へ向けると、優しく微笑み、私の頬にそっと手を添えた。ケイの手は温かくて柔らかい。触れられるのが癖になりそうだ。
家族以外に触れられて、こんなに安心できるの初めて……。
「ユリア、私ね。まだ言ってなかったことがあるんだ。怒らないで聞いてくれる?」
私は小さく頷きケイを目を見つめた。
「私が今回の候補戦に参加できたのは、王様からある条件を引き受けたからなんだ。最初、貴族でも何でもない普通の子どもの私がどうして婚約者候補に?って思ったでしょ。ほんとにそうだよね。昔から決まってるしきたりに、子どもが婚約者に立候補するなんて前代未聞だし」
確かに最初は驚きはしたけど、お父様はケイの強さが理由だって言っていたし。でも先祖代々続けられてきたしきたりを、ただ強いからって理由で変えられるなんて思えない。
変えるに値する何かが必要になるはず。
まさかケイ、とんでもない犠牲を払ってるんじゃ……!!!
「ケイ!!その条件っていったい何なのっ!!?」
「落ち着いてユリア。心配しなくてもユリアが考えるような大事はないはずだから」
両手を握って興奮した私を落ち着かせ、ケイは続けた。
「王様にね、婚約者になるならその命をかけて城の騎士としての貢献を約束するならば参加を認めるって言われたんだ」
「え。じゃあ、ケイは今……私たちの騎士ってこと!?」
「うん。だからここしばらくユリアと連絡を取らなかったのは任務を命じられていたからなんだ」
「でもそれって、これからもずっと城の騎士として仕えるって事でしょ。ケイは本当にそれで良かったの……?」
「ユリアのいるお城に奉仕できるなんて本望だから何も問題ないよ!」
少しくらい後悔してるかと思ったけど、まさかこんなにキラキラした目で喜ぶとは……。
「それなら、任務中でも少しくらい会うこともできたんじゃ……」
「ふふっ。ユリア、そんなに私に会えなくて寂しかったの?嬉しいよ」
ケイはニコニコしながら頭を撫でる。心なしか、子どものように扱われている気がする。
私が真剣に聞いてるのにからかうなんて……!
「ふふ、ごめんね。顔を膨らませて、ほんとにかわいいなぁユリアは……」
ケイは私の頬に指で突いた。
「確かにそれもできたかもしれないけど、城の出入りで標的に勘づかれる可能性を少しでも排除しないといけなかったからね」
「標的って?」
「町の大商人の息子だよ。剣闘の時に一番大きな人がいたでしょ?元から現商会長の後を狙っていたみたいで、今回入院していたのをきっかけに会長の座を狙ってたようなんだ」
大きい人……。あ、あのゴリラね!おっと、つい。
大人のくせに情けない……。
その後も、ケイに今回の任務と私たちを襲ってきた奴らの話を聞いた。
ケイによると、お父様たちはかなり前から実情の可能性を懸念していたらしく、秘密裏に調査部隊を潜り込ませていたらしい。
大商人の息子が傭兵を雇い始めた段階で、ケイも緊急派遣されたという。
今回私たちを襲って来たのも傭兵の一部で、ケイが派遣されてから二週間程で百人近くが雇われたそうだ。
私と女騎士が城を出るという情報を聞いたケイは、私を敵から守るために尾行を買って出たらしい。
ケイが傍にいてくれなかったら私今頃……。
ケイはこんなに大変な事をしていたのに、私は会おうと安易に考えていた。
また私自分のことばかり考えて……。
……?ケイが少しムッとした表情で――――
「あぅっ!」
「ほら。また何か余計なこと考えてたでしょ。もし私のことで自分を責めてるならそんなことしないで。私が好きでやってることなんだし、ね?」
私の頬を両手で挟み、私が頷くとにこっと笑顔を見せた。
ケイは本当は優しかったんだ。散々冷たい態度や悪口を浴びせたのに怒る様子もなく。ただ親身に接してくれる私には勿体ないくらいの子だ。
どうせならもっと早く出会いたかった。そしたらこんな捻くれた性格にならずに済んだかもしれない。
「そういえば、ユリア。私のことケイって……」
はっ、そうだった!
色々あって忘れていたけど、私ケイのこと今まで名前で呼んだことなかったんだ!
「ユリアが……私の事を……」
下を向き肩を震わせている。もしかしたら嫌だったのかもしれない。
どうしよう。今まで同年代の子と接する機会が滅多になかったから切り替えしがわからない……。えーとじゃあ―――
「え、ちょっと、ケイ!?」
ケイは私を強く抱きしめた。
「やっと……。やっとユリアが、私の事を名前で呼んでくれたっ…………すごく、嬉しい…………」
ケイの目から落ちた涙が私の顔の表面を流れていった。
「いくらなんでも大げさよ、ケイ。泣かなくたって……」
ケイは袖で目元をこすりつけた。
「だって、私はユリアが大好きで、でもユリアは名前で呼んでくれなくてっ……。私もうこのまま呼ばれないんじゃないかって…………」
今まで私の前では余裕しゃくしゃくとした態度をしていたけど、本当はすっごく悩んでいたんだ。こうして見るとケイもやっぱり女の子なんだ。
私よりも少し身長は高いけど、同い年で大人にも劣らない剣技を身に着けて。私が好きという理由だけで自分の人生までを賭けた女の子。
私よりも色んなことにぶつかって、悩んで、闘ってきたんだろう。
ケイは本当にすごい……。
もしかしたら、私、ケイとなら……
「ケイ、これからもずっと、私の側にいてね…約束よ?」
「うん、約束する。大好きだよ、ユリア……」
☆
城へ戻る途中、昨晩お父様に渡された木箱の事ことを思い出し開けてみた。
そこには白いボールが二つ入っていた。ケイが言うには煙玉らしい。
襲われる前に確認しておくべきだった。でもこれを使わずに済んだのもケイのおかげ。そう思うとケイがとても凛々しく見えた。
もう離れたくないという気持ちが強くなり、私は自分からケイの手を握ってみた。するとケイはぎゅっと握り返してくれ、胸の奥が温かくなった気がした。
これがともだちってやつなのかな…………