多忙な王女さま
「二人とも、またいつでも遊びに来ていいからね!」
「ダリア、二人は公務で来たのよ?でも遊びに来ていいのは本当よ。その時を楽しみにしているわ」
「はい、それではまた―――――」
馬車に乗ろうと振り向きかけたその時、アリス王女が控えめな力で裾を掴んだ。
「……………また、遊んでください……………ユリア様…………っ」
私がプレゼントした本で口元を隠し、上目遣いで大きな瞳を見せる。
同時に裾を掴んだ手が僅かに強くなった。
「あら、アリスがこんなことを言うなんて。余程ユリアさんのことが気に入ったのね」
人見知りで口数が少なく、表情の変化も乏しいため、対面した当初は仲良くなれるか自信がなかった。
でも、今こうして、また私と遊んでほしいと言ってくれている……。
心から嬉しい……!
「ありがとうございます、アリス王女。またお会いできるのを楽しみにしています!」
アリス王女は私たちを乗せた馬車が門を出てからも、見えなくなるまで家族三人で見送ってくれた……。
雄大な北の大地を治める国、ハリスベン公国……か。初めて経験することばかりの楽しい国だった。
王族にしてはあまりにも気さくで、どこか庶民的な温かみのあるリンツさんとダリアさん。
お二人とは対称的に寡黙で人見知りな、それでも私を認めてくれた、雪の妖精と言えば誰もが納得してしまいそうなアリス王女。
また会いたい。また来たい。新しい繋がりで私の世界がどんどん広がっていく。
今回は公務という形で外国を訪れたわけだけど、ただの公務だったらリンツさんたちとの交流で終わっていた。
でも私にはケイがいた。
ケイがいてくれたから、この国のことを深く知れたし、また来たいとより強く思わせてくれた。
ケイが一緒なら、私はどこへでも、どこまでも行ける気がする。
ケイと出会わなかったらと思うと背筋がぞっとする。今回の予定を前倒しにした数日間の訪問も、もっと言えば学園に行くこともなかったかもしれないから。
だから私はこれから、ケイに何度でも言おう…………
「ねえ、ケイ」
「……?どうしたの?」
「いつも一緒にいてくれてありがとう…………大好きっ……!」
☆
城に戻って以来、処理しては追加されていく申請書類に目を通して、サインを書き記していく作業が延々と続いている。
ここに戻ってからどれくらい経っただろうか。ついこの前の出来事が既に懐かしく感じてしまう。
自分の名前を何度書いたかなんて50回あたりから数えていない。違う、脳がそれ以上数えていたら、精神的にも身体的にも苦痛が増すと判断して、無意識的に数えるという処理を無くしてくれたんだろう。
ありがとう私の脳。お陰で何も考えることなく手だけが勝手に動いてくれて、疲労が最小限に済んでいる。
あれ、疲労ってなんだっけ?どういう状態の時が疲労って言うんだっけ?今は息切れもしていないし、疲労していないのでは?
仮に疲労していたとして、今までどうやって疲労を解消していた?
疲労?拾う?披露?あれ、私、今何考えてた?そうだ作業に戻らないと…………。
…………あ、書き間違えた。
すると、食器同士が当たるような音と一緒に、視界の隅に小皿に乗せたティーカップが現れた。
出てきた方向に視線を向けると、優しい顔をしたポニーテールの少女がいた。
その顔を見た瞬間、私は少女のお腹に顔を擦り付けた。
「ケイ~~~~!助けて~~~~~!」
「うーん、出来ることなら私も手伝ってあげたいけど、これはユリアにしか出来ないことだから……」
「もう私限界よ~!これ以上続けたら死ぬわっ!確実に死ぬ!」
「ふふっ、私がいる限り死なせたりなんかさせないよ。それじゃ、少し休憩しようか。お菓子も持ってきたし」
・
・
・
「どう?少しは調子戻ったかな?」
「ううん、まだ足りない…………」
「……?立ち上がってどうしたの?」
私は黙ったままケイの膝の上に座った。
「ぎゅってして……………頭撫でて……………」
「っ……!ユリアはいつからそんなに甘えたがりになったのかな?おいで……」
私は言われるまま体をケイに預けた。
「すごく疲れてるのに、お役目のために頑張って、ユリアは偉いね…………」
☆
「ん~~~~…………やった…………やったわ、ケイ!!遂に紙地獄からの解放よっ!!」
「おめでとうユリア。よく逃げ出さずに最後まで頑張ったね」
「でも私、もうしばらくは何もしないから!絶っっ対によ!!公務もお役目もしないんだから!!」
「そっか……実家に戻ろうと思ってたんだけど、また別の機会に回そうかな――――」
「行くわぁっっ!!!」
こうして再び、私たちはケイの実家に行くことになった。
でも、この時の私は、まさかあんな扱いを受けるなんて想像もしていなかった…………




