女の子の騎士は王女の唇を欲す
今日も忙しかった。
私はお父様の部屋から自室に戻り、今日はまだできていなかった日課の準備をしていた。
ラベンダーのハーブとほんのり温かいハーブティーを添え、さらにロッキングチェアに座り、ひざ掛けとクッションを下敷きに読書をする。これが私の限られた至高のひと時であり日課なのだ。
この時だけは辛いことも、ムカついたことも忘れさせてくれる。今日みたいな疲れた日はつい時間を忘れて読書に夢中になる。
そしてふと時計を見ると――――
「1時回ってる…」
なんてこともよくある。まったく、私も恐ろしいものを日課にしてしまったものだ。でも面白い本が悪いのだ。私は悪くない。
ってこんなことしてないで早く寝ないと。
明日は午前からピアノとバイオリンの稽古……
昼食を挟んで家庭教師との座学に、馬術…それと…あ、と………………
☆
……ん。何か音がする。うるさい……。今何時だと……っ!!?
「もうこんな時間っっ!!!」
この日は久しぶりにお母様にお説教を受けた……。
一日の予定を済ませたら、一人でゆっくりと少し遅めのティータイム。
のはずだった……。
「…ふ、ふふふっ…」
「……っ、そんなに人の失態が面白いかしら……」
この子が来ると言っていたのをすっかり忘れていた。せっかくだし私の愚痴のはけ口になってもらおうと思ったが、いざ話してみるとこの始末。
「いやぁ、ごめんごめん。だってあまりにもユリアらしくって……ぷふっ」
「私らしくって何よもうっっ!!」
そうだコイツはこんなやつだった。私としたことが、一番話してはいけない人間に愚痴をこぼしてしまった。笑いを堪えるているようだが、コイツには可笑しいみたいだ。
王女である私をバカにするなんて、ホント最低なやつだ!
まあいい。いつか絶対に私をバカにしたことを後悔させてやるんだから。そうやって笑ってられるのも今のうち!
「今、私に仕返ししてやろうって考えてたでしょ」
……え、なんでわかったの!?
コイツ、まさか心を読む芸でも心得ているというの……?
「ふふっ、ユリアは隠し事が苦手なんだね。すぐに顔に出るからわかりやすいよ」
私はまたも顔に出していたようだ。どうして考えていることが顔に出てしまうのか。本当に嫌になる。
今度から本で見たポーカーフェイス?とかいうのを特訓始めなければ。いや、今日からさっそ、く……?
どうしたのだろう、急に立ち上がったりして……。
「ユリアは嘘が下手で、強気で、私にも冷たく接してるけど、剣闘に出たことを心配してくれたとても優しい王女様。今改めて婚約者候補になれたことを心から嬉しく思ったよ……」
女の子は囁きながら私との距離を詰めてくる。
このままだと……!
待って…心の準備が……っ!
震える私の唇にコイツのが触れる寸前、大時計の時報が静寂した部屋に鳴り響いた。
そしてメイドが扉越しに「失礼ながらお時間となりました」と一言。
「今日はお預け、か。続きはまた、近いうちに……」
私の額にキスをして、ケイ・イリアス・ベルカは部屋を出て行った。その後しばらくの間、私の頭の中は真っ白になり、心臓だけが激しく動いて腰が抜けて立つことができなかった。
この一件以来、頻繁にアイツの顔が頭に浮かび、その度に体中が熱くなった。