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母としてあるべき姿

「はぁ~…私たちの呼称をどうして私たちが…」

「愚痴を言っても仕方がないよ。せっかくだからいい呼称を考えよ?」



 私たちは自分たちの呼称を決めるにあたり、アイデアの参考となりそうな本を探すため、城内にある図書館へと向かっていた。


 図書館は東側の渡り廊下を進んだところにあり、大抵の調べものではまず困ることはない。

 王族専用の図書館ということもあり館内はかなり広い造りになっている。


 中央の吹き抜けを中心に本棚が波紋状に並べてあり、吹き抜けからの光を囲むように、大きな螺旋階段が上の階まで伸びている。本棚には国の内外からあらゆる分野の本や資料がびっしりと収められている。



「すごいとは聞いていたけど、ここまで広いなんて…」

「ケイは入るの初めてだったかしら?私のお気に入りの場所よ。ここにいると嫌なことも忘れられたのよ…でも最近は来れてなかったわね」



 呼称に関する本を集めて調べてみたものの、同性の婚約者の呼称に関するものはなかった。


 国民の間では同性婚は昔からあったけど、国民の大半は呼称について各々が自由に決めていた。そのため国としても放任の状態だった。

 しかし今回、ついに着手されることとなった。よって呼称に関する資料にもそれの内容は無く、ゼロから作ることとなる。


 そんな暗中模索の状態で様々な本を集めては、問題なさそうなワードを調べる作業を繰り返し、気づけば4日が過ぎていた。



「ねぇ、ケイ。やっぱり私たちには難しいと思うの」

「そうだね。王様には申し訳ないけど―――――」



 諦めかけていると入口の扉が開く音がした。

 扉の方を見るとお母様の姿があった。



「お母様、どうしてここに……?」

「最近二人が鍛錬を早々に終わらせて図書館で調べものをしていると聞いたのよ……」



婚約者の呼称について調べものしてるって相談したいけど、お母様を困らせるだろうし。かといって変に誤魔化しても余計に心配させるだけだ……。


 悩んで俯いていた私にケイが手を重ね、『は・な・し・て・み・よ』と口の形で伝えた。

 私は少し考えた後小さく頷き、ケイの手を握って決心した。


「お母様………あのね………」







「そうだったのね……教えてくれてありがとうユリア。あの人も無茶な事言うわね…」


 お母様は呆れたように呟き椅子に座る。



「少し、お話しましょうか……」



 それから私たちは最近起きたこと、これからしてみたいことなど取り留めのない会話をした。


 会話の間、私は少し驚いていた。私の中のお母様は正直話しにくいイメージがあった。

 常に凛々しく厳格で王であるお父様の后としての風格が常に感じられる。そんなお母様とは反対に、品格を欠きいつも我がままを言っている私のことを正直嫌っているとさえ思っていた。

 でもお母様は自分から会話を持ち出し、途中で微笑んでさえいた。

 そんな優しく温かそうなお母様の姿を見るのは覚えている限りでは初めてだった。


     ・

     ・


「……それで、二人はどういう呼称にしてみたいのか案は浮びそうかしら?」



 そうか、お母様は会話を通して行き詰っていたのを明確化しようとしてくれていたんだ。

 お母様とこうして話していることばかりに気を取られてしまって気付かなかった。

 でもいつも厳しいお母様がどうして今日はこんなに親身になってくれるのだろう…。


 そんなことを考えつつお母様を見ていると、ふと目が合ってしまい思わず視線を逸らしてしまった。

 その反応に気づき、大丈夫?と気遣うケイを適当な理由で誤魔化した。



「ありがとうございます、エメラダ様。おかげで良い呼称ができそうです」

「あらそう、お力になれて嬉しいわ。ユリアも大変でしょうけど悔いのないように二人でしっかり考えるのよ」


 そう言うと、お母様は立ち上がり、出口に向かって歩き始めた。

 お母様とゆっくり会話をしたのはいつ以来だろう。もしかしたら初めてかもしれない。


 そういえばお母様はケイのことをどう思っているのだろう。

 一応伝統のしきたりの流れでケイと婚約の関係になったけど、お母様は賛否の意見も聞いていない。特にケイを避けるような様子も見られないし。


 ……聞くなら今か。でもお母様はもう出口に向かっている。

 声を出したくても言葉が喉に詰まって出ようとしなかった。

 


