ご両親に挨拶をします!
「それじゃあケイ、両親にはよろしく伝えておいてくれ」
「はい、それでは行ってまいります」
私はこれからケイの実家を初めて訪問する。ケイの実家は王都の隣町にあり、馬車で1時間程度かかるそうだ。
徒歩では3時間弱……
最初の頃はその長い道のりをほぼ毎日往復していたというわけだ。
今更だが、馬車くらい出してあげればよかったとちょっと反省。ケイもよくそんな距離を毎日のように通って来ていたものだ。
……ケイがそうまで来ていた理由もわかっている。でも私はその理由から敢えて目を背ける。
そうでもしなければ、この自由気ままな百面相が私の考えを無視して勝手に映し出してしまうからだ。
そしていつもの様にケイにおもちゃにされてしまう。
ポーカーフェイスとやらもなかなか難しい。
ケイのご両親とは今回が初の対面となる。ケイはどちらに似ているんだろう。ケイのお母様似か、それとも……
もし恐い人だったりして、向こうの癇に障るようなことをしてしまったらどうしよう。
社交辞令なら多少自信あるが、果たして通じるだろうか……。
うぅ、考えるほど緊張してきた。
もう帰りたいかも。
「……!」
「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」
ケイは私の手を握り呟く。
「ふっふっふっ、私たちの親は怒らせると怖いって町でも評判なんですよ~?」
エミルちゃんは不敵な笑みを浮かべながら、私の困った反応を見て楽しんでいる。
「エミル、ユリアを不安にさせるようなことを言うなんて酷いじゃないか」
「あわわわっ!お姉ちゃん、そんなつもりは~!ユリアさんごめんなさい!」
私への失言よりもケイに咎められたことにショックを受けているようで、シートの端で足を抱え動かなくなった。
「エミルがごめんね。2人とも普段はとても優しいし、ユリアはかわいいから会えば大喜びすると思うよ」
「ありがとう。ちょっと落ち着いたかも」
「あーっ!私がちょーっと目を離すとすぐ抱き合うんですから、も~!」
「だだ抱き合うって、私はそんなことしてないわ!」
「抱き着くお姉ちゃんの手を嬉しそ~に触れてたじゃないですか…それはもはや抱き合うことと同じなんです!」
そんなの初耳なんだけど……
そうこうしている内に私たちを乗せた馬車は目的の町に入っていた。
中央にある時計塔から放射線状に伸びた道と緑の並木が心に癒しを生み、非常に住みやすそうだ。
ケイが言うには日没後にシンボルの時計塔から町を見下ろすと、街灯が建物をオレンジ色に染めまるで絵の中に入った気分になれるのだとか。
それを見る目的で遠方からの訪れる観光客も多いようだ。
また、昔から王都に入る前の芸術家や音楽関係者の宿場町的な名残で、町の至る所で物珍しい建物や路上演奏が見聞きされるという。
ケイの実家は町の中心から少し離れた緩やかな坂の上にあった。2階建ての赤い屋根と円形の窓が特徴的なかわいらしいお家だ。
一般の家の中では比較的広々とした庭は、綺麗に手入れされた色とりどりの花で飾られ、入り口は緑のアーケードが客をお家まで誘う。
イリアス家では訪問した際に扉を叩くのではなく、その横にある銀色の小さな鐘を鳴らすというこれもまた独特のルールがあるらしい。
今回はケイたちがいるため鳴らさずにそのまま入った。
「お母さん、ただいまー!」
「エミルー?お城から戻って来たの―――」
ケイのお母様は家事でもしていたのか、白いエプロン姿で家の奥から姿を見せた。
「ケイ、あなたも一緒に!?ということはお隣にいるのは……もしかしてあのユリア王女なの!まあ~どうしましょう!お化粧も何もしてないわ、恥ずかしい~!」
ブロンド色のロール髪と、お姉さんと言われても疑い難いほど若々しくおっとりとした優しそうな女性だ。
しかし、ちょっとだけ天然気質なところがあるのか「はわわっ」と顔を赤く染め、手で頬を押さえながらあたふたしている。この可愛らしさはケイには無いものだ。
もしかしたら、このお家の随所に見られる明るめの色の可愛らしいインテリアなどもケイのお母様によるものなのだろう。
かわいいもの好きで言えばエミルちゃんがお義母さん似なのだろうか。
とはいえお陰で入る前の緊張もほぐれた。
「ケイのお母様ですね、お初にお目にかかります、わたくしユリア・グレース・ルイスと言います。どうかその記憶の片隅に賜りたく存じます」
「あっ、いえ、こちらこそいつもうちのケイがお世話になっております…!狭い家な上に何も用意できてませんがどうぞゆっくりしてくださいね」
突然な訪問にもかかわらずアップルパイを用意すると言われ、私はダイニングに案内された。
こちらも可愛らしい木製の調理器具やテーブル、棚などが配置され、いるだけで温もりを感じる。
しばらく待っていると甘いリンゴの香りが漂い、少し空腹だったこともあり一層食欲を掻き立てられた。
途中、エミルちゃんがリンゴジュースを持ってきてくれた。
なんとこれは庭で育てたリンゴから絞って作った一品で、ちょうど焼きあがったアップルパイのリンゴもそうらしい。
ケイのお母様は菜園と料理が趣味らしく、素材が手に入る度に新しい料理に挑戦するという。滞在期間中に是非ともご教授賜りたい。庭の花々も菜園の延長だという。
「…………」
「どうしたのユリア?さっきから何か探してるみたいだけど」
「えっと……」
「そっか、まだ言ってなかったね。私の……と噂をすれば帰ってきたみたい」
ただいまと一言を言って入ってきたのは高身長の立ち姿が凛とした美形の女性だった。




