妹なら姉の愛を望んでも問題ないよね?
朝、庭先から聞こえる小鳥の歌に耳を楽しませながら、ソフィーさんの美味しい朝食をいただく。
昨日までへこんでいたケイも、だいぶいつもの調子を取り戻したようだ。
お婆様は何故か離れの小屋で朝食をとっているそうだ。あの人の考えていることは当分わかりそうにない。
レイラさんはいつものように学校へ。毎日朝から夕方までまで勤めて感心する。帰宅されたら労いの一つでも言ったほうがよさそうかも。
「………………。」
いつも先にダイニングでケイが降りてくるのを心待ちにしているあのエミルちゃんが、朝食の時間になっても降りてこない。
やっぱり昨日のことまだ怒っているのか。私も、年下相手に妬いて張り合ってしまうなんて……。
でも、今回のは私を目の前にして結婚だとか、自分たちの、こ……ここ子どもとか聞き捨てならない発言があったのだしっ、アザレアの立場として間違ったことはしてないはず……!
ケイは何か閃いてたようだけど、結局何をしたのだろう。
ケイに限って何もしなかったというのは考えにくい。あとで聞いてみよう。
どちらにせよ、今の気の悪い空気を換えるためにもエミルちゃんにはあとで謝っておこう。
「ところで、ケイ。今日はいつもと雰囲気が違う服ね、どこか出かけるの?」
「あぁ、実は今日―――――」
ケイが言いかけたところで、ドタドタと勢いよく階段を下りてくる音がした。
二階にいたのは一人だけだったため、音の正体が誰なのかすぐにわかった。
「おはよう、お姉ちゃん♡見てみて、この服!どう?似合う?」
昨日の落ち込み具合がまるで嘘の出来事だったように明るい!!
いつもよりも数倍増しに明るいエミルちゃんが下りてきた。
白いベレー帽に白い水玉模様が入った水色のスカート。
白いヒールとナチュラルなメイクでいかにもお出掛け用の身だしなみだ。
くるりとひと回りして、片目を閉じて前にかがみながら露骨にケイにアピールする。
「すごく似合っていてかわいいよ、エミル」
「えへへ~、私、この日が来るのをずーっとずーーーーっと楽しみにしてたんだよ!それで昨日なんて眠れなかったんだから!」
おぉ、すごい……。今日はあざとさも増しましだ。
スカートの中が見えるか見えないかの絶妙な加減でその場を飛び、スカートをひらつかせる。
前々から思ってたが、エミルちゃんのこの技はどこで身に着けたのか。
まさかこれもお婆様が…!?
そう考えると……うっぷ………
「も~、何してるの!ほら、早く行こ!」
ケイの腕を掴みながら準備をするように催促する。
実はさっきからひとつ懸念がある。
ケイとエミルちゃん、二人は完全にお出掛けスタイルだ。
そして、さっきのエミルちゃんの発言と喜び具合。
これはもう、ほぼ確実にアレだろうけど、敢えて確認してみた。
「二人は一緒にお出掛けでもするの?」
「そうなんですっ!今日は『お姉ちゃんとデート』なんですぅー!!昨日の夜にお姉ちゃんが手紙で誘ってくれて……もう、私は、私は…………っ!」
へーーー…………
「ま、待ってユリアっ、そんな顔しないで!エミルが喜んでくれそうな事で思いついたのがこれくらいだったんだ。少し買い物したら戻ってくるから」
そう言って二人は買い物とやらに出て行った。
しかし、実際に戻ってきたのは日没後だった…………
戻ってきた時、エミルちゃんはルンルンとして鼻歌を歌うほどに満足気だった。
対してケイは、私を見るなりエミルちゃんにあちこち振り回されたこと、早く戻ろうと努力したことなど遅くなった言い訳を並べた上で謝った。
何度も何度も……
「本当にごめん、ユリア。お願いだからこっちを向いてくれないかな……?」
「……………………ぷふっ、あはははっ!ごめんなさい、ちょっとからかい過ぎたわね。安心して、怒ってないわ。もぉ、ケイったら、戻って来るとすぐに謝るんだもの。確かに出掛ける直前まで何も伝えられなかったのは少し嫌な気持ちだったわ。でも、よく考えればあれだけケイのことが大好きなのに2年も会えなかったんだから、一日くらいそういう時間があっても別にいいんじゃないかって思ったの。けど……次からは……ちゃんと言いなさいよね……っ」
「ありがとう、ユリア……愛してるっ!」
ケイは安堵した表情の後、私の胸に飛び込みそのままベッドに押し倒した。
バンッッッ!!!!!
