イリアス家
ケイと外から戻った私は、ソフィーさんが作ってくれるという夕飯が出来上がるのを待っていた。
先に汗を流し、ケイたちがいる部屋に向かっていると、キッチンのある部屋の方から手際のよさそうな料理の音が聞こえた。
少し顔を覗かせるとケイが言っていた通り、お母様方が一緒になって料理をしていた。
かなり慣れた手さばきで次々に料理が完成していく。ケイは料理もこの二人に教わったのだろう。道理で上手いわけだ。
「レイちゃん、この味どうかな?」
「…………うん、問題ない」
「ふふ、よかった」
キッチンに立つお二人は何とも仲睦まじく楽しそう。見ているとこちらまで気持ちが和んでしまう。
こういう一つの食卓の準備さえも互いに助け合いながら、その時間を共有する幸せを大切にする。
お二人は理想の妻婦像と言っても過言ではないだろう。
私もいつかあんな風に………。
………っ~~~~!!!
どどどうしてここでケイが出てくるのよっ!!
私はどんどん火照っていく顔を両手で押さえながら悶えた。
私はただお二人を見ていただけで!なの…に……って―――!?
私が視界から外したほんの少しの間にお母様がソフィーさんの後ろから手を伸ばし、一緒に食材を切っていた。
ソフィーさんが切った一枚をあ~んと食べさせ、今度はお母様がぎゅっと抱きしめる。
ソフィーさんは満足そうに寄り掛かった。
ちょちょっと待って!一体私の目の前で何が起こっているの!?
今は料理をしていたはずでは!?
それが、あんな……あんなぁ……!
これは、しばらく忘れられそうにない…………
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「ユリアどうしたの?戻ってきてから顔が赤いよ?」
「そそ、そんなことないわよっ」
「……ユリア、こっち向いて」
ケイは私の顔を自分に向け、前髪を上げるとおでこをくっつけてきた。当然ではあるが、ケイの顔は至近距離にあり、鼻先が僅かに触れていた。
触れられた瞬間、体全体を波打つようにむず痒い刺激がほとばしり、肩に力が入る。
さっきの光景を見た後で余計にケイを意識してしまっているせいなのか、心臓の音が激しくなる。
顔を離そうとすると、もう少し待ってと両手で顔を固定された。
「ケイ……ちょっと待ってぇ……」
力なく辛うじて出た言葉がそれだった。ケイの胸に手を置き離そうとしてもそれ以上手が伸びなかった。
だんだんと頭が真っ白になり、目の前のケイだけが頭の中に出てくるのが許される。
このままでは本当に熱が出てしまうかもしれない………
「おーーねーーえーーちゃーーん???」
横から突然現れたエミルちゃんはケイを細目で睨んだ。しかし声をかけられたお陰でケイから離れることができた。
「まったくもう!私がちょーっと目を離すとすぐにイチャコライチャコラと!!ユリアさんもまんざらでもなさそうな顔をして!!何なんですか、も~~!!」
エミルちゃんは頬を膨らませた。
「違うんだっ、ユリアが顔を赤くしてたから熱でもあるんじゃないかって……」
「そんなの真横で美貌を振りまくお姉ちゃんに当てられたからだよ!!お姉ちゃんにそんなことされたら誰でもユリアさんみたいになっちゃうよ!!お姉ちゃんはもっと自分のことに罪の意識もって!!」
エミルちゃんは息を荒げながら力説した。
とここでご両親が準備ができたのか料理を運んできた。
「お客様がいるというのに騒がしいぞエミル。ユリア様大変申し訳ございません」
「い、いえそんな騒がしいだなんて…………」
硬い……。
「自己紹介が遅れたことお許しください。私はレイラ・イリアス、かつてはお父様のもとで騎士として仕え、現在は一家の主をさせていただいています。自分の娘がユリア様と縁を交わすこと大変光栄に思います。どうぞ娘共々ユリア様の未来の一利となれれば幸いです…………」
レイラさんは私に対し頭を下げる。
元うちの騎士とはいえ、敬語は愚か立場も一般人になんだから忠誠心とかもいらないはずなのに……。
こんなにも優秀な人がうちの騎士から離れてたなんて大損害だ。
今からでも復帰してくれないものだろうか。
「さ、これ以上ユリアさんを空腹にさせるといけないわ、いただきましょうか」
食事が終わるとテーブルを囲みこれまでの出来事などについて談笑した。
この時私はレイラさんに気になっていたことを聞いてみた。
まずどうしてうちの騎士を退いたのか、理由の予想はついていたが予想のままにしたくなかった。
「少し長くはなりますが、よろしいでしょうか……」
「ぜひ、聞かせてください」
「それでは………私がまだお城で騎士として仕えさせていただいた頃に遡ります………」
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当時の私はただ任務に明け暮れるばかりで、人並みの情や欲というものを持ち合わせていませんでした。
そのせいか周りの一部からは心の持たないあやつり人形などと言われていました。
そんな私は春のとある日に外征としてこの町にやってきました。
最初はこれも任務の一つに過ぎない、ただ全うするのみ、そう思っていました。
しかし私は花屋で見つけてしまったのです。
「綺麗だ……」
「……?あら、騎士さんに褒めてもらえるなんて嬉しいわ。この花は私が育てたんです」
「え、あ、私としたことが、職務中に申し訳ない……」
そこには色鮮やかな花に囲まれた一人の少女がいました。
一本のユリの花を手に持ち、愛でるように視線を落とすその横顔に私は覚えのない感覚に襲われました。
「ふふっ、騎士さんったら職務なんて大げさよ?そうだ、よかったらこの花持って行ってください」
「そんな…大切な商売品を無償でいただくなど私にはできない…!」
「私は騎士さんにもらって欲しいんです。でも、どうしてもって言うなら……」
彼女は私に詰め寄り言いました。
「また遊びに来てください…!私、ここで待ってますから!」
その時の笑顔は今でも忘れません。
私の無色だった世界が、その笑顔一つで瞬く間に色彩豊かなものとなりました。
外征の任務が完遂したその後も、私は時間を見つけてはその花屋に通う日々が続きました。
私としても不思議でした。
なぜ彼女の事を思いだすと鼓動が激しくなるのか。
なぜ彼女と何度会っても満たされず、干ばつの地のように乾いた場所で水を欲するが如く彼女の所へと歩みを止めないのか。
私は何かに取り付かれたのか、或いは彼女に何か呪術でもかけられたのかとさえ疑いました。
しかし、その疑いは私の中からすぐに消えました。
彼女がそのようなことをする筈がない、例え事実であったとしても決然と否定しよう、そう考えたからです。
気付いた時には、彼女は私にとって欠かせない存在となっていました。
ところがある日、私の怠慢した姿に天が憤怒の剣先を向けたのでしょう。私は長期遠征の任務が命じられ、その間、彼女に会えなくなったのです……。




