エミルちゃんとケイのお婆様
エミルちゃんが目を赤く腫れさせて、公園のベンチで寝ていたのをお婆様が偶然見かけたという。
家に入ってきたエミルちゃんはお婆様におぶられていた。
そのエミルちゃんも今はすっかり目が覚め、少しは落ち着いたのかと期待した。
しかし、夕食を済ませた後も空腹は満たしても機嫌までは満たせなかったようだ。
ケイが何度も機嫌を直すように説得を試みても、頬を膨らませてそっぽを向き続けた。
日中はケイと同化するんじゃないかと思うくらいにべったりだったのに、今はその様子が全くない。
エミルちゃんにここまで怒られた経験がないらしく、ケイは考えが詰まったように頭を抱えた。
ケイが困った表情しているのをただ横で見ているだけではなく、何か手伝いたい。
かといって、姉妹兄弟のいない私にこの手の名案は浮かぶはずもない。
こういう時、姉妹のクロエさんならどうするだろう……。
…………だめだ、参考になりそうにない。リルが怒っても「そう、なら勝手にすればいいじゃない……」などと言って逆に離れてしまいそうだ。
あぁ~~~~どうしたらいいのぉぉ~~!?
「おい、ケイ」
お婆様は男でも来たのかと勘違いしそうな口調で声をかけ、体重を乗せて深く椅子に座った。
「昔、ワタシがお前に教えたこと、もう忘れちまったか?愛する女が泣いた時には、どうするんだったか?」
ケイは数秒間固まると、ハッと何かに気づいたように立ち上がり、自分の部屋へと駆け上がった。
何か解決策を閃いたのなら喜ばしいことだ。
でも、今度は私に新たな問題が発生した。
「……………っ」
気まずい……。
さっきまでケイが仲介の役目を果たしていたのに、急に1対1になって距離感もなにもない。
しかも相手はお婆様だし、私の苦手なタイプの人だし、『苦手なタイプの人』だし!
だからって今ここから離れると何を思われるかわかったもんじゃない。
ケイ~~はやく戻って来て~~!
「ユリアさんと言ったかい。あんたぁ……孫のことどう思ってるんだい?」
唐突に話しかけてきて体が先にビクッと驚いた。
孫?たぶんケイのことだろう。どうして急にこんなことを聞いて来るのか。
嫌がらせのつもりならこんな真剣な目で見ないはず。なら隠すことでもないし、私が思っていることをそのまま伝えるだけ。
伝えるだけなんだけど、その前に……。
こっっわい!!え?あの目なに!!真剣の目という解釈は本当に合ってた??睨んでるようにしか見えないんですけど!ここで下手な事を言えば神の審判を受けることになるのは必至……!
というか、私、この国の王女なのよ。
これくらいの圧で屈したら王女の名折れ、これも何かの試練だと思って挑むのみ!
「はい、率直に申上げさせて頂くと、わたくしのような人間に深い愛情を注いでくれるお孫さんの事は僭越ながら大変好意的に思っておりますし、今後も許される限り添い遂げたいとも考えております……」
「…………硬ぇな、普段のあんたはそんなんじゃねぇだろ。もう一度聞く、アイツのことどう思ってるんだい」
がさつそうな人なのに妙に勘が鋭い。王女として丁寧に答えたというのに。
あ、そうか、今の私は王女として答えたからお婆様に届かなかったのか。
だとすれば、一人の女として、ケイへの素直な気持ちを言おう。
「…………私は、ケイのことが好きです。それ以上はあっても、それ以下はありません……」
返答を聞いたお婆様は俯き、しばらく沈黙が続いた。
「ふふ……ふふふ…………ふぁーーっはっはっはっはっはっ!!いいねぇ~気に入ったぁっ!!着いてきな、アイツの昔ばなしでも聞かせてやろうじゃねぇか!!!」
何とか最悪の事態は免れたようだ。
でも、まだ二人の時間が続くのか……。
☆
連れてこられたのは庭を裏から出て、雑木林の道の細い木のトンネルを通った先にある木造の小屋だった。
鬱蒼としていて気味が悪い。気に入ったとか言って、大きい窯の中に放り込まれてぐつぐつと煮込まれるのでは?
