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それでも私は……

 ケイが学園を出るまで残り3週間。



 私は今の心の距離を改善すべく、少しの間だけ部屋を空けた。

 ケイには事情を説明すると「ユリアのことだから、色々考えてくれてその答えになったんだと思う。だから私はユリアの提案に従うよ」と言ってくれた。


 でも、肯定的な言葉に反してその笑顔は明らかに悲しそうだった……。




「ふふーん♪事情はともかく、ユリアちゃんと一緒の部屋なんて嬉しいな~!」



 リルはベッドに横たわり、足をパタパタとあそばせながら陽気に話す。



「部屋を狭くしてしまってごめんなさい……」

「いいんだよー。でもケイちゃんもすごいよね、強くなるために学園離れるなんて!ユリアちゃん愛されてるぅ~!ヒューヒュー!」



 相変わらずリルはお調子者だ。

 この陽気すぎるところが長所だったり短所だったりする…………



「今日は廊下がひんやりとしていて、寝心地がよさそうねぇ…………リル?」

「ひぃっ!ご、ごめんねユリアちゃん!!」



 クロエさんは分厚い本を持ちながら、リルに鋭い眼光を向けた。

 いつ見ても睨む目は怖い。私に向けられたものでなくても背筋が張ってしまう……。


 クロエさんのベッドの横にはよく手入れされた剣が立てかけられていた。



「……?これが気になるの?」

「あ、ごめんなさい、つい……」

「謝る必要はないわ。同じ王女だというのにこんな物騒なもの、目につくのも仕方がないわよ」



 何かに呆れたように話し、本に目を落とした。



「でも同じ王女だからこそ、自身やリルを守れるくらいに強いクロエさんが羨ましいです。私はいつもケイに守られてばかりで、せめて自分の身くらいは守れるようにならないといけないのに………」




「あら。あの人はそんなこと、あなたに望んでたのかしら?」

「え……?」



「私には、あなたの事をこよなく想うケイさんが、そんな騎士の名折れのような事を考えるとは思えないのだけれど」


 クロエさんの言う通り、ケイは一切私に強くなってほしいとか頼んだわけじゃない。

 でも私は、ケイの実家でボロボロになってでも強くなろうとして、レイラさんに向かっていく姿を見てしまった。

 しかもあれを幼少期から毎日のように続けていたと聞いてしまった。


 それも全部、『私のため』に…………



 そうと分かっていて、ただ甘えるのは傲慢ではないのか。

 勝手に私を好きになって、好きで私を守っているのだから本人がしたいようにさせればいい、と言われてしまうかもしれない。


 それでも私は、私を好きでいてくれるケイの力に少しでもなりたい。

 ケイの重荷を軽くしてあげたい……!




    ☆




 その後もケイとは鍛錬が終わると別々の場所に戻り、気まずい空気は変わらなかった。

 私の答えは既に出ているし、もう一度ケイとゆっくり話し合いたい。けど、いざ本人を目の前にすると言葉が喉に詰まってしまう。

 いつもの私なら吹っ切れて話せるはずなのに、ここまで臆病者だったとは……。




 ケイが学園を出るまで残り2週間を切ったある日の放課後、私は焦燥感に駆られながら鍛錬の場所に向かっていると、ケイがベンチに座っているのを見かけた。


 考え事をしているのか、前かがみになりうつむいている。

 声をかけるか迷いながら、少しずつ近づいて行った。

 するとケイもこちらに気づき、小さく手を振った。



「どうしたの?こんなところに一人で」

「私の隣はいつもユリアだけだよ……」



 こんな時でも恥ずかしい事を言うんだから……。

 でも、久しぶりに冗談が聞けてどこか安心した自分がいた。



「ユリア。私がここを離れるって言った後、泣いてたんだよね……」



 ば、ばれてた……!



「私が部屋に戻った時、ユリア、灯りもつけずに目を腫らせて私のベッドに寝てたんだもん」



 優しい笑顔で嬉しそうに話す。ケイの笑顔を見ていると私も温かな気持ちになり、つられて笑顔を作っていた。


 話すなら今しかない……。



「ねえ、(ユリ/ケイ)―――!あっ…………」



 偶然にも話し出すタイミングが重なってしまった。

 互いに譲り合い、私が折れて先に話した。



「あと少しでここを離れるのに、私のせいで変な空気にさせてしまってごめんなさい……」

「そんな!私の方こそ!…………私が今回の事をわかった時点でユリアに言わなかったのが隠し事と思われて、今度こそユリアに愛想をつかれてしまうんじゃないかって思うと言い出せなくて…………」

「私がそんなことっ!……………あ~……」



 今までの自分の行動を思い出し、私はベンチにもたれかかった。



「ユリア、今日は戻ってこれそうかな……」


「………………うん」



 私はケイの手を握りクロエさんたちの所へ向かった。

 最初二人は呆れたような態度だったが、優しい言葉をかけてくれた。

 その日以降の私たちはケイの出発日まで鍛錬を怠らず、しかしいつもと変わらない生活を送った。




    ☆




 出発日前日、ケイが学園を離れることをクラスで言うと、瞬く間に学園中に拡散された。

 そして今、私たちの後ろには大勢の生徒たちがケイを見送ろうと群衆ができている。



「それではクロエさん、イヴ。ユリアのこと頼みます…………」

「えぇ、出来る限り、ね」

「イヴに任せておけ!王女の一人や二人、なんなら西の国の王女様もイヴが守ってやろうかぁ?」

「ふふっ、結構よ」

「ユリアさんの事ならこのわたくしが『愛』をもってお世話いたしますわぁ!!ですのでどうぞ一年と言わず二年でも問題ありませんですわ!!」

「それはどうもありがとうございます…………ユリア……」



 ケイは瞳を潤ませて私を見つめる。



「ケイ………怪我はしないように、ね………」

「うん………それじゃ………………」



 ケイは寂しげな笑顔で迎えの馬車に歩いて行った。

 あの姿を見るのも一年後、一体どうなって戻ってくるのかしら……………








 と、感慨にふけっていると、ケイは途中で立ち止まり、下を向いたまま体の向きをこちらに変えた。

 何か忘れ物でもしたのだろうか……?



 こちらに歩き出したかと思うと徐々に走り始め、その速度はどんどん速くなり…………!





「きゃぁっ!!ケ、ケケケケイ!?!?!?」



 ケイは走りこんできた勢いのまま、私に抱き着いた。




「…………私は君を心の底から愛している、これだけは忘れないで…………」




 ケイはそのまま腰と頭それぞれに手を回し、私の唇に押し当てた。




 一瞬何が起こったのか分からず、生徒たちの声が聞こえたのはその数秒後だった。


 指を絡ませ優しく握りしめた後、私の目を見ながらそれを解いていく。



 僅かに触れている指先の温もりを感じながら、ケイは私に微笑んだ。



 私は離れていくケイの手を追うようにして手を伸ばした。



 そしてケイは何も言わず、馬車に向かって走っていった……。




「ほぇー、ケイちゃんも大胆だね~!!」

「まったく、お騒がせな人たちね………」


「ぐぬぬぬぬぬユリアさんと!わたくしの前で一度ならず二度までもっ!!!」

「諦めろカトレア。あいつらはどうやったって離れねえよ…………」



「………………」



 唇と左手にケイの温もりがまだ残っている。


 雨は降っていないはずなのに、私の頬には水が伝っていた。


 私は残った温もりを感じつつ、春の匂いがする風とともにケイの背中を静かに見送った。

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