「お姉ちゃん見て!今日選んでくれたリボンつけてみたんだけ、ど…………」
「エ、エミルちゃん!?!?ハッ……!」
突然ドアを開けて嬉しそうに登場したのは束の間だった。
キラキラとした目の輝きは一瞬にして消えた。
「こここれは違うのっ!!」
「……………~~~~~っっ!!!」
エミルちゃん渾身の叫び声は家全体を揺らした。
「ふふっ、あの二人が来てくれると賑やかで楽しいわね。ね、レイちゃん」
「元気がいいのは何よりだ………………まあしかし、元気すぎるのも問題だな……」
☆
案の定、エミルちゃんは日付が変わってもご立腹だった。でも考えられる理由はもう一つ、今日は私たちの滞在最終日なのだ。
「ねえ、やっぱりケイから何か言ってあげた方がいいと思うの。このまま帰ってしまうのはエミルちゃんに悪過ぎるわ……」
「うん、そうだね……。エミル、昨日は……」
ダァンッッ!!!
強くテーブルを叩かれ、ケイは言葉切った。
ここまで怒るのも無理はない。
私たちがここに来てから純情な乙女の気持ちを乱された挙句、さっさと帰ろうとしているのだから。
これは流石のケイでも納得させるのには困難を極めそうだ。
「……………決めた。私、お姉ちゃんの学園に行く!!」
「えぇっ!?あっ……」
思いもしなかった一言に声が出てしまった。
「待ってエミル!私たちの学園はここから遠い場所にあるんだよ!?ここには偶にしか戻れなくなるんだよ?」
動揺してレイラさんに視線を移す。反して、レイラさんは驚く様子もなく、静かに目を閉じて腕を組んでいた。
「エミル、安易な考えで言ったならばすぐに取り消せ。あそこは半端な気持ちの人間がくぐっていい門ではない」
半端な気持ちどころか、嫌々ながらに入りました……。
私は自分の気配を限りなく消した。
「私、本気だもん!!私のお姉ちゃんへの愛は母様が思ってるほど軽くないもん!!」
「でもエミル……っ!」
「はいそこまで!」
さらに白熱しかけた口論にソフィーさんが待ったをかけた。
「も~、二人ともすぐに熱くなるんだから。今すぐに入るわけでもないんだから、改めてお話しましょ?エミルもそれでいい?」
エミルちゃんは目に涙を浮かべながら頷いた。
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「さっきはどうしてエミルちゃんの気持ちを削ぐようなことを言ったの?エミルちゃんのことだから応援すると思っていたのだけど」
ケイは荷物を整理していた手を止めた。
「私の中のエミルは、子犬でさえ怖がっていた小さい時のままで止まっているんだ。そのエミルがここを離れると考えたら心配で……」
下げた顔に影がかかる。
成長しても幼少期の視点が定着したままというのは、世間の姉の立場にある人にも一部共通するのだろうか。
「それなら、私と同じようにエミルちゃんも守ってあげたらいいんじゃない?」
「っ…………!」
ケイはハッと驚いたような表情で私を見ながら固まった。
「…………ぷふっ、あははははっ!そうだね……うん、私が守ればいいだけなんだ……!」
励ましの意も含めて冗談で言ったつもりが、あっさりと納得してしまった。
まあ、ケイが笑顔になったからよしとしよう。
「…………ねえ、ユリア……もし今言った事が少しでもユリアの望むことなら、ひとつお願いがあるんだけ……」
「…………?」
「高等部に入ったら、剣を手放してほしいんだ…………」




