空白をあなたで埋める日々(1)
ケイが学園を離れて20日、私は2年生になり、リルと一緒のクラスになった。
リルはクロエさんとクラスが別々になり、最初こそ寂しそうな面影を見せていたが、今では得意の前向きさで元気を持ち直した。
リルはその明るさで、繋がりを作るのも得意なようだ。
初対面の子でも気さくに話し、内気な子でさえ話しかけにいくほどだ。
リルの人当たりの良さには敵いそうにない。
カトレアさんとイヴちゃんとは最も離れたクラスになった。
イヴちゃん曰く、クラス発表時のカトレアさんは掲示板の前で魂が抜けたように突っ伏したという。
教員たちに変えるよう直談判しようとしたらしいが、イヴちゃんが何とか阻止したようだ。
私はというと、いつも通りの波の立たない生活を送っている。
…………嘘。そう見えるように装っていた。
なるべくケイのことは考えないようにしている。そうでもしないといつも通りの私として振舞えないから。
けど、部屋に戻るとどうしてもケイの事が無意識に思い起こされる。
ケイが学園を離れたのは嘘で、任務に行っただけなのではと一瞬考えてはすぐに現実に引き戻される。
一人で部屋にいると、このような考えをすることが多くなった。
ケイの存在を強く感じた日の夜は、寝る前にケイのベッドにもたれかかり、最後にキスした感触を思い出しながら唇に指を添える……。
今までのキスはケイがこれからも私の傍にいることを前提としたものだった。
でも最後にしたのは、私の傍から離れる前提でのキス。
それまでの落ち着くものと異なり、不安と寂しさが残った。
~84日目~
気温は段々と上がり始め、日が昇る時間も長くなった。
そんな環境の変化を感じながら、私はケイに教えてもらった鍛錬に汗を流す。
一人でやる鍛錬はなかなか辛いものがある。
誰に褒められたり、水を差し伸べてくれるわけでもなく、ただ黙々と精度を高めるのみ。
たまに一息をつく時、私の中のケイが頭を撫でながら褒めてくれたり、アドバイスをくれたりする。
そんなことが頭によぎる度に振り払うようにして鍛錬に力を入れる。
一人が辛いならクロエさんたちにでも付き合ってもらえばいいと思うだろう。
でもそんなのはみんなに申し訳ない。
それに、ここは私とケイの鍛錬の場所。
私たち二人だけの特別な場所だから、他の人に入ってきてほしくない。
自分でも何を言っているんだとは思うけど、誰かに知られてしまうくらいなら一人でも頑張れる、そんな気がした………
~114日目~
一学期最後のテストで私は一位になった。
クロエさんと僅差で差をつけ、周りから称賛の声を浴びた。
もちろんこれは喜ばしい結果のはず、なのに気持ちが弾むことはなかった。
理由はただ一つ。
一番に褒めてもらいたい人の声がその中にはなかったから………
~143日目~
夏休みになると真っ先にケイの実家に向かった。
この一年間の鍛錬の成果をレイラさんに示し、レイラさんの訓練を受ける資格をもらうためだ。
馬車で到着すると同時に、エミルちゃんが玄関から飛び出してきた。
華やかなケルト衣装に身を包み、顔も丁寧にお化粧が施され、あたかもかわいいと言われることが目的のようにあざとくケイの名前を呼んだ。
でもここにケイはいない……。
そのことを伝えるや否や、エミルちゃんの目からは光が一瞬にして消え、膝から崩れ落ちた。
地面に顔を向けるその姿はこの世に絶望し、全てを憎み呪いそうなオーラを醸し出していた……
気を取り直し、私は、今回の目的だったレイラさんからの課題に辛うじて合格し、直接指導を受けさせてもらえることになった。
でもレイラさんの訓練は想像以上に厳しく、体を動かすので精一杯だった。
初めに警告されていた通り、去年の私がこれを受けていたら間違いなく体に支障をきたしていただろう。
一年鍛錬を磨いた私でも訓練後には足がふらつき、極度の疲労に襲われながらいつ倒れるのかと何度も考えた。
もっとも、これを幼少期に克服したというケイには改めて驚かされた。
だけどそんな辛い訓練も、ソフィーさんの温かい笑顔と美味しい食事が癒してくれる。
枯れかけ寸前の花に対する雨が、恵みの雨と称される理由がわかったような気がした。でもその癒しをもってしても、この体は夏休みが終わる頃までには何事もなく済むのだろうか……
~173日目~
自分の体が自分のものじゃないかのように軽やかに動く。脳からの合図を体が瞬時に受け取り、複雑な動きにも体が追いつく。
去年ケイが切っていた木の丸太も切れるようになった!
最初には到底考えられなかった自分の身のこなしに当惑よりも歓喜が勝った。
本当ならこのまま他の技術も技の精度も高める訓練を続けていたらしいけど、学園に戻らなければならず、中断せざるをえなかった。
レイラさんにはまた来年も訓練をつけてくれると言われたけど、もっと色んな技術を教えてもらいたかった。
心残りはあるけど、次は私一人だけではなくケイも一緒にいると思うと、そんな願望も小さなことに思えて自然とスキップをしていた。




