北の国にお邪魔しました!
ケイの手を借りて降り立ったのは、大陸の北に位置する国、ハリスベン公国。
一年を通して冷涼な空気に包まれていて、行き交う街の人々も長袖の衣服を身に着けている。
遠くに見える山脈の山頂付近には白いクリームが、いや、雪が確認でき、これでも夏季にあるというのだから驚きだ。
こちらの国との寒暖差で体調には特に気を付けなければならない。
公務ということで事前に下調べをある程度してきた。
ハリスベン公国は大陸にある国の中で最も広大な国土を有していて、ここよりさらに北はあまりに極寒かつ過酷な環境らしく、未開拓地がほとんどだそうだ。
そのため、ここの王都は比較的環境に恵まれており、人口も多い。
訂正、とてつもなく多い。
私たちの王都よりも人口は5倍、面積は15倍。加えて、出てくる食べ物もとにかく大きい。
ケイとのデー……散策をしていると、顔と同じ大きさのサンドイッチも見つけた。もちろん美味しく頂いたけど、一人で食べるには大きすぎたためケイに3分の1に分けてもらった。
ここまで自分の小食体質を恨めしく感じたことは恐らくないだろう。
ふっくらとした白いパンの間に、新鮮で歯ごたえのある野菜、少し辛味が効いた特性ソース、肉汁が抑えられたひき肉のソテーが挟まれ、一口入れる度に口の中で盛大なパレードが開かれた。
この店には是非とも私たちの国で二号店を開いてもらおう。
さらに街を歩いていると、どの家屋も地面より高く建てられていた。これも下調べの時に資料で確認済みだ。
要は年間の積雪量が多く、積もると外に出られないため敢えて高めに建てているのだそうだ。
この国の人からすれば不便な話かもしれないけど、外国人の私からすれば見慣れない街の光景に趣きさえ感じる。
でも、冬に来なくて正解だったと思う。
☆
数日の観光気分を堪能したところで、今回の目的である公務に気持ちを切り替えなければならない。
面倒だしもっと遊んでいたい気持ちは全然あるけど、決まっていたことだし仕方がない。
公務にはあの正装を着なくてはいけない。
でも、その後の出来事がそれをすぐに忘れさせてくれた……。
「かわいい~~~~~!!!ケイ、すっっっごく似合ってるわ!!!」
なんと、舞踏会の練習の時にケイが一度だけ着たあの白いドレスを、再びお目見えすることが叶ったのだ。
もう二度と見れないと思っていたため、興奮と感動がしばらく収まることはなかった。
何でも、こちらの王女様がケイのことを聞いて、華やかな衣装で来るようにとの要望をかけたそうだ。
とはいえ、普段からドレスどころかスカートも一切身に着けないケイにその手の衣装などあるはずもなく、来る前に私に秘密で急遽取り寄せたという。
これを見れただけでも十分満足だ。ケイは顔を隠して耳まで真っ赤になっているけど、今回は公務という逃れられない名目がある以上、今日一日その可愛らしいドレスを着たままでいるのは必至。
羞恥に溺れるケイを見れば見るほど、口角が上がったまま元に戻るのを拒む。
王女様がどんな人なのか定かではないけど、最高の要望を出してくれたことに間違いはない。
最良な関係を築けそうだ。
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お城の前に到着すると、高らかなラッパ音とともに重厚な門がゆっくりと開いた。その先で待っていたのは二人の女性だった。
左の女性はベージュカラーのチェスターコートを身に着け、大きな宝石にハリスベン公国の紋章が入ったネックレスをしていることから恐らく女王様だ。
で、右の女性は対称的に庶民的な民族衣装を身に着けている。
一応お城の関係者なのだろうか?場所が場所だけに似つかわしくない格好だ。
「この度は遠いところお越しいただきありがとうございます!」
女王と思われる女性が笑顔で手を伸ばしてきた。
「こちらこそお招きいただき感謝しています」
「ここは寒いですよね。とりあえず中へ案内しますね」
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「改めて、ハリスベン公国へようこそ。私はこの国の女王のリンツ・レイナードです。こっちは私のパートナーのダリア・ノーランよ」
「ちょっとリン、紹介が雑すぎじゃない?」
「あら、来賓を前に正装も身に着けない人間なんて、これくらいで十分よ」
「何言ってんの。これだって伝統のある立派な正装じゃん!」
「そういうのはパーティーで着ればいいでしょ~?大体、ダリアはセンスがないのよっ」
「なに~っ!?」
何故か痴話喧嘩が始まってしまった。
周りのメイドや騎士たちも二人をなだめようとあたふたしている。
最初は清楚な人かと思ったけど、一瞬にして裏切られてしまった。パートナーのダリアさんも美人で大人の女性の雰囲気を感じていたけど、結構挑発の耐性に難点があるようだ。
国を代表する大人二人が目の前で子どものように言い争っている。でも、こんなに温かみのある言い争いを見るのは初めてだ。
これがカップルの在り方の一つなら、少し羨ましい……。
大広間がざわついている中、私が一人で和んでいるとケイの咳払いが響き、すぐさま平静を取り戻した。
「あははは……来賓の前というのにお恥ずかしいところを見せてしまったわね。本当にごめんなさい……」
「私からも、どうもすみませんでした……」
「いえ、お二人の仲睦まじい様子の一端を拝見できたので、何も問題ありませんよ」
お二人は申し訳なさそうにしながら、私たちを城内のとある場所に案内した。
「アリスー?いるのでしょー?開けるわよー?」
リンツ女王が扉を開けると、そこには白髪のおとぎ話に登場する妖精のような少女が毛皮の絨毯に座っていた。




