その剣に秘められたもの
今日のケイは剣術クラブから助っ人の依頼が来た。私も一緒に誘われたけど日直当番だったため後から合流することにした。
日直の仕事を済ませ闘技場に着くと、ケイが観客席に一人で座っていた。
「ケイ、お待たせ!」
「…………」
ケイは私の呼びかけに気づかないほど集中し、闘技場の中央を見つめていた。
私もケイの視線の先に目を向けると、クロエさんがクラブの生徒と交戦していた。
まさかクロエさんがいたなんて……
にしても、練習試合に集中したいのは分かるけど、無視しないでよ……
「いたたた、あ、ユリア!いつからここに…?」
「今来たの。声かけたのに返事の一つもないなんて…」
「ごめんね、つい集中し…いたたた、ほっへ引っ張らはいれ~!」
「もう、そんなにクロエさんのことが気になるの……?」
「あれ…もしかしてユリア、嫉妬してる?」
「なっ!?そそそそんなんじゃないわっ!あ~もう、抱き着かないで暑いから~!」
「相変わらずお熱いね~おふたりさんっ♪」
声の主はリルさんだった。
後ろから「やっほー」と手を振りながらやってきて、隣に座った。
「も~リルさんも茶化さないで!ところでリルさん、クロエさんはここのクラブに入っていたの?」
「リルでいいよ~。うん、そうなんだ。姉ちゃん、ユリアちゃんと会った次の日に急に入るって言って、めんどくさがり屋だから聞いたときはびっくりしたよ~」
クロエさんがめんどくさがり屋だとは、今木刀を振っている姿からは想像がつかない…
上品な身のこなしから繰り出される一太刀がどれも力強く、相手の生徒はさばくので精一杯のように見える。
実力はあると踏んでいたが、ここまでとは………
今の私では到底敵わない。もしかしたらケイでも厳しいところまで追いつめられるかも……
「クロエさん、すごいね…私、木刀をあんなに扱える人見るの訓練学校以来だよ…」
ケイが真剣な眼差しで呟いた。素人の私から見てもすごいと分かるけど、ケイがここまで言うなんて。
「私の姉ちゃんすごいでしょ!何たってウチの隊長と互角に戦えるんだよ!」
う、嘘でしょ!?私と同い年が剣技で隊長と同等って…しかも私と同じ王女なのに……。
一体西の国はどうなっているんだ。
そんな相手、私が出る幕などあるわけがない。
しかもクロエさんには完全に嫌われているようだし……。
向かい合って挨拶をしている。どうやら練習試合が終わったようだ。クラブの上級生がケイに手招きをしている。
クロエさんもこちらを向き、私を見つけるなり鋭い視(死)線を浴びせる。
………私、殺される……?
「ごめんね~私の姉ちゃんのせいで面倒なことになっちゃって」
「そんな、私こそ初見の相手なのに感情的になってしまって…淑女も何もないわ…」
「淑女とか王女だからとかちゃんと考えてるユリアちゃんは偉いよ。私たちはそういうのもう疲れたからさ……」
今のリルは遠い昔を懐かしむような表情をしている。苦笑いをしているけど、どことなく寂しげに見える…。
もしかしてこの姉妹は昔に何か…
「あの、リルさ―――――」
「ほらほら、ケイちゃんのがはじまるよ!」
話を聞こうすると、タイミング悪く意識を試合に向けられてしまった。
この話はまたいつか機会があれば聞くことにして、今はケイの練習試合を見よう。
ケイの相手は…………
「クロエさんが相手…!?」
「おーっ!これは見逃せないね~!」
対峙している二人から離れたここからでもプレッシャーを感じる。直接目の前にしているケイはなおさらそれを感じ取っていることだろう。
審判が手をおろし始めの合図を出すと、同時にクロエさんがものすごい速さで一気にケイとの距離を詰めた。
クロエさんはケイの一振りをかわすと顔を目掛けて突きの構えをとった。
するとケイはすぐさま後方に飛び体勢を立て直した。
改めてすごい……あのケイをこんなにも早く圧倒するなんて…
ケイ…お願いだから、負けないで…!
「あの姉ちゃん、ちょっとまずいかも…ちょっと私、クラブの人に止めるように言ってくるよ!」
「あ、リル!……さん…」
リルは少し焦った表情で走っていった。
試合は始まってクロエさんの優勢の一方だ。
このままだと、引き分けどころか負けてしまう。
私は、そんなケイは見たくない。ケイが落ち込んだ姿を見たくない。
何より、ケイに怪我をしてほしくない……
だから――――――
「ケェェェェエエイッッ!!!負けたら許さないんだからねぇぇぇえええええ!!!!」
「っ…!ユリア!?…………ぷふっ、あっははははははははっ!!」
ケイは私が今まで聞いたことがない大きな笑い声をあげ、それは闘技場中に響いた。
「なっっ!ちょっとぉ!!なんで笑うのよぉっ!!!」
「はぁ~…まさかユリアがあんなことするなんて…………すぅーっ……ユリアーーっっ!!!」
ケイは私に向かって名前を叫ぶと、にこっと笑顔を向けた。
それを見た時私は、心臓をぎゅっと掴まれるような感覚に襲われた。
「ケイ・イリアス・ベルカとか言ったかしら?……私の目の前で茶番を見せつけたこと、後悔させてやるっ!!」
再びクロエさんがケイに向かって走り出そうとしたとき、今度はケイもクロエさんに向かって走り出した。
「ぶつかるっ…!!」
私は思わず目をつぶった。
少しすると、なぜか周りがざわつき始めた。
恐る恐る目を開けると、クロエさんの木刀は離れたところに転がっていた。
そしてクロエさんは腰をついて、ケイがクロエさんの首元に木刀の先を立てていた。
審判からケイの勝利の判定が下されると、見ていた生徒たちから拍手と歓声が沸いた。
ケイが、勝った……!
私はケイのもとへ階段を下りて行った。
「あなた……何者…?」
「一人の女の子に恋をした、少し変わった騎士です……」
「っ………!やめてちょうだいっ!手なんて借りない、まだ恥をかかせる気?……私は、あなたたちを絶対に潰すっ!」
「…………もしもユリアに手をだしたら、私は君を絶対に許さない……!」
「ケイッ!!!」
私はケイの背中に飛び込んだ。
「おっと……ユリア……」
「すごいわケイ!あんなに強いクロエさんに勝つなんて!!」
「ふふっ、ユリアのおかげだよ…」
するとケイは私の両肩を持ち、穏やかな表情から真剣な表情に変わった。
「ユリア、私が全身全霊でユリアを守る。だからユリアは変わらず今のままでいてほしい…」
「ケイ……」
ケイはこう言ってくれているけど、何もしないわけにはいかない。
せめて自分の身を守れるくらいには強くならないと…
この後ケイはクラブの生徒に強く勧誘されたが丁重に断った。
私としてもケイに入ったらどうかと勧めてみた。でも、私との時間を大切にしたいという顔から火が出そうなくらいに恥ずかしくなる理由で参加意思がない事を主張した。
「……姉ちゃん、ちょっと落ち着きなよ。さっきのは本気で……」
「黙って見ていなさい、リル。私は潰すと決めた、それだけよ……」




