空白をあなたで埋める日々(3)
~224日目~
私は誕生日以降、ケイからもらった手紙をいつも持ち歩いている。
そしてたまに一人になった時に手紙を読み直す。
こんなことをしてもケイが戻って来るのが早まる訳じゃない。
それでも手紙を読んでいる時だけは、ほんの少しだけケイと一緒にいるような気持ちになった。
近頃は木葉が赤や橙に色を変え、時折肌に触れるひんやりとした風が私から体温を奪っていく。
その度に私は手紙を胸に当てながら思う。
抱いてもいいから私を温めてほしいと………
~288日目~
今年も残すところあとちょっと。だからといって何か特別な事があるわけではない。強いて言えば冬休みに入ったため城に戻ってきたことくらいだ。
暖炉で暖められた部屋で椅子を小さく揺らしながらブランケットを膝にかけ、小テーブルに湯気とともに香り立つミルクコーヒーを置き、一人で未読の本を嗜む。
毎日の忙しさに駆られながらも、日課にしてまうほどだった愛読家の私にとって今の状況は最たるものに他ならない。
……………そのはずが、横に積まれた既読であるはずの本の内容はどれもうろ覚えで、読んだ後の満足感が私の中には無かった。
今も手にしている本でさえ、目だけが勝手に並べられた文字を次々に流していき、頭の中で内容の整理をしている私を置きざりにする。
あれだけ本好きだった私が今の時間を楽しめていない……。
読んでいたであろう本をそっと閉じて小テーブルに置き、ブランケットを肩にかけなおす。今度はミルクコーヒーに持ち代え、意味もなく窓際に近づいた。
冷たく乾いた風が、低く重たい音を立てながら窓を叩く。
隙間風はないにしても、冷やされた窓から冷気を感じる。
ひとつ溜息をつけば外との寒暖差で窓が曇ってしまう。
曇ったのをいいことに適当な落書きを描いてみたけど、ふと我に返り絵心の欠片もない即興の作品をすぐに消した。
そういえばメイドたちが話していたところによると、今日はとある宗教の指導者が降誕したことを祝う日で、国民の間では大切な人と一緒に過ごす日なんだとか。
大切な人って………今ここにいないじゃない……………
~303日目~
新たな年の最初の授業が始まった。
授業中の私は他の人から見れば真面目に授業を受けている一生徒。でも実際は先生の話が全く耳に入ってきていない。
もっと言えば、ノートの端に落書きして授業が終わるのを待っている。
今日はずっとこんな感じだった。
初日だというのに何もやる気が起きない。
気怠く、虚しく、退屈だ…………
部屋に戻ると私のベッドではなくもう一つのベッドに身を投げる。それは今の私の心情を移したかのように冷たい無機質なものに感じられた。
それでもこれは私の大切な人の安息所。
あるはずもないその人の温もりを求め、枕を抱きかかえながら背中を丸める。
こんな姿を誰かに見られたら確実に気持ち悪がられる。自分でさえ現在進行中の状況に、呆れと落胆が交差する。
早く身を起こそうとしても体がいう事を聞かず、むしろさっきよりも体が重くなり、枕を抱える力が強くなる。
今日はこのまま動きたくない………
~332日目~
リルに突然話があると言われ、部屋に招待した。
「あのね、私……………姉ちゃんが好きなのっ…………」
指と指を掛け合わせ、頬を赤らめながら言う姿はなんとも可愛らしい。けど姉妹で仲がいいことは何か問題でもあるのだろうか。
私には姉妹がいないため、その辺の考え方などについては疎い。
でもわざわざ姉妹愛をこんなに恥じらいながら言う必要があるだろうか……
「ふふ、仲のいい姉妹で羨ましいわ。私も妹とか欲しかったな~……」
「ち、違うの!そういうんじゃなくて…………」
何か勘違いをしてしまったようだ。申し訳ないことをした……
………?だとしたらどういうことだろう……
「私ね、姉ちゃんは姉ちゃんだけど、一人の人として…………女の子として好きなんだっ…………!!」
…………ん?………え!?えええーーーーーーーー!!!!
「ちょちょちょっと待ってリル!いいいきなりそんなっ!!それにそんな大事な話、私にしてもよかったの!?」
「私、ユリアちゃんたちを入園の時から見てて思ったんだ。いいなー、羨ましいなーって……今まではただ姉ちゃんとして大好きなんだなって思ってたんだ。でも最近になって、私の姉ちゃんへの好きはそういうのじゃないってわかったんだ。こんな気持ち初めてで…………ユリアちゃんはきっと私よりもそういうの知ってるだろうし、ユリアちゃんなら真剣に聞いてくれるって思ったからっ!」
こんな重要な話、それだけ私を信用してくれているというの……。
嬉しい、本当に嬉しい………!!
だからこそリルにはしっかりと答えてあげたい!
「ありがとうリル。私に話してくれて。私もリルにしてあげられることがあれば出来る限りのことをするわ!」
「うわ~ん!ありがとうユリアちゃん~!」
リルは私に抱き着き涙を流した。
「でもクロエさんよね…………なかなか大変そうね………」
「そうなんだよ!姉ちゃんってば私が愛してるーとか大好きだぜーって言っても軽く流しちゃってさー。どうしたら姉ちゃんに伝わるのかなー?」
リルの言い方とかタイミングとか色々あると思うけど……
「とりあえずはそれも含めてこれから作戦を考えましょ!」
「うん!頼りにしてるよ!あ!そういえばケイちゃんが戻ってくるのもあともう少しだね!」
そうだ………!気が滅入っていて忘れていたけど、あと1か月ほどでいよいよケイが帰ってくるんだ!!
「ユリアちゃん、同じクラスになってから見た中で一番嬉しそうだね!」
「え、そ、そうかしら………っ」
「うん!ユリアちゃん、本当にケイちゃんの事が好きなんだね!」
「もう~リル!!」
でもリルの言う通り、ケイがあと少しで帰ってくると気づいた途端に気持ちが一気に弾んだ。
ケイが帰ってくる……!
あと少しで帰ってくる!!
これから残りの約1か月は体感的に何か月にも感じた。
そしてケイが学園を離れて365日目……………
一人の少女が正門の前に立っていた。
「一年離れただけなのに、何だかもの凄く懐かしく感じるな…………」




