見知らぬ女の子
「どう、して……っ!」
「はぁ~い、ケイちゃん~♡」
学園の制服を着た初めて見る女の子に、ケイは青ざめた表情を向ける。
向こうはケイのこと知ってるみたいだし、昔の知り合いかしら。
でも、女の子がにこやかなのに対して、ケイの反応は物凄く警戒してる。
ケイの苦手な人とか?
「ユリア、少し待ってて……」
そう言って、女の子の腕を掴み、廊下の奥に消えていった。
☆
薄暗く人気のない場所に着くと、ケイは少女を壁に投げつけた。
「ちょっとぉ、痛いよぉ~」
「今度は何の真似だ。気まぐれなら今すぐ消えろ……」
ケイは声が響かないように、しかし怒気を露わにして言葉を吐く。
「ふんっ、上からの命令だ。てめぇだけじゃ王女を保証がねぇんだとよ」
「そんな……でたらめを言うなっ!」
「俺がここにいることが事実だろうが、平和にばっか浸かりやがって、頭までお花畑ってか……。ハッ!反吐が出るぜ」
不敵な笑みでケイの横を通り、光が差し込む廊下に歩いていく。
「てめぇは昔から、何も変わっちゃいねぇ、おめでたい奴なんだよ……」
☆
「友だちと久しぶりの再会はどうだった?」
「……ユリア、あいつとは絶対に関わらないと約束して。声を掛けられても無視するんだ。いいね?」
どうしてと理由を聞こうとしたけど、ケイの酷く真剣な目に圧倒されて思わず頷いてしまった。
ここまで嫌う人なんて、そんなに嫌な事があったのかしら……。
詮索は避けておいた方がよさそうかも。
女の子は私たちと同じクラスになった。三年生で編入してくる珍しさと、誰でも笑顔で接する気前のいい人柄で、瞬く間に学園に溶け込んだ。
見た感じとてもよさそうな子に見えるけど、ケイは殺気に近いものを放っている。
別に話すくらい問題ないと思うけれど……。
「私はあの子苦手かも…。何でかわかんないけど、ちょっと怖いんだ……」
「そうでしょうか?人当たりがよく、とても悪い人には思えませんが……」
私もカトレアさんと同じ意見だ。
さっきからう~~っと苦しそうな声がする方へ目をやる。
私の横でイヴちゃんが腕を組んで唸っていた。
「いんや、イヴにはわかるぞ、あいつは相当の手練れだ!ケイ、あいつは一体何者なんだ?」
「私がまだ騎士の養成学校にいた頃、あいつは卒業試験で仲間たちに重症を負わせたんだ。私は別の班だったから、その場に駆け付けた時には、仲間たちは見るに堪えない程の傷だらけで……。中には後遺症が残った仲間もいたんだ……」
ケイは拳を強く握りしめた。力が入っているせいか、体が僅かに震えている。
養成校では優秀だった話くらいしか聞いたことがなかったから、勝手に充実していたものと思っていた。
でもまさか、そんなに酷い事があったなんて……。
「何がどうあっても、私はリルを守るだけよ。万が一にも手を出してきた場合は、容赦するつもりは微塵もないわ」
クロエさんはティーカップを片手に恐ろしい事を言う……。
あの子には悪い気持ちがあるけど、素性も何もわからない以上、ケイの言葉を信じて言われたことをしよう……。
でもある日、それは容易に崩された。
女の子は廊下を歩いていた私を、後ろから抱き着いてきたのだ。
「ふわ~、ユリアちゃんっていい匂いするねぇ~。癖になりそぅ~」
鼻を首元をに当てつけ、楽しそうにしばらくの間嗅ぎ続けた。
しかし触ってくる手の動きは、まるで私の体を調べるように妙な手つきをしていた。
その時、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。
「お前ぇぇええええええええええええええええええええええええええええっっっっっ!!!!!!!!!」
激しく怒りが籠った怒号が近づき、女の子は離れた。
誰かと思い振り返ると、声の主はなんとあのケイだった。
いつもの穏やかで優しい表情からは想像がつかないような、まるで別人と錯覚してしまいそうなくらいに、ケイは怒りを纏っていた。
「よくも……よくもユリアに手を出したなぁっ!!もう許さない、絶っっ対に許さない!!お前だけはぁぁっっ!!!」
剣を取り出し、女の子に切りかかる。でも女の子は滑らかにそれを流していく。
ケイは私が見たこともない荒い剣のさばき方で、女の子を壁際まで追いつめる。
そして、躊躇う様子もなく剣を振り下ろそうとした。
「ケイやめてぇっっ!!!」
叫ぶと、ケイは寸前でぴたっと動きを止めた。
周りには生徒や教員がケイを見つめていた。
その目は紛れもない、畏怖の目だった。
「王女様に感謝するんだな。ばぁーか……きひひっ」
女の子はケイの肩に手を乗せて、何か言うとどこかに去っていった。