戻りたい、どうしてこんなことに……。
中に入るとロフト付きの一部屋に、様々な工具や作りかけと思われる物がたくさん置いてあった。
机も上は丸めた紙と道具で溢れ、壁には何かの設計図や地図や掛けられた工具で埋められていた。
こうしてみるとがさつな人という推測は合っていたようだ。
自分で作ったという木の椅子に腰を掛けると、お婆様は落ち着いた面持ちで語り出した。
「ケイは昔から純粋で真面目な優しい子でな、いつも泣き虫だったエミルを助け支えてあげてたんだ。その姿を見てた連中は、大人子ども関係なく頬をピンク色に染めてたもんよ」
ケイは今も昔も、優しい性格は変わってないんだ。
幼少の時期というのは、環境によって心情が特に左右されやすいと聞く。
きっと今聞いたことを何度も重ねていく途中でケイに特別な感情が沸いたのだろう。
今もそうだけど、当時のケイもかっこよかったに違いない。
エミルちゃんが姉妹でも惚れてしまうのが、今の私にはわかるかも……。
「でも、あれは5歳の時だったか、王都のパレードを家族四人で見に行った日以降、まるで何かに取り憑かれでもしたようにレイラの特訓に没頭したんだ」
出会った時にケイが言っていた私を好きになった理由を思い出し、顔が熱くなる。
半ば大袈裟に言った事と思っていただけに、嬉しさと恥ずかしさが交互に襲ってくる。
「特訓とか言って酷な事をされて、ワタシはすぐに弱音を吐くと思っていた。でもよ、アイツは逃げなかった。それどころかもっと特訓を付けろと頼みやがった。あれにゃワタシも熱いものを感じたよ」
ケイはそこまでして、私のために……。
だめだ、その時のケイの顔が浮かんで心臓のドキドキが収まらない……!
「だからワタシもアイツに何かできねぇかって考えて、教えてやることにしたのさ………恋愛の極意を」
………はい?
「アイツは呆れる程に純粋なやつだったから、魅せられた女たちの誘惑にも全くなびきやしねぇ。エミルは周りの女たちからアイツを守るのに苦労してたもんよ。だから言ってやったんだ、そんなんじゃ本当に守りてぇもんも守れやしねぇぞ、てな!」
言っていることは確かかもしれないけど……
まさかこの人、ケイに変な事吹き込んでないでしょうね……!
というかエミルちゃん、その時から苦労してたんだ……。
「まずはアイツに自信をつけさせることにしたんだ。そんで、ケイの魅力で攻められた女は誰だろうと一発ってな!!」
ちょっと待って……てことは……っ!
「あのぉ、お婆様?確認ですが初対面の女子に対してどのようにアプローチをかけるのかというのも教えられたのでしょうか……」
「おうよっ!アイツは勘がいいからなぁ、すぐに覚えやがったよ!だが、あんたのこと以外じゃ点でだめだった。でもまぁ、こうしてアイツの夢も叶ったことだし、教えた甲斐があったってもんだなぁ!」
そうか、そうだったんだ……
出会った最初の頃、いきなりキスしてこようとしたり、上から目線でなめたような態度をとっていたのも、全部この人の仕業だったんだ……。
純粋で真面目だったからこそ、この人の言う事もちゃんと聞いてしまったんだ……。
よくも……よくも純粋でかわいかったであろうケイの心を汚してくれたものだ……!
私は婚約者のお婆様だからと込み上げる怒りを噛み殺すようにして抑えた。
穏やかに、平静を装い、言葉にする……。
「今後はケイのことは私にまかせて、お婆様はこちらが送る高級茶をどうぞお楽しみください(おばあさんは私たちが高級のお茶でも用意するから、これ以上ケイに口添えしないで!)……」
私はおばあさんに満面の笑みを残し、一人で母家に戻った。




