嫉妬は甘くも苦くもなる
「ただい――――」
ケイが帰宅したことを報告する一言を言い終える前に、突如として何かが私の横にいたケイを視界から消した。
そして背後からドサッと物が落ちたような音がした。
体ごと振り返ると、一人の少女が誰にも渡さないと受け止れそうなオーラを放ち、それはもう強くケイを抱きしめていた。
かなり勢い強く飛び込んでいたため、私は怪我をしていないか心配になった。
「エミルちゃん…………大丈夫?」
問いかけても返事がない。
近寄ってみるとすすり泣い、て…………
「すぅーーーーーーーっ………はぁ~~~~~~…………本物のお姉ちゃん匂いだぁ~」
ケイの胸に鼻を押し当てて恍惚とした表情で匂いを嗅いでいた。
今のエミルちゃんは私を認識していないのか、こちらの呼びかけにも全く応じない。
続けてケイの頬に両手で押さえ自分の顔のある向きに固定し、純粋無垢な女の子の笑顔になる。
「ねえ、お姉ちゃん。最後にエミルを見たの、いつか覚えてる?」
「え、えっと………たぶん2年前、かな……?」
「違うよ。2年と13日3時間41分54秒……………私とお姉ちゃんはこんなにも会ってなかったんだよ。お姉ちゃんならわかるよね、私がどれだけお姉ちゃんが大好きかって……大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きでだ大好きで大好きで大好きで大大大好きなんだよっ!…………それなのにお姉ちゃんは1年どころか2年以上も帰ってこなかったよね。確かにお姉ちゃんはすぐには帰ってこれないかもって言ったよ?でもその間大大大好きなお姉ちゃんに会いたくても会えないこの苦しみ、お姉ちゃんはわかる?私はお姉ちゃんと一緒にいたい……ううん、お姉ちゃんがほしいもうお姉ちゃんを離したくない。お姉ちゃんが悪いんだからねいつもいつも私を置いて遠くに行っちゃうから。お姉ちゃん、私と結婚しよ?子どもたちと一緒に幸せになろ??姉妹だからなんて関係ない。そんなの私のお姉ちゃんへの愛の大きさに比べたらほんの些細なことだから。ほらお姉ちゃん、婚姻届♡あとはここにお姉ちゃんの名前を書くだけだよ……?さあお姉ちゃん早く書いて!愛を受け止めて!!お姉ちゃんっ!!お姉ちゃっっ―――!?あいったぁ~~っっ!!」
「いい加減にしないかエミル!ユリア様の御前だぞ!」
「だって母様ぁ~~~っ!!!」
頭を押さえて涙を浮かべるエミルちゃん。
エミルちゃんに押し倒されて上半身を起こしたまま、エミルちゃんの頭を撫でるケイ。
エミルちゃんのことで私に謝罪をするレイラさん。
また私の周りが賑やかになりそうだ……。
☆
あの後すぐにレイラさんは勤めている学校へと仕事に行ってしまった。
家を出る前だったのに突然来てしまって申し訳なさが残ってしまう。
ソフィーさんは町の市場に買い物に行っていて、家にいるのは私とケイとエミルちゃんの3人だけ。
それをいいことにエミルちゃんはさっきからケイの腕に絡みつき、離れる素振りを一切見せない。流石のケイも少々困った様子だ。
それを目の前にしている私は、出来る限り心に波を立てないように努めた。
何せケイとエミルちゃんは血縁関係にある正真正銘の姉妹なのだから、姉妹愛が強いことくらい十分にあり得る話だ。
ちょっと結婚するとか子どもを作るという発言を耳にしたくらいで、ただの姉妹仲の冗談に過ぎないだろう…………
そう、思っていた…………
しかし、私の心だけはこの考え方とは別の動き方をした。
出会った当初こそ嫌いはしたものの、最終的に好きになってしまった相手が、姉妹とはいえ他の女の子とくっつき、その女の子は今まさにキスしようとしてるではないか!
もう何年も独占していたケイの横という特等席を奪われているだけでなく、ひとつひとつの大事な二人だけの思い出が詰まったキスを他の子にもすることは、その思い出も軽薄なものになってしまうと心が警告する。
多くの人、特に私のような情緒が不安定な人間は、一度心が揺さぶられてしまうと正常な判断がつかなくなる。
そして、心の動きに合わせて体が自然と動いていく……。
「ユリア?どうしたの、急に腕に摑まって?」
「ちょっとユリアさん!今お姉ちゃんは私との愛の確認で忙しいんです!用事があるなら後にしてください!」
「わ…私のケイなんだからぁっ、べ、別にこれくらいいいでしょ!…………そうよね、ケイ……?」
上目で問いかけるとケイの顔はみるみる赤くなり、背もたれに倒れた。
「ちょっ、ケイ!大丈夫!?」
放心とした表情で少し息が荒い。
自分がいけないことをしてしまったのかと不安になる。
声に反応してゆっくりと顔を向けると、一瞬驚いた表情を見せて両手で顔を隠した。
「ケイ……私の言った事、間違っていたの……?」
「ごめん、そうじゃないんだ。ただ…………ユリアがかわいすぎて、どうしたらいいのかわからなくなっただけなんだ。ユリアが言った事は何も間違ってないよ。ユリアが私をそういう風に思ってくれた事、これ以上にないくらい嬉しいっ…………」
「ケイ…………っ!」
「うぅぅ…………うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!お姉ちゃんの女たらしいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」
エミルちゃんは誤解を招きかねない言葉と共に泣き叫び、外へと飛び出した。
直後玄関の方からエミルちゃんを呼ぶ懐かしい声が聞こえた。
どうやらすれ違いで帰ってきたようだ。
「あら、二人とも来てたのね!おかえりなさい、少し待っててね、今からケーキ作るから。あ、そうそう、エミルが飛び出していったんだけど何かあったの?」
ソフィーさんには適当な理由で誤魔化した。
☆
夕方になり、私たちはソフィーさんの夕飯の準備を手伝っていた。
すると玄関の扉が開く音と一緒に、聞きなれないおばあさんの声がした。
歩く音がダイニングの方へと近づいてくるが、二人とも特に驚く様子もない。
「お?おぉっ!?ケイじゃねぇーか!!!ちょっと見ない間に随分と大きくなりやがってぇ!!」
「久しぶり、おばあちゃん」
お?
おおおおおばおば、おばあちゃん!?!?!?
おばあちゃんと呼ばれたその人は、私が想像していたケイたちのおばあちゃん像とはあまりにも乖離しすぎていた。
まず、口調が荒い。
服はどこの民族衣装ともわからないもの、天然がかかったもじゃもじゃのパーマ、動く度に鳴るいくつものアクセサリー。
そして…………
「ほぉーーっ………あんたがケイの嫁さんの、あー……アザ何とかだったか?ケイ~お前もいい女に目をつけたなぁ、流石ワタシの孫だよ!だぁーっはっはっはっ!!!」
私はすぐに悟った。
この人、苦手かもしれない……………




