これもユリアとの婚約のため
おそらく相手は訓練学校を出てから久しぶりの強者。こういう時は呼吸を整えて相手をよく観察すること。
視線は真っ直ぐ私を向いている。重心はやや右に傾いてるから始まったらすぐに走り出してくるかな。
構えもぶれなし、か……
審判の掛け声と同時に、クロエ王女は迷いもなくトップスピードで私に向かって走り出した。前に会った時も感じたけど随分とおてんばな王女様だ。
私の最初の一太刀は見事にかわされた。
くっ…思った以上に反応速度が速い、もう次の攻撃体勢に入っている…!
一度下がるか……!
私は突かれる前に後方へと飛んだ。
さて、どうしたものかな……
正直言えば、今夜から任務だしできる限りここで体力を消耗したくない。
だからといって油断して、ユリアが見ている前で負けるわけにはいかない。
クロエさんは後退した私に警戒したのか一瞬だけ静止し、すぐに猛追してきた。
まったく……私は何をしているんだ。無駄に体力を使ってまでわざわざ敵でもない相手と闘っている場合じゃないだろう。
それに任務期間中に私の代わりにユリアを護衛する人間まで見つけられていないじゃないか!
ユリアは私にとって大切な、私の身命を投げ打ってでも守りたい存在。
そのユリアを城とは無関係な人間に見張らせてどうしたら落ち着いていられる?いや、落ち着いていられる訳がない!
こうなったら最悪、任務を……いや、そんなことをしたらユリアとの婚約がっ……!
「ケェェエエエイッッッ!!!!負けたら許さないんだからねぇぇぇえええええ~~!!!!」
「っ…!!ユリアッ!?」
あの恥ずかしがり屋で、人前では清廉さを守ろうとしていたユリアがあんなに大きな声を!それも私の応援の為にっ…!!
「ぷふっ、あっははははははははっっ!!!!!」
そうだ、何をやっていたんだ私は!今ここで最高の格好を残さなくてどうする!
落ち着きを乱して闘って、ばかばかしい…!
「すぅーっ…………ユリア~~~ッッ!!!」
私はユリアを安心させること、絶対に勝利する意味を含めて笑顔を向けた。
回りくどい手段はもういらない。絞った残りの人間の中に信じられないけど任せられるとしたら心強い人がいる……。
賭けなんて私の性に合わないけど、ここはひとつ試してみるか……!
「私の目の前で茶番を見せたこと、後悔させてやるっ!!」
やっぱり突進してきた。なら、私も応戦するまでっ!
私はクロエさんと同様に全速力で駆けた。
そしてクロエさんが木刀を前に突き出したところで弾き飛ばし、その反動でクロエさんは体勢を崩し地面に腰を落とした。
私としてはかなり無茶をしたな……。
「…クロエさん、短期でユリアの護衛を任されたのは貴方ですか?」
「…………まったく、どうしてこの私があんな人の為に………」
「……どうか少しの間ユリアのことを頼みます……」
「それより練習試合とはいえ私は本気だった。でもあなたにはまだ余裕が見られた。あなた……何者……?」
「何も特別な事はありません。ですが強いて言えば……一人の女の子に恋をした、少し変わった騎士です…」
手を差し出すと、強く弾かれてしまった。
「やめてちょうだいっ!手なんて借りないわ、まだ恥をかかせる気?」
クロエさ王女は静かに立ち上がり、私を睨みつけながら不敵な笑みを向けた。
「もし……戦闘時に手が滑ってユリアさんに当たったらごめんなさいね……フッ」
「なっ!!?」
「忘れないで…私はあなたたちを必ず潰すっ!」
クロエさんはまるで憎しみを込めたような鋭い目つきと一緒に刃物のような言葉を置いて行った。
クロエ・デ・ノーブレット………私に怒りの剣先を向けるのは一向に構わない。
でもユリアには、もしユリアに危害を加えようものなら、王女だろうが国の同盟に溝を生もうが決してただでは済ますものか…!!
☆
皆が寝静まった深い夜、私はユリアの机に任務で一時的に学園を離れること、ユリアの護衛にクロエさんが就くことなどを記した書置きを残し静かに部屋を出た。
いつもの場所の壁を越えると部隊専用の馬車と一人の女騎士がいた。
「ケイベル、ただ今よりアラノーラ治安回復任務を開始する。乗りなさい」
この感覚は久しぶりだな…
違う、早く任務を遂行してユリアに会いたい気持ちが前よりも強い。
そしてこの腕の中でユリアの存在を感じたい。
この任務もユリアとの結婚のためだ…待っていて、ユリア!
私は月を見上げながら自分を鼓舞した。




