疲れた時には甘いものを
リーリオン学園では「強く、正しく、美しく」という学風があり、それに倣って必修科目に体術や剣術がある。
強くとは精神的なものだとばかり思っていた私としては、物理的に強くなる年頃の少女とはどうだろうかと疑問が残る。
でも、入園前に早朝から日暮れにかけて、毎日のようにケイとともに鍛錬で心・技・体を磨いてきた私が言うのもおかしな話ではあるが……
この日は剣術の授業があった。
一人一人に剣に見立てた木刀が渡され、体に馴染ませるためにそれぞれ素振りをしたり、先生にアドバイスをもらっていた。
その片隅で私はケイと組み、いつも通りに木刀で軽く組み手をしていた。
すると他の生徒が驚いた様子で私たちを見ていた。
何かまずい事でもしたのかと聞いてみると…
「二人ともすごいわね!木刀をあんなに軽やかに扱えるなんて!」
と、クラスの生徒、あるいは先生にまで褒め立てられてしまった。私は自分が思っていた以上に鍛錬の成果が身についていたようだ。
今まで大人たちから褒められ慣れていたが、同年代の子たちからというのは初めての体験だったためどう返したらいいか分からず、私はケイの後ろに隠れた。
剣術の授業が終わり更衣室に向かう。にしても、軽く組み手をしただけで顔から汗が滴るとは…
これからの時期は気温が日に日に上昇していくため実技の授業が億劫になりそうだ。
今も運動着が肌に密着していて気持ちが悪い。城での鍛錬なら終わってすぐにシャワーを浴びていたのに…。
「…………っ」
さっきからちょくちょくケイの視線を感じる。どうしたのかと聞いても、何もないよと答えるだけ。
明確な意図は分からないけど、私にはケイが何かよからぬことを考えていそうに見えた。私がそう考えるのには理由がある。
まだ城にいた頃、鍛錬が終わってシャワールームに入るまでの間、今みたいにケイは私の方をよく見ていた。
最初は疲れた私を気にかけてくれていると思っていた。
しかし、それが幾度も続いて流石に違和感を覚えた。
何より、私の顔ではなく目線が首より下を見ていたように感じたのだ。
いや、見ていた。
まさかと思い、ある時、熱いふりをして服で胸元を仰いでみせた。そしてその瞬間ケイに視線を移すと、同時に何もない場所に視線を逸らしたのだ。
私が不快な思いをしているというのにコイツは……!
私はケイの頬をつねったやった。
「ケイ、放課後に少し付き合ってほしいの…」
「デートだね!わかったよ!嬉しいな~まさかユリアから誘ってくれるなんて!」
「ちょっ、ち違うからっ!」
目を輝かせたケイの期待を否定すると、ケイはしょぼんと肩を落としてしまった。
「鍛錬よ鍛錬。この間ケイが先越されるだとか言ってたじゃない。確かにケイの言う通りだと思ったの…」
今日の授業中に他の子を見ていると、ケイの言っていたことがわかった。熱心に先生に教えてもらって、私たちの剣の扱い方もよく観察していた。
王女としてというのもあるけど、単純に負けたくない…!
「デートじゃなかったのは残念。うん、わかった。ユリアが私の言った事を覚えててくれて嬉しいよ」
「あ~~もうっ!抱き着かないで!今ベタベタしてて気持ち悪いの!」
~放課後~
私たちは鍛錬の様子を他の生徒に見られないように、学園の敷地内にある林の中で鍛錬をすることにした。入園前にケイから教わっていなかった技術を中心に始めた。
「ユリア、もう少し重心を前に…そう」
「これ…結構きついわ…」
木刀を前に構えながら少し腰をおろして、お腹に力を入れた状態でやや前のめりに保つ。そのまま10分というのは腹筋や腰回りが筋肉痛にでもなりそうだ。
「あともう少しだよ。頑張って」
うぅっ…きつい…腹筋が悲鳴上げている。
足も小刻みに震えて一瞬でも力を抜くと倒れそう……
「…3…2…1……よし。よく頑張ったねユリア」
「終わったのね!やっと――――っ!?」
「ユリアッ!!」
私としたことが、ようやく苦痛から解放されて喜ぶあまり、一気に力を抜いてしまった。今さっきこの懸念を予期していたはずのに、注意不足だった……
幸いにも間一髪のところでケイが受け止めてくれた。
でもこの体勢、他人から見たらケイが私を襲っているようにしか見えない……。
ケイが私を押し倒したかのように覆いかぶさり、お互いの小さな吐息も感じられる距離に顔があった。
「ユリア……怪我はない…?」
「えぇ……大丈夫よ……」
生徒たちが来ないような林の奥だからか、静寂が続く。そのせいで、ケイの呼吸をする音以外が聞こえない。
「ケイ……」
私は意味もなくケイの名前を呼んでいた。
「……………っ」
ケイは何も言わず私にキスをした。
ゆっくりとした時間。部屋にいる時とはまた違った感覚に陥る。
外だから見つかる可能性があるし、誰かに見られたら騒ぎになるだろう。
そう分かっていたとしても唇を離したくない自分がいる。
この後どのくらい時間が経ったのかは覚えていない。
でも気づいたときには辺りが薄暗くなっていたのは覚えている。
疲れた直後だったせいか、この時のキスは少し甘かった。




