学園を探検しましょう!
「どうしよう~~ケイ~~!!私、西国の王女に喧嘩売っちゃった~~!!」
部屋に戻った私は、自分が犯ししまった事に改めて後悔してケイに泣きついた。
「私もあんなところで抱いたりしたのがいけなかったね。部屋に戻ってからすればよかったよね。ごめん……」
ケイは落ち込んでいる風に装って、ふざけたことを言いだした。
「も~、ケイ!!」
「ふふ、ごめんごめん、冗談だよ。でも本当のことを言えば、あんなに高圧的だった相手にはっきりと言える度胸は凄いよ。それに、自分のことよりも国のことで怒ったのは王女としての自覚がちゃんとある証拠だよね」
「ケイ……」
「大丈夫。ユリアならクロエ王女にも負けないよ。それに、いざとなれば私がユリアを守るから。ユリアは安心していつものユリアでいて、ね?」
普段でさえ優しいケイが、意図してなのかは不明だが、落ち込んでいる私に甘い言葉をかけてくる。
こんなに優しくされたりしたら、目の奥が熱くなって、その言葉と存在に甘えたくなる……。
「もう……ケイはずるいわ……」
その後もしばらく、ケイはしがみついたままの私の頭を撫でてくれた。
☆
学園生活初日の朝。
本校舎の前には私たちの名前がクラス別に貼り出されていた。
幸いなことに私はケイと同じクラスだった、のはいいけど……
「あらあら~!私たち同じクラスメイトですわね!これからよろしくお願いいたしますわ!」
まったく…私は邪神にでも取り憑かれているのかしら……
☆
「ねえ、ケイ!学園を周ってみない??見てみたい場所がいっっぱいあるの!」
私はケイに敷地の地図を見せながら誘った。
「もちろん、ユリアが望むなら」
放課後、私はケイを連れて学園内の探検、もとい各施設の見学に行くことにした。
ここ王立リーリオン学園は、町一つがすっぽり入るほどの広大な敷地に校舎や図書館、聖堂はもちろんちょっとした丘や林などの豊かな自然まである。
そして驚きなのが中等部の敷地でこの広さというのだ。
一日ではとても回り切れないだろう。
「探検しがいがある場所ねここは…!」
「ユリア、そんなに急がなくても逃げたりしないよ~!……ふふ、あんなにはしゃいでかわいいんだから…」
さっき校舎の大ホールにあった掲示板によるとクラブという生徒たちの趣味・趣向に応じた集まりがいくつもあるようだ。
校舎にあった掲示板には、各クラブの紹介・募集のポスターが所狭しに貼られていた。
全てのクラブを周りたかったけど、一日では到底不可能なためこの日は屋外系の中から三つだけ選び、残りはまたの機会にすることにした。
そして私たちがまず向かったのが。
「見てケイ!ここの牧草地、私たちのより広くて、馬たちもあんなに速く走ってるわ!」
「うん、とても気持ちよさそうに走っているね。それにどの馬もよく手入れされていて、ここの人たちの愛情が伝わるね」
馬術クラブは馬術を磨くのと同時に、馬の飼育もしているという。私も馬術をやっていたとはいえ、ここの生徒たちほど馬に愛情を注げる自信がない。それほどに生徒と馬の仲がよさそうに見えた。
そして次は…………
「わーっ!見てケイ!やっぱりここの花はとってもきれいだわ!」
「入園の時にも見えたけど、これはずっと見てても飽きないね」
「へへっ。お褒めに与り光栄です王女様!」
胸にバッジを付けた生徒が近づいてきた。私たちとは違う色からして上級生だ。
「ここではそういうの関係ないって分かってて言ってます?」
「ごめん、冗談!でもここをほめてもらえて嬉しいのはほんとだよ?」
「こんなに広い花畑をここまできれいに手入れするの大変じゃないですか?」
「まー確かに大変だけど、私ひとりだけじゃないし。二人みたいに見て喜んでくれる人たちのことを考えると、これくらい何てことないよん!」
園芸クラブの先輩はここの花たちのようにとても爽やかな笑顔で答えてくれた。
先輩がきらきらしているように見えて羨ましく思えた。
この日最後に向かったのは剣術クラブ。
ケイも興味があるということだったため最後に見ることにした。
着いたときには闘技場で二人の生徒がまさに剣を交える瞬間だった。
互いの様子を伺う張りつめた空気がこちらにも伝わってくる。ふとケイを見ると真剣な眼差しでじっと見ていた。
こんな目をしたケイを見るのは剣闘の時以来だ。
「かっこいい……」
「…ん?ユリア何か言った?」
「…へ?はぅあっ!ううん、何も!!」
私ったら思っていたことを口に出してしまった……!
しかも思っていたことって何よ!あぁぁぁぁぁ~~~!!!
