傍にいるための代償
「ねえ、ケイ。どうして最近私を避けているの」
「私がユリアにそんなことするはずがないよ!」
「ならどうして悩みがあるのに私に相談しようとしてくれないの」
「それは!…………だって、それは………」
「隠し事ばかりして………所詮貴方にとっての私はその程度だったということね」
「違うっ!!私はユリアのことを本気でっ…………!!!」
「もういいわ。さようなら……………」
お願い……いかないで…………
君がいなくなったら私は…………
頼むから待ってくれ…………ユリアッッッ!!………………………………
――――――――――――――――――――
「待ってぇっっ!!!!!!!!」
「きゃぁっ!!!」
「はぁっ、はぁ…………ユリア…………?」
「どうしたのよケイ、物凄くうなされていたわよ……?」
…………よかった………夢か…………
夢魔もなんて悪趣味なことをするんだ……
よりにもよって今にこんな悪夢を見せるなんて……
ユリアはすごく心配そうな表情で私を見つめる。
あぁ、浮かない表情のユリアも最高にかわいい。
いや、心配してくれているのにこんなことを考えるのはよくない。
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ……」
「どこが大丈夫よ!こんなに汗かいてるのに!」
言われて額を触ると前髪が濡れていた。
それだけでなく、体中から汗が噴き出し、服のみならずベッドのシーツと枕まで濡れていることに気づいた。
全く…何をやっているんだ私は…………
時間はまだ朝日が昇る前の時間。
眠っていると私の唸り声で目が覚め、余りに苦しそうだったために無理やり起こしたという。
当然だけどまだ眠り足りないのか、私の様子を伺いながらも時折目を擦る。
申し訳ないことをさせてしまったな……
「私のせいで起こしてしまってごめんね……」
「全くよ、そのままだと風邪ひいてしまうわ、早くシャワー浴びてきなさい」
ユリアに促され私は汗とともに、悪夢の記憶を流そうとした。
だけど夢なのに現実の出来事のように脳裏に焼き付いて流れようとしない。
ユリアが私の前からいなくなる、考えたくもない…………
生き甲斐も、私の存在意義もなくなってしまうから。
私がユリアを愛し続ける限り、ユリアも傍で応えてくれる、そう信じたい。
普段の生活でユリアに触れて、少しでも私に抵抗を見せないか探る毎日。
ユリアは自身の気持ちの尺度を、無意識なのか意図してなのかは定かではないけどしっかり分別できている。
でもそれ故に、私に愛想をついて他の人のもとへ去ってしまう可能性だって十分にありえる。
好きだの愛してるだの、好意をいくら言葉にしても過不足だ。
決して束縛や脅迫をしているつもりは毛頭ない。
ただ、私の愛に応えてほしいだけ。それだけなんだ。
まだ照れがあるけど、場所と雰囲気によっては最初と比べてキスに嫌がる素振りは減ったように感じる。
ユリアなりに応えようとしてくれているに違いない。
今のユリアがどのくらい気持ちを寄せてくれているのか、知りたいけど無理やり調べるのはもうやめた。
旅行に行った時、坂の上の公園でした初めてのキスにユリアが嫌がることはしないと誓ったたから……
クロエ王女の懸念は幸いにも解消できたけれど、あの強さは流石に脅威に感じた。
ユリアが王女である以上、これからも私たちの関係を脅かし得る存在が現れるかもしれない。
今の関係に亀裂を入れるような脅威を排除する強さがより必要になる。
やっとユリアとの関係をここまで築けたんだ。誰にも邪魔はさせない。
そのためにも、私は……………
シャワーを終え戻ると、ユリアがベッドに座っていた。
「ユリア!もう寝なくていいの?」
「誰かさんのせいで目が冴えてしまったわ。………あと、最近は色々忙しくて、ゆっくり話す時間がなかったじゃない?せっかくだし……あ、別に無理にとは言わないわよ!でも………」
恥じらいを誤魔化そうとしているのか、何もない方向に目を逸らす。
「ふふっ、それじゃあ何を話そっか……」
夏休みが終わって以来、久々に落ち着いて話せる時間。話のネタを用意していたのか、活き活きと楽しそうに話す。
最近はアレのせいで焦りと苛立ちがあったけど、ユリアのこの笑顔を見るだけですっと薄まっていく。
おそらく今のユリアはアレのことはまだ知らない。
でもたまに驚くほど察しがいいから、もしかしたら私に対する違和感を感じて話を持ち掛けてきたのかもしれない。
もう話したほうがいいかな………
話したとして、悪夢が正夢になったらどうする…………?
