愛しい人に贈るもの
忙しかった夏休みもあっという間に終わり、私たちは学園へと戻ってきた。
私たち以外の生徒も家の手伝いだったりで夏休みの実感がなかったという。
みんなには悪いけど、同じように思っていたのが私だけじゃなくてほっとした。
久しぶりに公務が忙しかったから、学園での時間が緩やかに感じる。
あれ、もしかしなくても学園にいた方が使える時間が多いのでは……?
とはいえ、二学期は学園行事にテストと、やらなければならないことが目白押しだ。
緩やかな時間を享受できていられるのも今の内だろう。
それに、私にはもう一つやらなければならないことがある……。
「そうよ、ユリアさん。分量が大事だからね~」
「は、はい…………」
私は料理研究クラブにお邪魔している。
このクラブに所属しているクラスメイトに、料理を教えてほしいと頼んだら快く了承してくれたのだ。
そして、今まさに、今日の料理の最難関に挑戦していた。
先輩曰く、混ぜるミルクと粉末の配分を少しでも間違えるだけで味や質感が大きく変わってくるのだとか。
鍛錬で鍛えた集中力をこんな形で研ぎ澄ますことになるとは思わなかった。
「料理って大変でしょ?地味に見えてかなり体力勝負なところもあるのよ~」
「はい……もう疲れてしまいました……」
「手を止めたらだめよ、ユリアさん!まだ完成してないんだから。ケイさんに自分の手料理を振舞うって決めたんでしょ!」
クラスメイトの子が座りかけた私を鼓舞する。
そうだ、私がケイにしてあげられることを増やすために料理に挑戦してるんだ。城で短い間にハミルトンに教えてもらったレシピだけでもできるようにしておかないと。
何たって再来週は………
・
・
・
「ユリア、最近帰ってくるのが遅いけど、どうしたの?何だか疲れているみたいだし」
「へ?あ、あーっ!私は普通よ!何も心配しなくていいわっ!」
ケイはしばらく私をじーっと見つめた後、小さく笑みをこぼした。
「ユリアはかわいいね」
「な、なな何を言ってるのよ!もう!」
☆
~寮内 共同ホール~
「ケイさん(様)、誕生日おめでとうーっ!!」
ケイが入ってきたのと同時に、みんなで声を合わせ迎い入れた。
一瞬驚いた表情で固まり、ありがとうと微笑むと複数の生徒たちが鼻血を出して倒れ、奥に運ばれていった。
ケイの周りには早速プレゼントを渡そうとする子たちがひしめき合っていた。
みんなのと違って、私のプレゼントはあの中に持っていけるようなものではない。
でも、早くしないとせっかく作ったのに冷めてしまう……。
「………はぁ…、仕方がありませんわね。皆さん、ケイさんが一番にプレゼントを受け取らなければならないお人がここにおりましてよ!」
カトレアさんが手を叩き大きな声で呼びかける。
すると、私とケイの場所一本を結ぶ一本の道ができた。
みんなを見ると、こちらを見てにやにやしている。きっと意図してのものなのだろう。
ケイはその道をゆっくりと歩いてくる……。
「ユリアが企画してくれたの?」
「いつも私の誕生日ばかり盛大に祝われて、不公平だと思っただけよっ……」
「そっか……ふふっ、ありがとう、ユリア。すっごく嬉しい」
満面の笑みを向けるケイはとても輝いて見えた。
これだ、私はケイのこの顔を望んでいた。
これから渡すものでも、この顔が見れるだろうか……。
「ユリアちゃん、渡すんでしょ?」
「…………あ、あのねっ、ケイ……これ、作ってみたの……」
私の中でのアップルパイを差し出すと、再び驚いた表情を見せた。
「これ、私の……」
「ま、不味かったら捨ててもらって構わないわ!」
形は楕円形。切ってみてもすぐにクリームが横からはみ出し、見栄えなんていう言葉にかすりもしないそれは、美味しいはずもない……。
ギリギリまで粘って作り直したが、間に合わなかった。
だけど何も出さないよりはマシかと思った。
「こ、好物って言ってたじゃない?だから……」
ケイはそれ以上何も言わず、ゆっくりと口に運んだ。
すると、ケイは静かに涙を零し、お皿をテーブルに置いた。
「ケ、ケイッ!?」
そんなに不味かったのかしら……!
あんなに頑張ったのに味もだめだなんて……。
やっぱり、私はケイを満足させられることができな――――
落胆しかけていた途中で、ケイは私を強く抱き寄せた。
「…………っ……ありがとう……本当にありがとう…………。今日の事は一生忘れない……愛してる、ユリア……」
「もう…大袈裟よ……。でも、喜んでくれたなら嬉しいわ……」
「はい。ユリアちゃんも拭いてっ」
何故リルがハンカチを差し出してきたのか不思議がっていると、ケイが自分の目じりに触れて教えてくれた。
真似て触れると、私も目じりの下が濡れていた。
嬉しいはずなのに泣いているなんて、私にはまだわからないことが多いようだ。
「お誕生日おめでとう、ケイ…………」
「……ありがとう、ユリア……」