私が一人で顔を隠し、羞恥で悶えている間に試合は終わっていた。
「あの先輩たちはいい動きをしていたね。少し私もやってみたいかな……」
「ふふっ。ケイは訓練学校でトップクラスの成績だったのよね~?」
「恥ずかしいからやめてよユリア…!」
ケイは少し頬を赤らめて指で顔をかいた。
こういう照れるケイの表情と仕草はとてもかわいい。
つい私のいたずら心がくすぐられる。
「それにしても、観客席に生徒が多いわね…」
「さっき他の生徒が話しているのが聞こえたんだけど、私たちの向かい側の席にいるのがここのクラブのメンバーで、私たち側が見学の生徒たちみたいだよ。確かにどっちも人数が多いし結構人気あるんだね…」
気のせいか、ケイが落ち着かないように見える……。
「ケイは入ってみたいんじゃないの?」
「少し手合わせしてみたいとは思うけど、上手く馴染めるか分からないし。それに私は少しでもユリアの傍にいたいから」
「恥ずかしいこと言わないでよ…!……ケイのばか………」
「ふふっ。ユリアかわいい……」
ケイは私を小動物でも見るような目をしながら腰に手を回してきた。
すると、その様子を一人の小さな女の子が真後ろからじーっと見ていた。
茶髪のツインテールで腰に短剣をぶら下げた、身長が私の肩くらいのかわいらしい女の子だ。
「あら?迷子かしら…………あなたはどこから来たのかな~?」
「おい撫でるな!子ども扱いするな!イヴはお前らと同学年だぞ!シャーッ!」
そう言い張るイヴちゃんは地団太を踏みながら、猫みたいに威嚇してきた。
「それで君はユリアに何か用かな?」
「いんや、用があるのはお前だ!お前からは強いやつらと同じものを感じる!イヴにはわかるんだ!」
イヴちゃんは自信あり気にケイに指をさした。
「イヴは強いんだぞ!何たってイヴは一国の……って聞いてるのか!おい!何でイヴの後ろを見て――――ぉわっ!?」
「一体どこをうろついてるかと思えば、こんなところにいたんですの!!まったく、どうしてあなたはいつもいつも!!」
突如現れたカトレア王女……ではなく、カトレアさんは私たちには目もくれず、イヴちゃんの襟元を軽々と掴み上げた。
「えーと…その子はカトレアさんのお知り合いですか…?」
「……?きゃっ!!?ユリアさんがどうして……!!」
私の存在にようやく気づくと、大変驚いた様子で顔が赤くなっていった。
そんなに私に会うのが嫌だったのだろうか………
「はっ……!んんっ……お見苦しいところをお見せしてしまいました。この子はイヴェル・アンフィニ、わたくしの専属のナイトですわ」
ということはケイと同じ騎士なんだ。でも今までこの子をカトレアさんと一緒にいたところを見たことがない。昨日もそうだった。
「私は初対面ですが、今までも一緒に移動されてたりしたんですか?」
「カトレアはイヴがいなくても大抵のことなら一人で解決できるからよー、イヴは最終手段てなわけだ」
「あなたはそれを理由に甘え、自分のお役目を怠っているだけではないですの!」
イヴちゃんは頬を力いっぱいに伸ばされ、その箇所が赤くなった。
「このような容姿でもナイトとしての実力は申し分ないのですが、自由奔放故に少し目を離すとすぐ猫みたいに……」
「ニャ~~!!離せよ~!もう逃げないから~!」
「静かになさい!こうでもしませんとすぐ行方をくらませるのですから!それではお二方、ご迷惑おかけしましたわ……」
カトレアさんにも付き添いがいたとは。しかもあんな幼女のような子が……。
それにあんなに人間味が感じられるカトレアさんを見たのは初めてだ。まるでどこかの母親でも見ているかのようだった。
私とケイはまるで嵐が過ぎたような感覚を想起した。
剣術クラブの見学を終えた頃には、空がすっかりオレンジ色に染まっていた。
「はぁ~明日はどこに行こうかしら!楽しみねケイ!」
「ユリア…楽しむのはもちろんいいけど、授業で習った事をちゃんと実戦で生かせるようにしておかないといけないよ?特に実技の授業で私が見た限りだと、初心者とはいえ素質のありそうな子もいたし、油断しているといくらユリアでも先越されるかもしれない…」
ケイがやけに真面目なことを言う。
「少しくらいいいじゃない!それにこれはあくまでも学内見学、断じて遊んでいるわけではないわ。たまたま見学で楽しかったことが続いただけよ」
「私もユリアの笑顔が見られるし、本当はこんなこと言いたくはない。でも両陛下にユリアを任せられている以上、私も悪魔の手を借りてでもユリアを立派な王女にしなくちゃいけない。許して、ユリア……」
少し冗談で言っていたつもりが、ケイは真剣に私の事を思って言ってくれていたようだ。
こんな生真面目なケイだが、出会った当初はかなり砕けたような人間だったのはよく覚えている。
今も隙を見つけては抱き着いてきたりキスしようとしてくるのは変わらない。それでも、お父様とお母様に会って以来、ケイは随分と真面目になったような気がする。
だから私は安心して私のままでいられる。
とはいえ、いい加減私も変わらなければ、こんなに私の事で言ってくれているケイに申し訳がない。それに、私の成長を期待して送り出してくれたお母様たちにも面目が立たない…
「分かったわ、ケイ。一国の王女として、私頑張る!」
「ユリア……!ありがとう、嬉しいよ!」
「でも、そ・の・か・わ・り……ふふっ」
「ユリア……これは……」
「さあっ、食べてケイ!私が『ケイのために』盛り付けした特別の一品よ!」
私は夕食のバイキングでケイにグリンピースで隠れたクリームシチューを用意した。
「ユリア……やっぱりさっきのこと……」
「え?さっきって?」
「………怒ってる、よね……?」
「怒ってないわ!」
「いや、で――――」
「オコッテナイワッ!!!」
「…………」
ケイは額に若干の汗を滲ませながら、目の前の緑色のクリームシチューを静かに口に含んだ。
食べ終わった後のケイはしばらく顔を伏せたままだった。




