冷気の抱擁
この章では愛するユリアを護るケイが見る世界と、ケイのおかげで比較的平穏な日常を過ごせているユリアの見る世界を描いています。
今後の展開に関わることはありませんが、ケイがユリアを護るための覚悟と行動を見ていただければと思います。
この頃は昼夜の寒暖差が大きくなり始めた。夕陽が斜めに差し掛かる時刻には、影からの涼しいような、多少冷たいとも感じられる風が肌を掠める。
いい加減に制服を冬用に変えるべきじゃないの、とユリアは肩をすくめながら歩幅を小さくして歩く。
ケイはこうなることを見越して、数日前から肩から掛けるには丁度いい大きさの毛布を忍ばせておいた。
ケイはすかさずユリアの肩にそれを掛け、腰に手を回す。
こうすれば温かいでしょと言わんとするように微笑むと、ユリアは夕陽のせいか、いつも以上に顔を赤く染めた。
あと少しで寮に到着するところで、突然、ケイの目元に光がちらつく。
瞬間、ケイは先程までの穏やかだった目の色を変えた。
「ごめん、ユリア。教室に忘れ物したから、先に戻ってて……」
「え?あ、ちょっとぉ!」
ケイは来た方向とは真逆の方向へと走っていった。
ユリアが見えなくなる距離まで来ても速度を緩めることなく、むしろ速めていった。
林の中に入り、半ば八つ当たりをするように地面を蹴りながら、光源に向かう。
少し開けた場所に出ると、中央にある一本の木の下に短髪の一人の少女が立っていた。
その少女を視界に捉えた刹那、ケイは呼吸を荒くしながら目を見開いた。
「久しぶり~、会いたかったよぉケイ~♡」
「お前が馴れ馴れしく私の名前を呼ぶなぁっっ!!!!」
ケイはユリアと出会ってから見せたことがない程に鬼気として、少女の再会の挨拶を断った。
「うわ~、そんなに怒ったらぁ、ユリア泣いちゃう~!」
少女が身をよじらせてその言葉を発した直後、ケイは学園に来てから初めて腰に下げていた剣を抜き、一気に少女と距離を詰めた。
少女も隠していた持っていた剣を素早く取り出し、振り下ろされた剣筋を受けた。
互いの剣が接する刃先から、耳を押さえたくなるような刃先が削れ合う高い音が静かなその場所に鳴り響く。
ケイは一切力を弱めることなく、押し切ろうとする。
ケイの憤怒した形相に反して少女はニヤつき、拮抗した今の状況を楽しんでいるようにも見える。
そして、少女が片足を僅かに後ろに下げると、ケイは瞬時に後方に飛んだ。
「いや~、変わらず元気そうで何よりだよぉ。流石首席で出たことだけのことはあるね~」
「用件を言え、無いなら今すぐに私の前から消えろ。さもないと今度は本気で、斬る……!」
ケイは先程と構えを変え、歯の隙間から呼気を出す。
「まあまあ落ち着きなって、本当はもっとケイちゃんと遊びたかったけど、ちゃんと目的あるんだからさ~」
身に着けている服を煽るように摘まみ、ニヤニヤと見る。
「見て分かるように私は王国の工作員になってね。もうこれが楽しくて楽しく―――――」
「早く言えぇっっ!!!!!」
「はぁ~……しゃねぇな……」
少女の雰囲気は一瞬にして変わった。
声は低く、つぶらな瞳から吊り上がった目に変わり、まるでケイを醜いものでも見るように睨みつけた。
「新しい指令だ。現状、ここを囲んでる小国でくすぶってた頭の沸いた宗教団体が、ここ最近になって活発になってやがるんだとよ。今はまだここは変わりねえみてぇだが、いつ虫どもが寄って来るかわかんねぇ。これ以上まだ聞くか?」
「…………っ」
「ぷぷー!大ちゅきなユリアたんを護る騎士様は大変でちゅね~~~。ばいばぁ~い♡」
少女は風と共に姿を消した。
少女がいなくなったその場所には、ケイの叫び声がしばらく残った。