怖い。
私たちの関係を強くするために関係を崩す可能性のあるリスクをとるのか…………?
でも、母様に覚悟を決めるように言われ、王様には私に任せると言われたけど、ユリアを傍で守る唯一の剣として実力を確固なものになってほしいに違いない。
それに私がユリアを信じなくてどうする………!
私は今までユリアの何を見てきたんだ!
ユリアは見た目からか弱いように見えるけど、真に強い心を持ってるんだ!
ユリアなら、大丈夫…………
だから、私が取るべき選択。それは…………
「ユリア。実は…………」
「あぁーーっ!!ケイ、話は後よ!!遅刻してしまうわ!!」
時計を見ると1時限目の15分前だった。
ユリアが気付いてくれたお陰で私たちはぎりぎり間に合った。
でも、話す機会を逃してしまったな…………
☆
その後も話せる機会を図りつつも、いざとなると尻込みしてしまい、言えないままとうとう1か月前に迫っていた。
王様には既に書状を送った。
残すはユリアに一言、言うだけ……………
「ケイってば、11月まで放課後はクラブの助っ人ばかりしてたのに今度は鍛錬ばかり!もう疲れたわ!」
助っ人ばかりしていたのはこの問題から少しでも目を背けたかったから……………
「安心して、今日は鍛錬はお休みだから……」
「あら、そうなの?じゃあどうしてここに来たの?」
寮の部屋だとまたタイミングを逃してしまうと思ったから…………
「…………大事な話があるんだ………」
「………?」
「私、4月から1年間この学園を出るんだ…………」
「……………え?ちょっと、何を言って…………」
「今の私は軍の中でかなり曖昧な立ち位置なんだ。そこで私をユリアの専属で、唯一の騎士にするために特級を設けることを王様に提案されたんだ。でもそのためには確実な実力があることを証明しないといけなくて…………だから私は――――」
「待ってって言ってるじゃない!!!!!」
…………怖い………
「その提案は強制なの!?それとも任意!?」
「もちろん王様は私に任せると言ってくれたよ……」
「そう………ならケイは、自分の意志でここを離れると決めたのね…………」
「うん。この特級をもらえれば、その後はずっとユリアの傍にいられるんだ……」
「どうしてあと一か月のこの時期にそれを話したの……?」
「それは……………」
「…………っ!ケイ、夏休みが終わってから時々様子がおかしかったのは、そのことを知っていたからなだったのね……!なのに私には黙って…………」
ユリアは下を向いて肩を震わせた。
「っ……!違うんだ!私はちゃんと話そうとしてっ……!!」
このままだと、あの時の悪夢が現実になってしまう…………!
嫌だ、怖い………お願いだ、ユリア!私を見捨てないで!!
「ぷふっ、あはははっ!冗談よケイ!別に怒ったりしてないわ。強制ならどうしようかと思ったけど、ケイの意志で決めたことなら安心したわ。1年したら戻ってくるんでしょ?だったら私を守るためにもっと強くなって来なさい!」
「隠してたことも、怒ってないの…………?」
「もう慣れてしまったわ。私がいつまでもそんなことで怒る小さな女だと思ったら大間違いよ!さ、今日は鍛錬お休みだし、早く部屋に戻って久しぶりにゆっくり本でも読もうかしら!」
ユリアは鼻歌を歌いながら寮へと戻っていった。
――――――――――――――――
「……………………ぐすっ…………ケイが、ケイがまた私の前からいなくなる…………どうしてもっと早く言ってくれないのよっ…………ケイのばかっ…………!」




