女王の思い出
「ひっでーなぁ!命の恩人に噛むやつがあるかよ!」
「突然暗闇に連れ込まれて口まで塞がれれば誰だって混乱するわよ」
知らない場所、知らない子たち、訳のわからないまま状況だけが刻一刻と変わっていく。
私は恐怖で怯える事しかできなかった。
そんな私に彼女は微笑んでくれたの……。
「怖かったわよね、もう大丈夫よ。あ、名乗ってなかったわね。私はヘンリー。この子はイリアスよ、よろしくね!」
見ず知らずの私にヘンリーは明るい笑顔で手を差し伸べてくれた。
イリアスも子供っぽい性格だったけれど、会話を重ねていいくうちに私を仲間と認めてくれた。
その日は二人のおかげでお城まで無事に帰ることができたの。
戻ると城内は大騒ぎ。
母上様方にこっぴどく怒られたのは昨日のように覚えているわ。
でも、私もまだ年が十にも満たない子供だった。
城の人間たちの目を盗んではお城を抜け出して、二人に会いに行ったの。
それはいつからか私の日常になっていたわ。
そんなことが続いたある日、私は二人にひとつの提案を持ち出した。
「二人とも、私と一緒にお城に住まない!!!」
最初聞いた時は二人とも驚いた表情で固まった。
でも答えはすぐに返ってきた。
「いいの!!私たち、お城にお仕えできるの!!!」
「よっしゃーっ!!これで飯にも困んなくていいし、母ちゃんたちを安心させられる!!!」
私は二人を連れてお城に案内し、ヘンリーはメイド、イリアスは騎士見習いとして仕えることを許された。
これにより私は忠告を破って外出していたことが知られ、罰として当面の外出禁止を言い渡された。
それでも私にとって罰は全く苦ではなかった。
外に行く理由だった二人といつでも会えるようになったから。
楽しい日々が重なって、私たちにも物心がつき始めた頃に、その話はやってきた。
忙しかった稽古の合間には貴族の相手との対面時間が次々と組まれ、イリアスとヘンリーもそれぞれの仕事量が増えて、私たちが会える時間は少なくなっていった。
日中に会えない私たちは、夜な夜な私の部屋に集まるようになった。
それぞれ体験した出来事を話したり、新しい遊びで遊んだり。
私たち三人いれば何も問題ない、これからもずっと一緒にいる、最初はそう思っていた。
今思えば、その時既に私の心には、年を重ねる度により美しく移りゆくヘンリーに小さな感情が芽生えていたの。
何も知らなかった私は、疲労による気の迷いだと顔を振り、今までのように変わらず接した。
もっと早く自分の気持ちに気づいていれば……今日まで後悔しなかった日はないわ……。
ある日、ヘンリーとイリアス、二人一緒に西の国へ行くと言われたの。
当然私は猛反対した。
理由を問いただし、環境に不満があるなら王女の権限をもってすぐにでも改善させると言ったけど、理由はそうじゃないと返された。
そして、二人は互いを見合った、私の目の前で。
その瞬間、私は全てを察した。
私のいない所で二人は親友以上の関係を築いていた。
私はヘンリーが好きだった。
でも親友のイリアスに奪われてしまった。
家族にも近い大の親友だったからこそ、……驚いた……嬉しかった……悔しかった……苦しかった……悲しかった……寂しかった……怖かった……嫌だった……呆れた………………苛立った。
裏切られたように感じた。
仲間だと言われていたのはただの口事だったのだと。
私は二人を追い出した。
二度と城に立ち入れないように城中の人間に命じた。
こうして私は、再び孤独になった……。
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「後にその感情が恋愛感情だと知った私は、全ての見合いを受けず、恋、付き合い、結婚……その如何なるものも拒んだわ。そして今も……っ」
お婆様は胸を押さえ苦しそうにうな垂れた。
その横顔からは一粒の涙が見え、そのまま床に落ちていった。
お婆様とケイのお婆さん、それにヘンリーさんまでもが旧友だった……。
そしてケイのお婆さん、いや、イリアスさんとヘンリーさんは恋仲だった……。
お婆様はヘンリーさんに恋をしてて……んもぅっ!色々衝撃的な情報がありすぎて頭の整理が追いつかないじゃない!
ちょっと待って。
お婆様は結婚をしてなくて……これまでも恋仲にあった人はいなくて……それじゃあお父様は一体……。
「お婆様。私、今までお婆様のお相手は他界されたと暗に考えていたけれど、本当は交際もされてなくて……そうなるとお父様は……」
「……あなたのお父様は、先代の女王が拾ってきた養子よ。私は先代の女王に世話を頼まれただけ……」
お父様の方に振り向こうとすると、ケイが私の顔を腕の中に包み込んだ。
離すように言って手に力を入れようとした時、ケイの背中の方から誰かのすすり泣く声がした。
あっちには確か……。
そうか。それでケイは……。
私はしばらくの間抵抗をやめ、ケイの腕の中でケイの優しさを感じた。
―――――――――とその時、入り口から一人の声が聞こえてきた。
私を含め、その場にいたほぼ全員がその声の方へと向いた。
「んー? おっ、ケイいるじゃねーか!! いるなら返事しろよー!!」
その人物を知る人間たちは、空気が一瞬にして氷のように凍てつくのを感じ取った。




