迷える想い人
今の私は普通じゃない。普通でいられるわけがないじゃないか。
恥ずかしがり屋のあのユリアが、私に勇気を出して好きって言ってくれたんだ。
おかげで今の私は以前の比じゃないくらいにユリアに惚れている。
私の最愛にして絶対的な至宝であるユリアを傷つけてはならないと自分の欲を殺し続けた。
でも、もう限界だ。
そう、このグラスに注がれる水が溢れ出るように……………
「ケイ!!水がっ!!!」
「え…………?」
ユリアに言われて気づいた時には零れ出た水が周りの皿を浸していた。
頭の中がユリアのことでいっぱいになって、自分で水を入れていることを忘れていた。
ユリアが横で慌てている。かわいい…………
「やっほーお二人さん♪うわー、やっちゃったね~…」
「ケイ、お前正気なのか?目が虚ろになってるぞ?」
リルさんとイヴか。ユリアとの時間はまた後で楽しむとしよう。
「え?あぁ、正気だよ。問題ない」
「なら拭けよっ!!」
☆
「クロエさんとカトレアさんは?」
「姉ちゃんは調べものがあって遅れるって~」
「カトレアも同じような理由だ。ただ、ぶつぶつ言いながら何か作ってるようだったんだ。イヴには気味が悪くて近寄れなかったぞ…………」
「二人も大変なのね…………私も頑張らないと!」
ユリアが小さな手で拳を作って意気込んでる。かわいい…………
今突いたりしたら怒るかな……?それとも………
反応が見てみたい。どんなことでもユリアならかわいい結果が見えてるけど。
「きゃあぁっ!!ちょっとケイ!いきなり何するのよ!」
ユリアは体を反らせるようにその場に立った。
やっぱり怒ったユリアもかわいい。
「ユリアは何してもかわいいね」
「なぁっっ!?」
あ、赤くなった。面白いなぁ、かわいいなぁ………
次々に変わる反応を見るだけでどきどきが止まらない。
あぁもう最高だよ。今すぐにでもキスしたい。抱きしめたい。
ここでそんなことをしたら嫌がるだろうな……。
でもその嫌がる反応も見てみたい…………
……………やっぱりだめだ。今の私がユリアの横にいると邪なことしか考えが浮かばない。
目をつぶってもユリアのかわいらしく甘い匂いがいけない私を誘惑する。
イヴの言う通り今の私は正気じゃないな。これ以上私の気まぐれでユリアを怒らせてもいけないし、ここは先に部屋に戻っておくべきかな。
「イヴの言う通り、今日の私は疲れているみたい。ユリア、私は先に寮に戻っているよ…………」
「え、ケイ………?」
・
・
・
部屋に戻ると真っ先にベッドに身を投げた。
灯りを点けず、窓からの光だけでほぼ真っ暗な部屋だが、それでも目を閉じてさらに自分の視界を黒に染める。
とにかくさっきからずっと唸っているこの心臓を黙らせたい。
落ち着け、落ち着くんだ私…………
ユリアを傷つけないように、私のせいでユリアの泣く姿を見ないようにとこれまで何とかやれてきたんじゃないか。
それを今回の浅ましい欲情に身を委ねて、ユリアの目から涙を流させるというのか。
そんなのあってはだめだ。ユリアを大切に思うなら私欲に溺れるな………
ユリアが本当の意味で私を受け止めてくれるまでは、その線を越えてはいけないんだ。
そう、これが愛の形だと信じて、とりあえず今は寝てしまおう――――――
☆
「…………………………」
ユリアがベッドに寝ている。時間は…………まだ3時か。変な時間に起きてしまったな。
寝たおかげか、だいぶ落ち着いている。やっぱり昨日の私はどうかしてたんだ。
ユリアの寝顔、見てみたいな………
極力音を立てずに、そっとユリアのベッドまで近づき腰を下ろした。
気持ちよさそうに小さく寝息を立てながら寝ている。
疲れていたのかな…………
必修科目に高度な実技が問われるとはいえ、体が弱いのに鍛錬なんて無理させて。
本来ならそんな負担のかかるようなことをさせず、その分私が支えるべきなんだ。
そのためにも、私は騎士としての道へと進み、一年もユリアをここに置いて特級の階級を得たというのに。
「ケイ………待って…………」
「……!」
どんな夢をみてるのかな……
「もうどこにも行かないよ……………」
額にかかっていた前髪を揃えると、肩をタオルケットに窄めた。
やっぱり清く、美しいユリアを一時的な気の迷いで汚したくない。
守ろう、この安らかな寝顔を。
だから、今はこれで我慢だ…………
少し外の空気にでもあたりに行こう…………
・
・
・
「…………………………」
こんな夜更けにケイはどこかへ出て行ってしまった。また騎士団の指令でないことを祈るばかりだ。もうこれ以上、私から離れてほしくない……。
昨日は心臓が飛び出るかと思った。私の気持ちはちゃんとケイに伝わってればいいんだけど。言ったあとすぐに離れられてしまったけど、何か間違っていたのかしら……。
でも今さっきケイはキスをしてくれた。てっきり寝込みを襲われるんじゃないかと思って力が入ってしまったけど、そんなのは一切感じない優しいキスだった。
私を気遣ってくれる優しいケイは好き。
でも、私は、正直ケイとならキスもキス以上のこともしたいと思ってる。違う、してほしいとどこかで期待している…………
ケイ、どうか私の気持ちに気づいて……………




