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私にできた初めての人(1)

「…ア…リア……、ユリア様っ!!!」

「っ……!!」


 いけない、私としたことが、またボーっとしてしまっていたようだ。ここ最近こういう事がよく起こる。その度に専属教師やメイドに声を掛けられ我に返る。


「一体どうされてしまったのですかユリア様。ここのところ、放心されているお姿を頻繁に見受けられます……。もしや、体調が優れないのでは!?もしそのようでしたら、どうかご遠慮なさらず私たちにお申しつけください!両陛下にお伝えし、すぐにでも国一の医者を手配させますので!」


 複数のメイドたちが私を囲み「やはり体質がまだ…」と心配そうな表情を浮かべている。周りにここまで大事にされていたとは……。

 そうだ、私は一国の王女、しっかりしなければ。


 大層心配そうに見ていた使用人たちにはとりあえず適当な理由をつけてその場を離れた。こんなことになっている原因を知っているが故に余計に腹立たしい。

 あれ以来まともにアイツの顔も見れなくなってしまうし、何かとすぐにアイツのことを思い出してしまう。私は一体どうすれば……。

 そう、そうだ…!アイツに会わなければいいんだ!!どうしてもっと早く思いつかなかったのだろう。

 私は部屋に続く廊下をスキップした。




 ☆




 今日はアイツが来る日。城の人間にアイツを入れさせないように言うこともできるけど、変に誤解や心配をさせるわけにはいかない。

 それに私の問題だから。これくらいのことを一人で解決できないようでは今後が思いやられるというものだ。


 そろそろ来る時間……。

 さあ、来なさい。そして自分のしたことを後悔するといいわ!




 …………来ない。一体どういうこと!?

 いつも予定より早く来るか、遅くても時間ぴったりに来るのに。もしかして急用でも出来たとか?

 だとすれば好都合。今日は他にとりわけ稽古もないし、久々に一日中日課に没頭することができる!

 あぁ、今日はなんていい日なのだろう。もういっそこれから毎年の今日を記念日にしたい気分だ。


 でも、私と会うことよりも別の用事を優先させるなんて、ちょっと不愉快かも……。




 私は最後の1行を目で流すと、硬い革で作られた裏表紙をゆっくりと閉じた。ぱたんという音とともに、押し出された空気が手元に触れ、読み切った達成感に浸る。

 にしても、こんなにぶ厚い本を読んだのいつ以来だろう。誰にも邪魔されずに自分の好きな事だけに没頭できる、とても充実した時間だ。明日も明後日もこんな時間が続けばいいのに。

 立場上そんなこと不可能なのは分かっている。でももう少し、一日一時間でもいいから心を穏やかにできる時間がほしい……。



 この日以降、アイツからの連絡など一切なく、二週間と少しが過ぎようとしていた。

 


 本当にどうしてしまったんだろうかアイツは。あんなに私のことを好きとかどうとか言っていたくせに、一報の一つも寄越さないとは。

 というかどうして私はこんな事を考えているんだ。アイツが来ないなら恥をかくこともないし、何も不都合なんてないのに。


 じゃあ、どうして私はこんなにイライラしているのか……。


 意味が分からない。だって私、アイツの事嫌ってたはず。王女に対しての不遜な言動、態度、とんでもなく嫌いなタイプなのは間違いない。

 なのにこの心臓は、アイツのことを考える度に鼓膜を震わせて。


「うるさい……っ!」

 

 私は胸に手をあてぎゅっと握りしめた。

 しかも同時に思い出すのがアイツの笑った顔と、私の唇に触れようとしたことばかり。こんな風になったのはきっとあの時アイツに変な呪術でも掛けられたんだ。だとすればアイツを今すぐ呼び出して、解術と謝罪をさせなければ気が収まらない!