 出口の近くまで歩いたところで、お母様はケイの名前を呼び、振り返った。

 

 

「ケイベルさん。あなたはユリアと婚約するのですから、私やアルバートのことは第二の家族のように思っていただいて構いませんよ……」



 微笑みながら話すその姿はオレンジ色の夕日が差し込み、温かく包容力のありそうな今まで見てきたお母様とは別人のように見えた。

 ケイはお母様を見つめながら静かに立ち、目に涙を滲ませていた。

 私は今日のお母様が今までのお母様像とはあまりにも乖離していて、ケイを迎えてくれていた喜びと同時に困惑した。



「うふふ…今後とも、ユリアのことをよろしくお願いいたしますね、ケイさん」

「っ……!はぃ……お母様っ………」


 声を震わせながら応えるケイに再び微笑むと、お母様は優美な足取りで城へと戻っていった。






 夜、私は一人でお母様のもとを訪れた。

 今日のお母様がいつもとは明らかに違った理由がどうしても知りたかったからだ。


 部屋に通され、ソファーに座りしばらく顔の手入れをするお母様の後ろ姿を眺めた。

 お母様に何と質問しようと考えを巡らせて、最初は少し緊張していたものの、出されたハーブティーのお陰か徐々に落ち着いた。


「お母様、どうして今日はあんなに相談に乗ってくれたの…。ケイがいたから…?」

「それは違うわ。私は二人が精一杯に日々を励んでいると聞いて、少し応援したくなっただけよ」

「じゃあどうして今回だけなの?お母様は…いつも私に厳しくて、応援なんてしてくれたことないのに…」


 お母様は私の隣に座り、何もない場所に視線を落とした。私にはそれが、私から目を逸らしているように見えた。



「……幼い頃、あなたは周りの言う事に聞く耳を持とうとせずに、周囲の人間を困らせていたわ。そんなユリアを見ているうちに、将来が心配になったの。そしていつからか、あなたに厳しく接していたわ……」


 

 お父様からたまに聞いていて話を盛っているとばかり思っていたが、どうやら本当に私はわがままだったらしい……。

 視線を落としているお母様の横で、私は恥ずかしさに拳を握った。



「でもケイさんと出会ってからのユリアは、何だか少し落ち着きを知ったように感じたの。そんなユリアを見ていて、将来のユリアが立派な王女に……淑女になれるんじゃないかと思うと、少し安心したの」


 ケイといる時に私は、ケイにいいように踊らされてむしろ落ち着きがないと思うが……。


「だから、これからはケイさんと成長していくユリアを陰から支えていこうと決めたのよ」



 つまり、今まで私に厳しかったのは嫌っていたからとかではなく、私の事を思っての事だったと……。


 稽古もそう。城外に出る際に警備の事について強く言っていたのもそうだったんだ。


 思い返せば思い当たることが次々に出てくる。

 私、お母様にこんなにも愛されていたんだ…………




「…………お母様のばかぁ………もうぅ、ばかぁ………」


 お母様に寄り掛かると、お母様は優しく包んでくれた。


「かなり辛い思いさせていたみたいね………早く気づいてあげられなくてごめんなさい、ユリア………」




 その日の私はお母様と一緒のベッドに寝た。

 今まで話したかった事、秘密にしていたことなど、日付が変わるまでたくさん話した。



 見ていてお母様。私、王女に相応しい立派な淑女になります……。

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