エリザ・ハウブリッド
「ここまで来てっ……引き下がれるものかぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「!? ユリアよけてっっ!!!!」
「きゃぁっ!!!」
ケイの叫び声とともに私は後方に突き飛ばされた。
飛ばされた方向には先回りしていたのか、クロエさんがしっかりと受け止めてくれた。
何が起こったのか分からず顔を上げると、先程まで倒れていたはずのハウブリッドがケイと剣で押し合っていた。
剣同士が接する箇所からキリキリと金属が削れるような音が鳴り、加えられる力が互いの震える剣から見て取れた。
「剣を収めてエリザ! 私の大きな過ちに貴女を巻き込んでしまったことは、残りの人生で何度でも償うわ……。だからどうか――――」
「まだ自惚れるか!!!! 偽りの女王がぁぁっ!!!!!!」
憤怒に満ちた声で叫ぶと、ハウブリッドの剣に一気に力が加わる。
ケイの体勢が崩れると、狙ったように踏み込みを入れ大きく剣を払った。
ケイの体は剣もろとも払い飛ばされ、壇上の壁に背中から強打した。
一度地面に倒れ立ち上がろうと剣を杖にするが、小さな唸り声とともにケイは地面に崩れた。
「ケイッッ!!!!!」
私は咄嗟に駆けつけ、膝を枕にケイの体を仰向けにした。
「ユリっ……ぁっっ!!!!!!」
「ケイ!!! いやぁっ、そんな……っ!!」
ケイの口からは僅かに血が滲み出て、
激痛に食いしばる歯も若干赤色に染まっていた。
ケイが痛みに悶え、血を流す姿を見るのは初めてだ。
こんなケイの苦しむ姿は見たくなかった。
本当なら今頃、お父様やお母様、友達や城の人間……
国中の人達に祝福と賛美で見守られながら、城のデッキから手を振って人生で最高のキスをするはずだったのに。
それが何故か、ケイが膝の上で顔を歪ませ口から血を出している。
みんなも笑顔になっているはずが、何故か恐れと悲しい顔をしている。
こんなはずじゃなかった。
私とケイが思い描いていた結婚式はこんな悪夢を現実にしたようなものではなかった。
どうして、どうして私たちがこんな目に……。
ただ二人で結婚式を挙げたいだけなのに。
ただ幸せになりたいだけなのに……!!
「ユリ、ア…………?」
私はケイを地面に寝かせると、
ハウブリッドに向かって足を進めた。
途中、みんなが何か叫んでるようだったけど、私には何も聞こえなかった。
近づく私に剣を構えるハウブリッド。
向けられる剣に恐怖する状況のはずが、なぜだか恐怖を感じなかった。
それよりも私の中で満ちていたのは、怒りだった。
「っ―――――!?」
ハウブリッドは左頬を押さえ、困惑したように固まった。
「…………あなたもお婆様も最っっっ低よ!!!
何よ。私とケイが何年も待ってようやく最高な形で迎えるはずだった結婚式をめちゃくちゃにしてっ!! 私たちが何したって言うのよ!!! ねぇ、何をしたのよ!!!! …………お願いだから、もう、これ以上私たちから大切なものを奪わないでよ…………っ」
胸ぐらを掴んで揺らすもハウブリッドは固まったまま何も答えなかった。
流されていた感情に私の頭はようやく追いついた。
でも、一人ではどうにもできない無力な自分と、この状況を作り出した元凶に怒りが収まらなかった。
胸ぐらを掴んだ手は力を失い、私は地面に泣き崩れた。
と、その時、私の前に何かが落ちる音がした。
見ると水滴が幾つか落ちていた。
自分のにしては少し距離があるそれらに不思議に思いつつ顔を上げた。
「…………っ私だって……私だってこんな人生になるはずじゃなかったんだ!!!!!」
落ちていた水滴の正体は、
ハウブリッドの涙だった。
肩を震わせ涙する彼女は、握っていた剣を落とし、
膝からゆっくりと沈んでいった。
「何故私がこんな目に合わなければならないんだ……。何故いつも私たちが悲惨な現実を味わわなければならないんだ……っ!!!」
突然泣き出したかと思えば、今度は目の前で泣き崩れていた私にあたかも自分が被害者かのように語るハウブリッドに私の頭は再び理解に苦しんだ。
「ふざけないでよっっ。あなたたちが私たちに危害を加えたのにどうして被害者面してるのよ!! 一体どこまで心が腐ってるの!!!」
「それはこっちの台詞だ!!! 本来ならばお前の生活は私が送るはずだったのに……」
「何を、言って…………」
「改めて名乗ろう…………私は、エリザ・ホーリー・バーレン。かつてこの国を長きにわたり治めた女王の末裔だ……!!」