 メイドを呼び、今すぐアイツを連れてくるように命令した。しかし、返答はメイドたちも連絡が取れていないということだった。


「もうっ!アイツはどれだけ私をばかにすれば気が済むのよ!!」


 アイツの事で自分が悩まされる事に足で地面を叩きながら、門番やメイド長、お父様に至るまで聞き回った。そしてわかったのは、連絡どころか所在も不明ということ……。


 お父様まで知らないなんて、まさかアイツの身に何かあった……?ここまで聞いても情報がないならそうとしか考えにくい。

 だとしたら、今まで私に失礼な態度を繰り返してきた罰が当たったんだ。不憫だけど、これも運命ということでアイツのことは忘れよう。


 部屋に戻って本の続きを早く読もうと中庭に面した廊下を歩いていると、二人の騎士兵が笑いながら会話をしていた。さぼっているのなら注意してやろうと近づいて行った。



「にしてもあの少女も不憫なもんだなぁ。来て早々に最前線に送られるなんて」


 少女と聞こえた瞬間、すぐにアイツの事だと察し、気づいたら何故か柱に身を隠して会話を盗み聞きしていた。


「まあ、王女様と同い年であそこでトップの成績だったらしいから、何も問題なさそうに思うけどなぁ」

「でも相手は実力者揃いって話だぞ?いくらトップの実力だったとはいえ、流石に無傷では戻れないだろ」

「確かに。最悪……なんてこともありえなくないよなぁ……」

「いくら王女様との結婚のためと言っても、自分の娘が危ない目に合う親にも同情しちまうな……」 


 実力者揃い?一生の深手?彼らは一体何の話をしているの……。


「今の話、詳しく聞かせなさい!」

「っ!?ユリア王女!!!どうして―――」

「早く言いなさい!これは命令よ!!」



 騎士兵が知る限りの事を聞き出した私は、お父様の部屋へと行き先を変えた。


 話によると、アイツは私との結婚を条件に、騎士団の直近の問題解決に貢献するように命令を受けたという。

 アイツに向けていたイライラが、アイツの置かれた状況に対するイライラに変わっていた。踏み出す足に力が入る。


 改めてアイツといた時間を思い出していると、あることに気がついた。

 私は、最初こそ愚痴を吐いていたけど、その後は普通に会話をしていた。加えて、その時の私は、不快感よりも楽しさがあった。

 同年代の子と同じ話題で純粋に楽しむ。そんな経験は常日頃貴族やメイドたちと接する私にとって初めてだった。


 いつの間にか、アイツに期待していたのかもしれない。もしかしたら私の唯一の、昔に本で見た『ともだち』という関係になってくれるんじゃないかって。

 もしかしたら人付き合いが苦手な私でも、身分とか関係なく、一人の人間として寄り添ってくれるんじゃないかって。


 今ようやくわかった。



 アイツは、いや……ケイは、私にとって、家族以外で唯一必要な存在になっていたんだ……。



 なのに私は、ケイにいつも冷たい態度ばかりとっていた。謝らないといけないのは私の方だったんだ。でも謝罪しようにも今は連絡がとれない…。


「っ……!」




   ☆



「お父様っ!!」


 バタンと激しい音とともに私は扉を開けた。


「話は聞きました。私に城の外出許可をください」

「はぁ。そうか……」


 短い溜息とその一言だけでお父様は黙った。


「お父様!!」

「ダメだ……」

「どうしてっ…!」

「騎士を複数つけるならまだわかる。だが一人で城外へ出るのは許可できない。危険すぎる」

「国民は野蛮なんかじゃないわ!大丈夫よ!」


 お父様はもう一度ため息をつき、頭を抱えた。


「はぁ……。ユリアも少しは大人になったかと思っていたが、俺が見誤っていたようだな。いいかユリア、今お前が見ている世界が全てだと思うな」

「私そんなこと考えて―――」

「ない、か。じゃあお前は今まで騎士を引き連れずに外に出たことがあるか?外に出るにしても、馬車以外で出たことはあるか?」


 何か反論しようとしたが、何も言葉が出なかった。私は今まで外に出ると言ってもほぼ城壁の内側。

 城外はお父様たちの公務の付き添いでしか出たことがなく、その際は厳重に騎士たちによって四方を守られていた。

 そんな人間が、自分の王女である立場を軽視し、警備を欠いて城外に出たいと言い出すのだから止められるのも当然だ。


「一歩でも王族が国民と同じ目線に立てば、必ず意に介さない人間がここぞとばかりに近づき、俺たちは無力となる。現実は表に見えることが全てじゃない。これ以上は言わなくてもわかるな?今日はもう寝ろ、明日も早いだろ。また寝坊してエメラダに怒られたいのか?」


 お父様は冷たい言葉を投げ、仕事の邪魔だと言いたそうに突き放した。


 こんなの、子どもの我がままだってわかってる。

 普通に考えて変だってことくらいわかってる。

 それでも……



「…しは…………それでも私はっ、外に行きたいの!!行って、もう一度……もう一度だけケイに会いたいのっ!!!」



 私が叫ぶように強く訴えると、お父様は椅子を反転させ、とうとう私を見ずに何も言い返さなくなった。きっと呆れられてしまったんだ。


 当然だ。王女であるにもかかわらず、いつも自分の我がままだけを言って。挙句には親の言う事もろくに聞かないとくればもうどうしようもない。


 最後の頼みだったお父様にも見捨てられ、私はどうしたら……。




「……………ったく、しょうがねぇ娘だなぁ~お前ってやつはぁっ!!!」


 お父様突然大声をだし、椅子から立ちあがった。さっきまでの怖い表情とは一変して、満面の笑みで私に近づき頭をわしゃわしゃとかき撫でた。


「お前がそこまで一生懸命になってまで会いたい人間ができたことが、俺は嬉しい。外出許可を出そう!だが、エメラダにだけは、このことは内緒だぞ?」


 私に歯を見せ人差し指を立てる。

 いつも子どものように適当で、お母様にもよく怒られるお父様。それでもいざという時は頼りになる。

 こういうところが、城の人間や国民たちの人気を得ているのだろう……。

 

「おいおい、何泣いているんだ?その涙を見せるべき相手は俺じゃないはずだぞ。明日は俺の護衛騎士をつけさせよう」

「ありがとう、お父様!そうと決まればこうしていられないわ。早く寝ないと!」

「待てユリア、これを持っていけ」


 そう言って渡されたのは長方形の小さな木箱だった。

 中身を聞くと「開けてからのお楽しみだ。いざという時に役に立つかもしれん」とだけ言われた。

 中身が気になるところだが、明日のためにも今日は寝ることにしよう。


「待ってて、ケイ……」


 私は部屋に戻る途中の廊下から見えた大きな月を見上げ、拳に強く力を込めた。

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