友の約束
「そんな話信じられるはずが……
両親や祖父母には全てはルイスの王家が諸悪の根源だと……っ!」
「最初から悪など微塵たりとも存在しなかったのです。
あったのは深い深いホーリー女王の愛……。この秘密はすぐにでも当時のご家族に方々に打ち明けられるはずでした。しかし……」
「南の国も周辺諸国の戦禍に巻き込まれ、全てが落ち着いた頃には、バーレン家の所在が不明になっていたのよ」
ホーリー女王が家族を思い、愛のこもった隠し事が、
長い年月を重ねていくうちに歪んだ解釈に変わっていった。
そうして積み重なっていった解釈が憎しみとなって、
現在、私たちの前にいる……。
悲しい出来事……そんな簡単な言葉で終わらせたらだめだ。
私自身が関係なくても、王家の人間として向き合わなければいけない。
「幸か不幸か、貴女はこうして表舞台に現れました。わたくし達、友の約束は今をもって確かに果たされましたわ……」
そう言うとカトレアさんは首からかけていた小さな入れ物から木製の短剣を取り出した。
あの大きさ、僅かに腐食したような茶色い色……。
何より、取っ手の部分に刻まれた紋章、まさか……!
「ユリアさん。お持ちですわよね?」
私は前にお父様たちに渡された木製の鞘を取り出した。
カトレアさんは微笑み、短剣を下に向ける。
私は鞘を両手で持ち、ゆっくりと短剣に向かって上げた。
すると短剣はぴったりと鞘に収まり、紋章を繋いだ蔓の模様が繋がった。
そうか。これが結婚する度に受け継がれてきたのは、
この秘密の約束を共有する証だったんだ!
「では、エリザ・ハウブリッド。事の全てを知った今、貴女はどうされるのですか? 今度は意味もなく、そこに転がり落ちた剣を拾い、向かって来られますか?」
カトレアさんは問いながら銃の引き金に指を添えた。
前にいたイヴちゃんは腰を低くして剣を構え、
今まで見てきた走り出す前の体勢を取った。
「…………私は、何のために……っ……今まで何のために人生だったんだっ。 …………私にはもう何もない……あるのは幾つもの大罪だけ……」
……天井を見上げたまま動かなくなった……。
違う、体が僅かにふらついている。
それに、涙を流しながら……笑っている……?
何だろう……さっきから胸が妙にざわついている。
嫌な予感がする…………!!
「…………存在する意味が、ない…………っっっ!!!!!!!」
「だめぇぇっっっ!!!!」
床に落ちた剣に向かって走り出し、手を伸ばす。
同時にイヴちゃんが走り出し、カトレアさんは剣に向かって照準を定め、
クロエさんは剣を投げつけた。
嫌な予感はこれだったんだ!!
お願い!間に合って―――――!!
「――――――させないっっ!!!!!」
「ケイッッッ!!??」
そこには倒れていたはずのケイがいた。
噛みしめながら走り、エリザの服を掴んだ。
そのまま両手で胸ぐらを掴むと、体ごと上へ持ち上げ、床に叩き落とした。
――――――そして右手に拳を作り、エリザの頬に勢いよく振りかぶった。
「っ…………私のユリアを散々傷つけておいて逃げるつもりかぁぁ!!!!!」
「生きる目的を失った私にこの世にいる価値など―――――」
「お前の価値なんてどうだっていい!! 価値がないと言うのなら、自分の犯した罪くらい向き合え!!!!」
ケイは立ち上がり、エリザを見下ろした。
「私はお前を許さない……。その命が尽きるまで、ユリアと巻き込んだ人々に贖罪し続けろ……!!!」
エリザは仰向けのまま腕で目元を隠し、泣いた。
声を出し咽び泣きながら、ごめんなさい、申し訳ありません、と何度も何度も謝り続けた。
エリザは恐らく重い罪を突き付けられる。
でも、バーレン家の人達にこれまで事実を伝えてあげられなかった私達王族側にも責任はある。
私自身エリザには酷い事を言われたし、されてきたけど、
少しでも罪が軽くならないか交渉してみよう。
~~数日後 王城内療養棟~~
騒動の直後に結婚式は酷だろうとお父様たちが気を利かせてくれた。
でも何よりの理由はケイの体の状態だった。
ケイはずっと地下牢にいたことに加えて、エリザに飛ばされて背中を強打した時に、あばら骨に数本ひびが入ったそうだ。
それなのに最後には立ち上がってエリザの身動きを制止させて……
ほんと、どうなってるんだか……。
今はベッドの上で小さく寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っている。
頭や腕、足に包帯を巻かれてる姿は何とも痛々しいけれど。
あ、そうだ。
「聞こうと思ってたんですけど、カトレアさんはどうして今回の事を知っていたんですか? エリザやお婆様は外への情報漏れを遮断して、王都の人達さえ知らなかったのに……」
「うぇっ!? え、えーと……」
「元々南の国と東の国は互いに工作員を忍ばせているんだとさ、友好国として」
「お黙りなさい――――!!」
口を塞ごうとしたカトレアさんをイヴちゃんは軽やかに飛んでかわした。
「ユリアたちが学園に入るって時もカトレアは工作員を通して情報を掴んで、イヴを城に残したまま一人でここに来やがったんだ。そのせいで城中が誘拐でもされたんじゃないかって大騒ぎになったんだ~」
工作員がいたなんて今初めて知った。
でもなんでカトレアさんは工作員を使ってまで私達のことを……?
カトレアさんはおほほほと扇子で口を隠して笑い飛ばした。
「ユリア…………?」
「あ、起こしてしまったわね、ごめんなさい」
「ううん。ユリア少しこっちに来て……」
言われて首を傾けつつ、ケイに体を近づけた。
すると手を軽く引っ張られ、体勢を崩した私の唇に触れた。
「おはよう、ユリア……」
私の驚く表情を見たケイは、嬉しそうに微笑んだ。
窓から入る優しい風が、唇についた僅かな湿りをはっきりとさせた。
「もぅ……。ふふっ、おはよう、ケイ……」




