噂話に翻弄される王女
園芸クラブによって色鮮やかに咲き誇る花たちはいつ見ても見事なものだ。
正門から校舎に続く道は、両側が花で埋め尽くされていることから通称フラワーロードと呼ばれ、生徒のみならず学園の教員や一般の人にも親しまれている。
また、ここには一つの噂話があり、想い人と手を繋いで三つのアーケードをくぐるとその想いが成就するという。
私は噂話などは信じないタイプの人間だ。
でも聞いたところによると、前の舞踏会の後、2年の後輩が3年の先輩を誘い出して、三つ目のアーケードをくぐったところで告白したら無事に成功したという。
その2人は元々両想いだったらしく、それなら噂話とは関係なくしても結果は同じだったのではと思った。
それでもその事実は学園中に広まり、今や学園全体の恋に憧れた生徒たちが会話にピンク色の花を咲かせている。
当然、私のところにもその手の話がやってきた。
「ねえ!ユリアさんならやっぱりケイ様と一緒に歩きたいわよね!」
「あたりまえでしょー?だって2人は婚約者なのよ!」
噂話はともかく、フラワーロードはもう一度歩いてみたい。
風が吹く度に香る花が私の気持ちを落ち着かせてくれるから。
今の私は落ち着きがなく、読書もままならない。
それもこれも全部……………
「ユリア、お待たせ……」
用事を済ませたケイは私の席に近づいてきた。
さっきまで話していたクラスメイトはいつの間にか教室の端に移動していた。
「何を話していたの?」
「べ、べつに!ちょっとした世間話よっ」
「ふーん……」
私の返答に納得がいかないのか、視線から逸らした私の顔を覗き込むように伺う。
ケイの顔が段々と近づいていると分かっているため、余計に意識してしまい、鼓動が速くなった。
「……ふふっ、じゃあ行こうか」
「う、うん…………」
今日の放課後はいつもの鍛錬はお休み。
今日は馬術クラブに馬を一頭借りて、乗馬の感覚を体が忘れていないか確認することにした。
3年生からは乗馬の授業も追加されるためだ。
万が一感覚が忘れかけていても、最低限走れる程度にまでは抑えたい。
そうでなければ、私が今まで城でやってきた乗馬の稽古が無駄になってしまうし、令嬢なんかもいるここで私が乗りこなさなければ笑われてしまう……。
それだけは嫌だ!
ケイには人の失敗を笑うような人はここにはいないと言われたけど、それでも王女故のプライドが許せない!
幸いにも私には乗馬スキルが高いケイがいる。城で初めて見せてもらった時は、隣にいたお父様と開いた口が塞がらなかったほどだ。
でも乗馬なんて数年以来だから、正直ちょっと自信がない……。
ケイには苦労をかけそ………て、そっちは牧草地とは違う方向………
「ちょっと寄り道していかない?」
そう言って連れて来られたのは……
「今日聞いたんだけど、本当に綺麗だね……」
フラワーロード……!!
「ケイ!話聞いてたの!?」
「え、何の話かな?私は今ここが一番の見ごろを迎えてるって聞いたから、ユリアと見たいなって思っただけだよ?」
教室で話していた話題を、よりにもよってケイが早速実行するなんて……。
しかも、意図的じゃなく純粋に私と見たいと。
これじゃ、まるで私だけがケイのことを意識してるみたいじゃない……!
「どうしたのユリア。嫌だった?」
「え、あっ!ううん!!そんなことないわ!!花が綺麗ねー………あはは………」
「……?せっかくだし、もう少し奥の方も見に行こうか」
ケイは私を不思議そうに首を傾げ、手を差し出した。
このまま手を取れば、噂話を再現することになる……!
そう考えた私の頭の中は手を取るか否かの選択に右往左往し、また手を取った場合の後の展開が勝手に想像され、自分の心臓の音が鼓膜を震わせた。
「……っ………」
私は迷いながら手を出そうとした………
「ふふっ。さ、行こ!」
ケイは強引にも私の手を引っ張った。
「あ、ちょっとっ…!」
ケイは流れていく花の景色に目を楽しませている。
「うわぁ………綺麗だね、ユリア……」
一つ目のアーケード。
「ほら見てユリア。この花、ユリアの好きな花じゃないかな?」
二つ目のアーケード……
「あ。そろそろ終わりだね…………もう少し見てたかったけど、また時間のあるときに一緒に来ようね」
三つ目の、アーケード………
噂話の通りに再現してしまった……
「ユリア、大丈夫?顔が赤いよ?」
「大丈夫、大丈夫よ………」
私はそっとケイから手を放し、少し距離を置いた。
それ以上ケイに触れていると、私の中の何かが限界を超えてしまいそうで、咄嗟に出た行動がそれだった。
心臓の音がうるさい……
ケイと触れてた手が妙に熱い……
頭がケイのことでいっぱい……
私、どうなってしまうの………?
「ユリア。本当に大丈夫?もしかして体調悪かったのかな?だとしたら私、無理をさせてしまったね。ごめんね………」
違う…………どうしてケイが謝るの…………?
「今日はゆっくり休んで、乗馬は明日にしようか」
ケイは寮の方向へと体を向ける。
違うの……ケイッ………!
「待ってっっ!!」
ケイは立ち止まって私の方向に振り向いた。
「ごめんなさい。ケイは悪くないの。私が勝手に落ち着きがなかっただけなの………」
「………?」
「ここはね、生徒の間でフラワーロードと呼ばれているらしくて、私、今日ここの噂話を聞いてしまったの」
「噂話?」
「フラワーロードで想い人と手を繋いで、三つのアーケードをくぐると、その想いは成就する、って……………」
「っ……!」
噂話の内容を聞いたケイは私の表情を見て悟ったのか、顔が赤く染まっていった。
するとケイは私の方へと近づき、微笑んだ。
「改めて言わせてください。ユリア・グレース・ルイス。私はあなたのことがこの世の誰よりも大好きです。どうか、これからも私をあなたの側にいさせてください…………」
頬を染め、照れながらも私を見る目は底なしに優しく温かい………
ケイの言葉を後押しするように、風が私に花の香りを運び、西に向かって沈んでいく太陽がケイと辺りの花々を照らす。
耳からは何も聞こえず、ただケイの言葉が延々と繰り返される。
頭の中では何も考えられず、目の前のケイだけしか脳が受け付けてくれない。
ここで私が言うべきことはただ一つ。
考えなくてもすぐに言葉に出すことが出来る。
「………ゎ……………私は……………ケイのことが…………!」
いざ出そうとすると、その言葉は私から出るには大きすぎたのか、途中で詰まってなかなか出てこなかった。
口を動かしてもその簡単な言葉は出ようとせずに、次第に体中が熱を帯びる。
意識が朦朧とし、最後に見えたのは視界が狭まっていく光景だった……
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目が覚めると、視界には寮の部屋の天井が映っていた。
ケイが突然意識を失った私をここまで運んでくれたらしく、額には濡れたタオルが置かれていた。
ケイは私の具合を確認した後、水を取り替えるために一度部屋を出た。
結局私、ケイに言えなかった……




