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空白をあなたで埋める日々(2)

 ケイが学園を離れて183日目。

 今日はカトレアさんが企画したという私の誕生日パーティーを楽しんだ。


 寮母さんも手伝ったという料理の数々は、五感を余すことなく楽しませる素晴らしいものだった。

 誕生日プレゼントと称して渡されたのは、硬い革でできたブックカバーとみんなの寄せ書き。

 そして一枚の手紙だった。

 手紙は部屋で見るようにと促された。



 供用部でのパーティーの賑やかさと打って変わり、私の部屋は一人静かなものだ。

 それを肯定し、孤独感を増幅させるかのように部屋に続く廊下は静寂し、灯りも点いておらず、ただ月の淡い光が私に同情をかけた。


 その気持ちのまま部屋に戻ると、手紙を読むのに灯りをつけるのも面倒に感じ、お月様の同情に与ろうと窓を開け椅子に腰かけた。


 手紙には送り主が書かれておらず、ただ開封場所に切手が貼られていただけだった。

 訳のわからないものに時間もかけまいと中身だけ確認して引き出しにでも入れておこう、そう思った。


 手紙は1枚入っていて軽く読み流すつもりだった…………





「……っ…………………!」





 ――――――――――――――――




 愛しのユリアへ



 誕生日おめでとう、ユリア。

 一緒に祝ってあげられなくてごめんね。

 私の分までみんなが祝ってくれていることを祈るよ。



(本当よ、私の事を一番と言っていたあなたがどうしていないのよ…………)



 風邪を引いたり、怪我はしてないかな。

 ユリアの事だから、母様との訓練で無理をしていたんじゃないかと思うと夜も眠れなかったよ。

 どうしても辛いときは無理をしてはいけないよ。

 それに、今のユリアには私がいなくても頼れるいい人たちがいる。

 もしも悩みを抱えているのなら話してみるとどうかな。きっといい答えをくれる筈だから。



(誰のせいで悩んでいると思ってるのよっ…………)



 今私はとある山の奥地にある訓練場にいるんだ。

 母様以外で見たことがない強い騎士が何人もいて、毎日驚かされてばかりだよ。

 もちろん食事や設備はしっかりしているから心配しないで。

 それに、温和な人が多くて居心地も悪くないよ。

 もちろん一番はユリアの隣だけどね。



(もぅ……………ふふっ)



 まだ学園には戻ることができないけど、その分強くなって、特級の資格をもらえるように今は我慢だ。

 きっとまた会う時にはもっと綺麗になっているんだろうね。

 一刻も早くそっちに戻って、もう一度ユリアに触れたいよ。



(私も、早く会いたい…………)



 これから夜が冷えてくるから気を付けるんだよ。

 でも空気が冷たいと月が綺麗に見えるからつい目を移してしまう。

 私の悪い癖だね………


 この手紙を読んでいる時、ほんの少しでいいから月を見上げてほしい。

 せめて誕生日に隣にいられなかった分、同じ一つの月を眺めている時間だけでもユリアと共有したい。

 勝手なわがままを言ってごめんね。

 改めて誕生日おめでとう。




                        ケイ・イリアス・ベルカ





 ――――――――――――――――





 読み終わったとき、私は泣いていた。


 何でもないただの手紙なのに、その一つ一つの文字がケイによって書かれたもの、そう考えるとたった1枚の手紙でさえ尊く思えた。


 手紙を読みなおそうとしても、涙で文字が歪んで読めない。

 私はいつからこんな風になってしまったのか。


 ケイと出会ってからの私は、昔からは考えられない程の経験をした。楽しい記憶、悲しい記憶、憎たらしい記憶、幸せに感じた記憶…………

 それらが追い打ちをかけるように次々と頭の中を流れ、涙となって袖を濡らす。


 仮にこのまま戻ってこなかったら私はこの先日常を送れるのか自信がない。

 今の私にはケイのいない未来なんて考えられない。考えたくもない。



 早くケイに会いたい。


 もう一度その私を愛おしんでくれる目が見たい。


 優しく温かい手で触れてほしい。


 ケイのことを思えば思うほど辛く、胸が苦しい………




 落ち着いたころには他の部屋の灯りはほとんど消えていた。さっきまで涙が伝っていた頬を今度は冷涼な夜風が掠めていく。

 手紙の内容を思い出し、ふと空を見ると月が先程よりも明るく夜の学園を照らしていた。


 ケイが私との時間を共有したいと書いていたのに私はこんな時間までずっと泣いていただけだった。


 きっとケイは既に眠ってしまっただろう。

 また私は一人になってしまうのか。

 せっかくケイと二人の時間を過ごせるはずだったのに…………





      ☆





「ケイちゃん?まだ寝ないの?明日の訓練はもっときついよ?」


「…………うん、でも、もう少しだけ見ていたいんだ……」


「ふぅ~ん…………わかった、例の王女様でしょ!」


「ふふ……………ユリア……………」

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